傷を抱える者



 あれから数日かけて、両親と一緒に自分の魔法を検証けんしょうした。
 私が調べた通りに正しく発動されたけど、呪文は味気ないものだから一緒に考えた。

 干渉魔法で世界の法則や他人の魔法と繋がるとき、前置きの呪文は〈結合ユニオン〉。
 ユニオンは、『結合、統一、合体、調和、一致いっち』という普通の英単語。
 あと、実のところ、干渉魔法で自分以外の魔法を調べられたので、調べるときの呪文は音楽用語を使うことにした。

 そんな充実した日々を送っていると、お父さんからあるお願いをされた。

「有珠。その魔法で、友人の子供の魔法を調べてくれないか?」

 お父さんの名前は、れい。 闇属性保有者だから、美しい銀髪に黒い瞳といった属性形質が現れている。
 お父さんは、お母さん同様にとても美しい風貌ふうぼうを真剣なものに変えたて頼んできた。

「いいけど……その子も、私と同じ?」
「ああ。生まれて九年間、ずっと属性も魔法も発見されていないんだ」

 お父さんは理知的りちてきな瞳を細めて、うれい顔で答えた。

 九年……それはかなりつらいと思う。
 確立した自我が発達している時期に魔法が使えなかったら、周囲の子供から馬鹿にされたり除外されたりする。
 子供の心は繊細せんさいだけど、同時に無邪気むじゃきで残酷だ。心を傷つける言葉を平気で言えるのだから。

 私も経験したから、痛いほど解る。

 魔法が一生判らなかった人は、ずっと魔法の存在に苦しむ。けれど、今ならまだ助けられる。

「わかった。頑張ってみる」

 救えるものなら救いたい。その気持ちを込めてうなずけば、お父さんは私の頭を撫でた。



 その三日後。
 我が家に両親の親友と名乗る男と娘さんがやってきた。
 黒髪黒目の和風美人を体現した男と違い、娘さんは上品でかしこそう。
 ポニーテールに結い上げた黒髪は艶やかで、大きな青い瞳は凛とした雰囲気を感じさせる。細い銀縁のフレームの眼鏡で知的な印象を強く引き立てている。

 でも、無気力で……人生を諦めた眼をしていた。

『私』以上にすさんだ瞳に、胸の奥が痛くなった。

「はじめまして。君が有珠ちゃんかな?」
「えっと……はい。花咲有珠、です。五歳です」

 正面のソファーに座る二人の正面に設置されたソファーに座る私は、子供らしく自己紹介した。
 よかった。緊張で噛むんじゃないかって心配だったんだ。

「可愛らしい挨拶あいさつだね。僕は聖ヶ丘ひじりがおか祥真しょうま。この子は娘の杏奈あんなで、九歳だ」
「……祥真おじさんと、杏奈お姉さん?」

 小首を傾げて言えば、祥真さんは相好そうごうくずして頷いた。

 呼び方はこれで合っていたようだ。
 ちなみにお兄さんと呼ぼうかまよったのは秘密である。

「怜……君のお父さんから聞いたが、有珠ちゃんも魔法を使えなかったはずだったね」
「うん。無属性で判らなかったから」
「……無属性?」

 目を丸くして復唱する祥真さん。となりに座っている杏奈さんも興味きょうみを示した。

「魔法を使えない人は、特色を持たない無属性を持つせいだよ。私は魔力のコントロールを頑張って、いろいろやってみたら判っちゃって」
「……それは、世界的発見になるな」

 あごに手を当てて考え込む祥真さんは、両親と同じ思案顔しあんがおになっていた。
 一方、私の話が解るのか、杏奈さんはたずねてきた。

「君の魔法って何?」
「えっと……干渉魔法と、付与魔法と、生成魔法だよ。派生属性は……時間と空間。干渉魔法は、魔力を送ると、それを操れて。あとは……相手の魔法と繋がるの。相手の魔法を少しの間だけ貰ったり、調べたりできるのが干渉魔法。付与魔法は、いろんな力を自分やその人に付けて、強くしたり弱くしたりするの。生成魔法は魔力でいろんな物を作れるんだよ。少しの間だけ、だけど」

