お菓子の約束



 楽しいお茶会が終わると、寮に帰ってのんびりする。
 くつろいでいるうちに約束の三時が近づき、生徒会寮に向かった。

 生徒会寮は一般の寮より小さい。それは生徒会の役員の人数は限られているから。
 対する風紀委員会寮の役員は多い方が魔物の討伐に有利だから、生徒会寮より大きい。
 この二つの寮の設備は一般寮と比べて贅沢。二階に娯楽ごらく施設があるのだとか。露天風呂だって全員が利用できるようになっているらしい。
 少し羨ましいけど、娯楽施設なんて滅多に利用しないから、私はどうでもいいかな。

 そんな生徒会寮のロビーに入って、健斗に連絡する。着いたよ、と短文を送って、少し待つ。

 その時、食堂らしき扉が開いて、見知った人物が現れた。
 ジョット・レオネッティと、夏目紀だ。

「……! 有珠か?」
「は? ……何でいるんだ?」

 私に気付いたレオネッティ。夏目紀もこちらを向いて反応する。

 げ。会いたくない人が出てきた。
 ちょっと気が沈んでいると、レオネッティが声をかけた。

「何しに来たんだ?」
「健斗に贈り物。約束していたから」

 簡潔かんけつに答えると、レオネッティは興味津々で近づいてきた。
 え、何で近づいてくるの?と、内心でドギマギする。

「もしかしてそれか? 何が入っているんだ?」
「秘密」

 そう、秘密だ。知られたら強請ねだられるかもしれないし、そうしたら健斗達がなげく。
 人差し指を口元に当てて、にこりと笑ってみせる。すると、レオネッティは固まり、夏目紀は目をみはった。

 何に驚いているのだろう。ちょっと不思議に思っていると、ロビーの奥にあるエレベーターが開いた。そこから、前回のお茶会であずけた籠を持った健斗が出てきた。

「姉さん! 早かったね」
「まあね。はい、約束のお菓子」

 駆け寄った健斗に籠を見せると、健斗は瞳を輝かせた。

「あと、兄さん達に遭遇そうぐうしたら、この袋を渡して」
「……対策までしてくれたんだ」

 目を丸くした健斗にクスクスと笑う。

「それにしても、この籠すごい。姉さんが作ったんでしょ?」

 うん、と頷けば、やっぱり、と言葉が返ってくる。
 本当に健斗は私が作ったことに気付くよね。直感が凄いというか……。

「その籠、花咲が作ったのか?」

 ここで、夏目紀が反応した。
 ……まだいたんだ。いなくなったと思っていたのに。

 失礼なことを思っていると、夏目紀がこちらに来て籠をまじまじと観察してきた。

「へえ、すごいな。こんな凝った籠を作れるなんて」
「ペーパークラフトだから、誰だって作れるよ」

 説明書があれば、もっと凄いのができる。これは作り慣れたものだから、特に難しくなかった。
 感心する夏目紀に続いてレオネッティが近づく。彼も籠が気になったのかと思ったが……。

「この菓子は……パンケーキ?」

 お菓子の方に興味を持っていた。
 レオネッティって甘いもの好きなのかな。

「うん。林檎のコンポートを作って、一緒に焼いたパンケーキ。本当は洋梨を使いたかったけど、秋じゃないからね」

 洋梨のコンポートで作ったパンケーキが一番好きなんだけど、それは秋に収穫されるから、初夏である今は無理だ。
 説明すると、ほう、とレオネッティは感嘆の吐息を漏らした。

「コーヒーや紅茶に合う菓子は作れるか?」
「え? ……ガトーショコラとか、シフォンケーキ……かな。それなら作れるけど」

 ガトーショコラは加減を掴むまでが難しい。中が生焼けだとフォンダンショコラになってしまうから。けど、今では普通に作れるから得意料理の一つになった。
 答えると、レオネッティは言った。

「作ってくれ」

 ……と。
 いったいどうしたのか。私なんかのお菓子を頼むなんて。

「駄目」

 私はいいと思ったけど、答える直前で健斗が拒否した。

「え、なんで?」
「駄目、絶対駄目。姉さんのお菓子は中毒になるから」
「そんな大袈裟おおげさな……」
「僕なんて毎日食べたいくらいだよ?」

 じろっと私を上目遣いで睨む健斗。
 ごめん、怖くない。むしろ可愛い。

「そんな顔しても可愛いだけだよ。作るのは今回だけだから。ね?」

 玖音の頭を撫でながら笑いかける。すると、ボッと玖音の顔が真っ赤になって、口をへの字に曲げた。

「……ずるいよ、それ。というか『可愛い』はやめて」
「ごめん。無理っ」
「キラッと言わないで! むしろ姉さんが可愛いし!」

 いや、キラッとしてないから。ただ笑顔になっただけだから。

 それより……。

「……どうしよう。健斗がたらしになった」
「姉さんに言われたくない! 天然タラシ!」
「ひどっ!? じゃあ健斗の分は無し!」
「ごめんなさい!」

 ビシッと指差して言えば、頭を下げる健斗。一秒もかからない素早さに少し引いてしまった。
 思わず苦笑いしてしまった私は、仕方ないなぁと多少妥協だきょうして健斗の頭を撫でる。

「健斗には他のものも付けてあげるから」
「! 約束だよ!」
「うん、約束」

 ぱあっと明るい笑顔になった。
 何ていうか、健斗も表情がコロコロ変わるよね。そこが可愛いんだけど。

「それじゃあ、これ。早めに食べてね」
「うん、大事に食べる。……ところでジョット先輩、夏目先輩。笑いたかったらどうぞ」

 え、笑う?
 顔を向けると、肩を震わせていた二人が吹き出した。
 夏目紀は笑いを噛み殺そうとしているけど失敗。
 レオネッティは普通に声に出して笑っている。

 ……さっきのコントっぽかったし、気持ちは解らなくもない。
 けど、ちょっとムカつく。

「はっ、花咲って、ふっ、おもしろっ……い、な……!」
「……よぉし、歯ぁ食いしばれ」

 拳を握って、夏目紀に向けて軽く突き出す。それをレオネッティが片手で受け止めた。

「意外と凶暴なんだな」
「どーせ凶暴ですよ」

 不機嫌な声で言い返して、手を引っ込める。
 だが、何故なぜか殴った右手を掴まれたままだった。

「放して」
「来月の第一日曜日、生徒会室に持ってきてくれ。人数分だ」
「四人分?」
「いや、五人分」

 ……何故、五人分? 生徒会のメンバーは全員で四人のはずだけど。
 まぁ、いいか。一個増えても大差ないし。

 分かった、と頷けば手を離してくれた。

「じゃあ健斗。また再来週ね」
「うん。楽しみにしてるよ」

 嬉しそうに笑ってくれた健斗に笑顔を見せて、私は高等部の女子寮へ戻った。



 今日も無事に終わることができた。
 けれど、日課で使用している魔法によって、それはまだ気が早いのだと知った。



◇  ◆  ◇  ◆




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