楽しいお茶会が終わると、寮に帰ってのんびりする。
生徒会寮は一般の寮より小さい。それは生徒会の役員の人数は限られているから。
対する風紀委員会寮の役員は多い方が魔物の討伐に有利だから、生徒会寮より大きい。
この二つの寮の設備は一般寮と比べて贅沢。二階に
少し羨ましいけど、娯楽施設なんて滅多に利用しないから、私はどうでもいいかな。
そんな生徒会寮のロビーに入って、健斗に連絡する。着いたよ、と短文を送って、少し待つ。
その時、食堂らしき扉が開いて、見知った人物が現れた。
ジョット・レオネッティと、夏目紀だ。
「……! 有珠か?」
「は? ……何でいるんだ?」
私に気付いたレオネッティ。夏目紀もこちらを向いて反応する。
げ。会いたくない人が出てきた。
ちょっと気が沈んでいると、レオネッティが声をかけた。
「何しに来たんだ?」
「健斗に贈り物。約束していたから」
え、何で近づいてくるの?と、内心でドギマギする。
「もしかしてそれか? 何が入っているんだ?」
「秘密」
そう、秘密だ。知られたら
人差し指を口元に当てて、にこりと笑ってみせる。すると、レオネッティは固まり、夏目紀は目を
何に驚いているのだろう。ちょっと不思議に思っていると、ロビーの奥にあるエレベーターが開いた。そこから、前回のお茶会で
「姉さん! 早かったね」
「まあね。はい、約束のお菓子」
駆け寄った健斗に籠を見せると、健斗は瞳を輝かせた。
「あと、兄さん達に
「……対策までしてくれたんだ」
目を丸くした健斗にクスクスと笑う。
「それにしても、この籠すごい。姉さんが作ったんでしょ?」
うん、と頷けば、やっぱり、と言葉が返ってくる。
本当に健斗は私が作ったことに気付くよね。直感が凄いというか……。
「その籠、花咲が作ったのか?」
ここで、夏目紀が反応した。
……まだいたんだ。いなくなったと思っていたのに。
失礼なことを思っていると、夏目紀がこちらに来て籠をまじまじと観察してきた。
「へえ、すごいな。こんな凝った籠を作れるなんて」
「ペーパークラフトだから、誰だって作れるよ」
説明書があれば、もっと凄いのができる。これは作り慣れたものだから、特に難しくなかった。
感心する夏目紀に続いてレオネッティが近づく。彼も籠が気になったのかと思ったが……。
「この菓子は……パンケーキ?」
お菓子の方に興味を持っていた。
レオネッティって甘いもの好きなのかな。
「うん。林檎のコンポートを作って、一緒に焼いたパンケーキ。本当は洋梨を使いたかったけど、秋じゃないからね」
洋梨のコンポートで作ったパンケーキが一番好きなんだけど、それは秋に収穫されるから、初夏である今は無理だ。
説明すると、ほう、とレオネッティは感嘆の吐息を漏らした。
「コーヒーや紅茶に合う菓子は作れるか?」
「え? ……ガトーショコラとか、シフォンケーキ……かな。それなら作れるけど」
ガトーショコラは加減を掴むまでが難しい。中が生焼けだとフォンダンショコラになってしまうから。けど、今では普通に作れるから得意料理の一つになった。
答えると、レオネッティは言った。
「作ってくれ」
……と。
いったいどうしたのか。私なんかのお菓子を頼むなんて。
「駄目」
私はいいと思ったけど、答える直前で健斗が拒否した。
「え、なんで?」
「駄目、絶対駄目。姉さんのお菓子は中毒になるから」
「そんな
「僕なんて毎日食べたいくらいだよ?」
じろっと私を上目遣いで睨む健斗。
ごめん、怖くない。むしろ可愛い。
「そんな顔しても可愛いだけだよ。作るのは今回だけだから。ね?」
玖音の頭を撫でながら笑いかける。すると、ボッと玖音の顔が真っ赤になって、口をへの字に曲げた。
「……ずるいよ、それ。というか『可愛い』はやめて」
「ごめん。無理っ」
「キラッと言わないで! むしろ姉さんが可愛いし!」
いや、キラッとしてないから。ただ笑顔になっただけだから。
それより……。
「……どうしよう。健斗が
「姉さんに言われたくない! 天然タラシ!」
「ひどっ!? じゃあ健斗の分は無し!」
「ごめんなさい!」
ビシッと指差して言えば、頭を下げる健斗。一秒もかからない素早さに少し引いてしまった。
思わず苦笑いしてしまった私は、仕方ないなぁと多少
「健斗には他のものも付けてあげるから」
「! 約束だよ!」
「うん、約束」
ぱあっと明るい笑顔になった。
何ていうか、健斗も表情がコロコロ変わるよね。そこが可愛いんだけど。
「それじゃあ、これ。早めに食べてね」
「うん、大事に食べる。……ところでジョット先輩、夏目先輩。笑いたかったらどうぞ」
え、笑う?
顔を向けると、肩を震わせていた二人が吹き出した。
夏目紀は笑いを噛み殺そうとしているけど失敗。
レオネッティは普通に声に出して笑っている。
……さっきのコントっぽかったし、気持ちは解らなくもない。
けど、ちょっとムカつく。
「はっ、花咲って、ふっ、おもしろっ……い、な……!」
「……よぉし、歯ぁ食いしばれ」
拳を握って、夏目紀に向けて軽く突き出す。それをレオネッティが片手で受け止めた。
「意外と凶暴なんだな」
「どーせ凶暴ですよ」
不機嫌な声で言い返して、手を引っ込める。
だが、
「放して」
「来月の第一日曜日、生徒会室に持ってきてくれ。人数分だ」
「四人分?」
「いや、五人分」
……何故、五人分? 生徒会のメンバーは全員で四人のはずだけど。
まぁ、いいか。一個増えても大差ないし。
分かった、と頷けば手を離してくれた。
「じゃあ健斗。また再来週ね」
「うん。楽しみにしてるよ」
嬉しそうに笑ってくれた健斗に笑顔を見せて、私は高等部の女子寮へ戻った。
今日も無事に終わることができた。
けれど、日課で使用している魔法によって、それはまだ気が早いのだと知った。