お詫びと自己嫌悪



 結局、西園寺沙織とは友達になれなかった。
 残念な気持ちと申し訳なさでいっぱいになるが、仕方ないと割り切るしかない。

 でも、罪悪感は拭えない。彼女は心から私を受け入れてくれたから。
 だから、恭佳達のために作ったお菓子をお裾分けすることにした。



 五月の第二週月曜日。
 放課後になると寮に戻り、自室にある冷蔵庫を開ける。
 冷蔵庫の中には、前日に作った特製パンケーキを詰め込んだタッパーがいくつもある。
 一個の大きさは、直径十五センチ前後。それをレンジで温め直して、ペーパークラフトで作ったお洒落しゃれかごの中に詰め込む。

 籠は休日に作った。オーソドックスの茶色の他に白色を加えた本体、縁取りと持ち手は白色、更に持ち手の付け根に造花ぞうかしてみた。造花は赤いハイビスカスだ。
 ちなみに材料費は全てポイント。初等部から中等部まで節約しながらめていたポイントを、高等部から思いっきり使おうと決めていたのだ。
 現金を使わなくて済む。それに使い道も、趣味に打ち込むために使うくらいだし。

「凪、行ってくるね」
「お気をつけて」

 西園寺沙織におびをすると、ちゃんと凪に伝えている。
 最初は一緒に行くと聞かなかったけど、なんとか説得して一人で行くことができた。
 凪とは玄関で合流するのだと打ち合わせて、私は西園寺沙織が居住する部屋に向かう。

 緊張するけど深呼吸をして、覚悟を決めてインターホンを鳴らした。
 しばらくして出てきたのは……。

「……何? 花咲さん」

 西園寺沙織のルームメイトで親友の、柊原華那。
 警戒心MAXな彼女の表情に思わず苦笑してしまったのは仕方ない。

「西園寺さんはいる?」
「……いない」

 いや、いるでしょう。西園寺沙織の魔力、部屋の中にあるし。
 これでも記憶した魔力を感知・探査たんさするのは得意なのだ。魔法ではなくみがき上げた技能だけど、人探しに役立っている。

 でもまぁ、いっか。

「じゃあ、代わりにこれ、西園寺さんに渡してもらってもいい?」

 左腕にかけている籠の中から二つのセロファンの袋を取り出す。本当は一つがいいけど、柊原華那のことも考えて、念のために用意したのだ。

 柊原華那は怪訝けげんな顔で、パンケーキが入った袋を一瞥いちべつする。

「急にどうしたの?」
「……友達になれないお詫び。あの子の期待に応えられなかったから」

 きっと彼女は知っている。土曜日に西園寺沙織の友達の申し出をはっきり断ったのを。
 理由は詳しくまで言えなかったけど、悲しそうに笑って受け入れてくれた。

 それが、とても痛かった。心がズキズキするほどつらかった。だからこうしてお詫びを持ってきたのだけれど……。

「虫のいい話だね。沙織ちゃんを傷つけておいて」

 柊原華那には許容できないことだった。
 予想通りだけど、改めて他人から言われるとこたえる。

「……自分でもそう思うよ。あの子の好意を踏みにじってしまったのは確かだから」
「それが解っていて、どうしてこばむの?」
「身内の命令だから、としか言えない」

 理事長の言葉がよみがえる。友達を作らないでくれって……。

「じゃあ、東雲さんと香崎はどうなの」
「あの子達は幼い頃からの付き合いだから。でも……他人から始める友達は、作るなって……」

 どうしてあんな残酷な事を言えるのか。杏奈姉さんは普通に友達を作っているのに。

 どうして私だけ違うの?

「私だって、あの子達以外の友達を作ってみたいのに……どうして……っ」

 目の奥が熱くなってきて、息苦しさを覚える。
 言葉が詰まった瞬間に涙がこぼれて、そこで我に返った。

 しまった。今まで他人の前で感情を荒らげないようにしていたのに。西園寺沙織が現れてから、私も変わってしまったのか。

「……ごめん。貴女にこんなこと言っても、どうしようもないのに」

 涙が流れた右のほおこすり、驚き顔で固まっている柊原華那に二個の袋を押し付ける。

「これ、温めて食べて。何もつけなくていいから。じゃあ」
「え、あ……あのっ、花咲さん!」

 早口で説明して、振り返らずに走った。
 本当はいけないことだろうけど、そうでもしないと追いかけてくると思ったから。

 どうして同情をさそうようなことを言ってしまったのか、自分でも理解できない。
 本当に嫌になる。そんな自己嫌悪にさいなまれて、こぼれる涙を乱暴にぬぐった。



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