優しく微笑みかける有珠の姿に、胸の奥から熱が
「どうして…………どうして、来たのよ……? 貴女は……!」
守ってくれる身内のために魔法を
理解できなくて
「大切な人を
有珠は片膝をついて目線を合わせると、恭佳の頬を撫でる。
噛み切って血を流す唇を見て、有珠は泣きそうな顔になり、目を伏せた。
「貴女を喪ったら、私はどうすればいいの? どう
「償うって……」
どうしてそんなことを言うのか。
涙で
「守れる力があるのに守れない。それは私の存在意義を否定することだよ」
苦しそうな笑顔に、恭佳は
「お願いだから、守らせて」
掠れた声は弱々しくない。
むしろ、強い覚悟さえ感じられた。
「恭佳ちゃん! 逃げてぇ!!」
ゆっくり立ち上がった有珠。そこにいる恭佳に、真綾が声を張り上げる。
しかし、有珠は振り向かない。
むしろ、目を閉ざしたまま空に手を
『【
呪文
ただ
干渉魔法により世界式を直接書き換えられる有珠だからこそできる、反則的な早技。
二匹は悲鳴を上げて、後方に弾かれる。
巨体にもかかわらず数十メートルも遠くへ飛んでいく魔物に、誰もが目を丸くする。
その間に、有珠は初めて詠唱した。
『トネリコの
右手に生じる、紫色の光。視覚化された魔力は、イメージ通りに形状を変える。
『
声に
『〈
横に伸びた光は
それは、槍。
通常よりやや短く太い
白金色の模様が透明度の高い紫色の長柄に
神聖性さえ感じられる槍だが、秘められた力は
『【身体強化】を〈
有珠は自身に付与魔法を施して、地面に転がってふらつきながら起き上がる魔狼を見据える。
常人ではありえない
気付いた魔狼は反射的に横へ踏み出し、紙一重で
怒りを覚えたのか、魔狼は高らかに
『一度振り上げた刃は
有珠は
高等部の第一班に所属するほとんどが危ないと感じて魔法を行使しようとする。
だが、残り一メートル。あと一秒もなく魔狼は有珠を食い殺すだろう。
誰もが間に合わないと目を
――だが、それは叶わない。
飛び掛かった魔狼の真横から、何かが魔狼のこめかみに突き刺さり、首を
突然のことに認識する間もなく、命を
勢いに呑まれて頭部に向き合うように逸らされ、軽く飛んだ胴体から血が噴き出る。
『絶対的な力は暴虐に
誰もが呆然と見ていると、あの槍が有珠の手元へ戻り、ふわりと消えた。
「……グングニル?」
恭佳は、有珠が作り出した槍の名称を呟く。
グングニル。向けられた敵は逃げることなど許されず、
『揺れ動くもの』という意味で名付けられたそれは、北欧神話に登場する最高神オーディンが携えた神の槍。
花咲有珠という少女は、生成魔法によって神の武器を生み出したのだ。
近くで聞いた恭佳は理解して、
再び生成魔法を行使する有珠は、詠唱の最終段階に入っていた。
『其は死と再生を
詠唱により、鳥肌が立つほど神聖な何かが放出される。その魔力に
逆らえない何か≠感じてしまったから――。
『〈
右手に集まる澄んだ魔力が、瞬く間に巨大な形状へ
柄は長く、
それは、死と再生を司る神――死神が携えるべき大鎌だった。
けれど
透き通る色に染まった大鎌は、死を
――これは、敵対してはならない
高ランクに指定される魔物は、人類と同じような特出した知能を持つ。
魔物の中で珍しく高知能を有する怪鳥だからこそ、感じ取ることができた後悔。
しかし、逃げるという選択肢を持たない。いくら相手が強くても、極上の
「クルゥアアアァァァ!」
己を
有珠は近くにいる恭佳を巻き込まないために、次の魔法を自身にかけた。
『【
足に不思議な魔法がかかった感覚の直後、有珠は高く
「なっ――!?」
しかし、実際は違った。
誰もが絶句する光景だが、見覚えのある付与魔法に、恭佳は
金糸を織り込んだ純白のロングコートをはためかせ、空を駆ける姿は、戦女神の様。
怪鳥は近づく有珠に恐怖を覚え、空気を吸い込んだ。
そして、
冷たい夜風を熱気に変えるそれは、漆黒の炎。
固有能力を持つ魔物は少ない。その上、再生能力まで
Sランクの魔物は災害級とも呼ばれ、数か国総出で対処しなければならない。それだけ危険な存在なのだ。
だが、有珠はものともせず、吐き出された炎に目掛けて大鎌を振り切った。
「はぁあっ!」
瞬間、黒炎は切り裂かれた。
まるで海を割った神話の賢者のように、黒炎は切られた箇所を中心に薄れ、消える。
視界が開け、有珠が見たのは背中を見せる怪鳥。
「逃がすか」
大切な幼馴染を殺そうとした敵だ。見逃す理由などありはしない。
『【神速】を〈
有珠は【天歩】に新たな魔法を上書きすると、空をひと際強く
刹那という速さで、すれ違いざまに大鎌を振るった。
大鎌の刃にかかった怪鳥の肉体に傷はない。にもかかわらず、怪鳥は地面へ落下した。
鈍い音を立てて地面に転がった怪鳥は白目を
魂を抜かれたような――という表現ができるが、まさに魂を失ったのだ。
有珠が作り上げたデスサイズ――これは生者の魂を強制的に刈り獲る。
だから生命力を完全に失った。そうなれば再生する力さえ無意味な付属品となる。
吐息とともに大鎌を消した有珠は、空に浮かぶ満月を見上げ、瞼を閉じる。
全ての敵を倒した
「女神、さま……」
心を奪われた顔で呟いた。