改変した未来



 ふわり、魔法によって着地した有珠は、地面に転がっている魔物に目を向ける。
 このまま放置するのもいいだろう。だが、怪鳥は魂を再生させる可能性があるかもしれない。
 念には念を入れようと決め、魔物に向けて手を伸ばす。

『【特定結界】――〈転移〉』

 手のひらを上に向けて唱えると、手のひらに何かが出現する。
 それは、白金色を帯びた四角形の箱。空間魔法で作り出した結界だ。
 透明のガラスケースのような結界の中には、丸みを帯びた石が入っていた。

 これは魔物が体内に秘める魔力のみなもと――魔核まかく

 自然の魔力が凝縮ぎょうしゅくされた魔石とは違い、適切な魔力を込めることで再利用できる便利なもの。
 魔核は一般的に、魔法を補助・補完する安価あんか魔法装具マジックギア魔法武器マジックウェポンの動力源として利用される。怪鳥の魔物から得られた魔石の色は、純度の高い真紅。歪な形ではなく綺麗な球体だ。これなら高値で買い取られ、高性能な魔法装具や魔法武器が作られるだろう。

「女神様」

 空間魔法で魔狼の漆黒の魔核も取り除いたところで、恭佳に声をかけられる。
 振り向いた有珠は、苦笑気味に力無く笑った。

「女神はやめて」
「けど、そう言わないとバレるわよ」

 恭佳の言い分は正しい。
 恭佳と澪標兄妹以外は、劣等生≠ナ有名な花咲有珠だと知らないのだから。

 隠すためならいたし方ない。そう思っていると、思わぬ人物が目に入った。
 この場にいなかったはずの少年少女――中・高等部、大学部の生徒会が集合していた。

「……恭佳、どうして彼らがここに?」
「コード・クリムゾンの場合、生徒会も出動されるのよ」
「……なるほど」

 有珠は困った表情で苦笑する。
 そこに、大学部で生徒会長を務める有珠の兄・魁が詰め寄った。

「どうしてここにいるんだ。お前は……!」
「恭佳が死にかけたから」

 静かな眼差しを向けて告げると、魁は息を呑む。

「日課で【千里眼】を使っているの、知っているでしょう?」
「……たのか。恭佳が……」


 ――死ぬ瞬間を。
 言いよどむが、続けられるはずの言葉を察した有珠は苦しげに目を閉じて頷いた。
 大学部の生徒会副会長である杏奈は口に手を当て、ギュッと目をつむる。
 中等部の生徒会に所属する生徒会長・健斗も悲痛に顔を歪めた。

 この会話で、恭佳はさとった。どうして有珠が助けに来てくれたのか。

 有珠は毎夕、日課として眼鏡に付与魔法をかけている。肉体に直接特殊能力を付与することもできるが、その場合は体への負担が大きい。だから物に付与することで負担を軽減した。
 その【千里眼】を使って、夜中に現れるだろう魔物への脅威きょういを確かめる。それが有珠の日課。

 その日課で、初めて身内が死ぬ瞬間を捉えたのだ。

 自分は死ぬ運命にあった。それを理解した恭佳は、体中に怖気おぞけが駆け巡り、今にも倒れそうなほど青ざめた。
 気付いた有珠は、魔核を魁に渡す。そして、空いた手で恭佳の手を取った。
 優しく引き寄せて、恭佳の顔を自身の肩に押し付ける。

「大丈夫。もう大丈夫だよ。恭佳は今、ちゃんと生きている。……無事でよかった」

 湿しめっぽい、安堵を滲ませた声。
 優しい響きに、とうとう恭佳は涙を溢れさせて有珠にしがみついた。
 歯を食いしばって嗚咽おえつを抑え込む恭佳の痛々しさが胸に突き刺さる。
 有珠は頬を寄せ、恭佳の頭を撫でた。

「恭佳を寮に送るけど、いい?」

 この調子ならまともに歩くのも難しいだろう。
 心配と気遣いから許可を求めるが、魁に断られる。

「先に帰らせてしまうのは醜聞しゅうぶんが悪い。ここは俺達に任せてくれ」
「……分かった」

 恭佳のためを思うなら仕方ない。
 申し訳ない気持ちで魁の言葉を受け入れ、恭佳に声をかける。

「恭佳。先輩達が送ってくれるけど、大丈夫?」
「……ええ」

 頷くが、大丈夫そうに見えないので、有珠は無詠唱で干渉魔法をかけた。恭佳に浸透する魔力の色は紫色だが、光系統の精神治療系の技だ。
 顔色が良くなり、強張こわばった体から力が抜ける感覚に、ようやく恭佳は生きている実感を覚えた。

「……ありがとう」

 小声で言えば「どういたしまして」と有珠は返し、恭佳を杏奈に預けた。

「魁先輩」

 区切りのついたそこで、高等部の生徒会長・ジョットが声をかけた。
 彼の銀の瞳には、困惑の色があった。

「彼女は……まさか……」

 何かに気付いているような口振りだ。
 有珠は口元に人差し指を当てて、悲しげに微笑む。だまっていてほしいと思いを込めて。

 ひゅっと息を呑み、瞠目する。そんなジョットの表情で、彼が全てを理解したのだと悟った。

「それでは皆さん。ごきげんよう」

 優雅な所作しょさでお辞儀した有珠は、その場から一瞬で姿を消した。

 瞬きの間に、と言える刹那に、誰もが度胆どぎもを抜く。
 残された彼女の正体を知る者達は、これをどう乗り切ろうかと頭を悩ませるのだった。



◇  ◆  ◇  ◆



 時刻は七時半を過ぎた頃。
 女子寮の部屋の玄関に転移してすぐ、ルームメイトの凪がリビングダイニングの椅子に座ってじっとしている姿に気付く。わざわざ帰りを待っていたようだ。
 目を閉じて祈る姿勢を崩さない彼女の想いに、無性に胸が熱くなった。

「帰りました」
「……! 有珠さん、お帰りなさい」

 笑顔で挨拶すると、気が付いた凪はほっと安心した表情で挨拶を返してくれた。

「恭佳さん、間に合いましたか」
「うん。……ただ、風紀委員会だけじゃなくて、生徒会にも知られちゃったのは問題だけど」

 ロングコートを脱ぎ、ハーフアップに止めている髪留めバレッタを外しながら苦笑気味に話す。
 手櫛で髪型を整えていると、凪が表情を強張らせたのが見えた。

「……何か、言われませんでしたか?」
「ちょっと……。でも、事情を話したら受け入れてくれたよ。まぁ、あとは祥真さんをどうにかしないといけないけど」

 私の正体を隠すよう手配してくれている相手だ。軽い気持ちではいられない。厄介だけど、誠心誠意を込めて謝罪するしか道はない。

「……私もお供します」

 苦笑いを浮かべていると、凪が強い意志を宿した声で申し出た。
 驚いた。前回と違い、今回はとがめられることなのだから。

「え、でも……」
「有珠さんが責められるなら、止められなかった私も責められますから。別にこれで責められるのは構いません。恭佳さんを救えたのですから」

 先程まで浮かんでいたうれいが無くなり、晴れ晴れとした笑顔で言った。

 彼女が幼馴染で……親友でよかった。
 改めて心から思い、私も「ありがとう」と言ってはにかんだ。



◇  ◆  ◇  ◆




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