 説明すると、杏奈さんは「へえ」とうらやましそうに聞き入った。
 祥真さんは、とても驚いた顔で私を凝視している。

「杏奈お姉さんの魔法も、干渉魔法で判ると思うよ?」
「! 本当!?」

 気力を感じさせない目に光が宿った。
 やっと見つけた希望にすがりたい。そんな必死な気持ちが込められていた。

 私は頷いて、ソファーから下りて杏奈さんに右手を差し出す。

「調べる時はね、相手の魔力と触れたことがないとできないから。ちょっと魔力を込めてみて?」
「う、うん。……こう?」

 杏奈さんは私に合わせてソファーから降りて、魔力を込めた右手を私の右手に重ねる。その魔力を感じ取り、杏奈さんを見詰める。

『〈結合ユニオン〉――【アナリーゼ】』

 ドイツ語で『分析』を意味する音楽用語で唱えると、スクリーン画面が脳裏に浮かんで文字が表示される。


属性:無
派生:念
魔法:錬金れんきん魔法・念能ねんのう魔法


「……錬金魔法と、念能魔法?」
「れん……何それ?」
「錬金魔法は……えっと……『物質の情報を読み取り、科学的に物質を分解・再構築さいこうちくする』魔法。念能魔法は……『魔力を込めた念を送ることで物質を動かせる念力の他に、自身の思念しねんを相手に送れ、万物に宿る思念を読み取れる』……だって」

 まさかの錬金術! この世界に錬金術師っていないから、これは初めての発見だ。しかも超能力まで魔法として存在しているなんて……!

 表示された文字を読めば、杏奈さんはこれでもかというほど目を丸くする。
 あ、もしかして……。

「杏奈お姉さんって、科学の勉強、してるの?」
「……え? そう……だけど……」
「えっ、すごい! 難しくない?」
「さ、最初は……」

 戸惑とまどいながら頷いた杏奈さんは天才だった。
 この歳で科学者を目指せる人って数えるほどしかいないはず。並大抵の努力では得られない知識を幼いながら習得したからこそ、この特殊な魔法が発芽したのかもしれない。

「お母さん、紙ってある? いらない鉄でもいいから」
「え、ええ……まずは紙にしましょうね」

 見守っているお母さんも戸惑うが、リングノートから一枚の紙を抜き取って渡してくれた。真っ白で、何も書いていない綺麗な状態の紙だ。

「紙を作っているものって判る?」
「もちろん。木と同じでセルロースでできているんだよ」
「じゃあ、それを頭に入れながら、何を作りたいか想像して、魔力を込めて『錬成れんせい』って言ってみて。折り鶴は難しい?」
「や、やってみる……」

 子供には難しい要望だけど、杏奈さんはぎこちなく頷いて紙と向き合う。
 深呼吸をして、両手で持っている紙をじっと見つめ――

『【折り鶴】に――〈錬成〉』

 願うように、小さくつぶやいた。

 瞬間、紙に魔力が通ったと思うと崩壊した。
 ボロボロに崩れて――分解されていくと、違う形に変わり始める。分解されたセルロースの元素が再構築を行い、瞬く間に折り鶴の形になって杏奈さんの手の平に転がった。

 固唾かたずを飲んで見守っていた私達は、杏奈さんが起こした奇跡に息を呑む。
「……でき、た?」
「うん。おめでとう」
 呆然と呟いた杏奈さんへ祝福の言葉をおくる。途端、ボロッと大粒の涙がこぼれ落ちた。

 あれっ、泣いたっ……!?

 しゃくり上げてボロボロと泣き出した杏奈さんに驚いたが、すぐに察した。

 今まで魔法を使えなかったことで、周囲にいだいていた劣等感と疎外感そがいかんが消えたのだ。荒んでいた心が安心からほぐれたのだから、泣いてしまうのも無理はない。
 私も同じように泣いたから、その気持ちは胸が痛くなるほど解る。

 嬉し涙だと理解した私は、込み上げる熱を感じて、衝動のまま杏奈さんに抱きついた。

「私もね、魔法が使えなくてつらかったから……解るよ」

 つらかった。
 苦しかった。
 誰にも理解してもらえない孤独から、心が押し潰されそうだった。

 でも、それはもう終わり。

「もう大丈夫。思いっきり泣いていいよ」
「っ……う、うぅっ……わあああああぁぁぁっ!」

 息を詰まらせた杏奈さんは、とうとう声を上げて大泣きした。
 感化されて私まで涙が出ちゃったけど、杏奈さんを抱きしめて安心させたかった。

 杏奈さんは泣き疲れて眠るまで私にしがみついていたけど、それで彼女の心が晴れるならいくらでも待とう。
 杏奈さんの心が救われることを願って、私は腕の力を強めた。



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