打ち解ける心



 翌日、凪と一緒に登校して、私はU組の教室に入る。
 定位置の席に座って、本を開く。
 今回はお菓子のレシピ。簡単なものから凝ったものまで幅広く載っている便利な料理本だ。

 レオネッティと健斗の約束のお菓子だが、恭佳達の慰労が先だ。
 今週と再来週の内容は決めているけれど甘いものが苦手な人もいる可能性がある。だから甘さ控えめのお菓子も作りたい。特に健斗には別のお菓子も付けてあげると約束したのだ。

 何がいいかな?と速読していると……

「……あ」

 ある項目に、美味しくて健康にもいいお菓子の写真を見つけた。

「花咲さん!」

 その時、西園寺沙織が声をかけてきた。
 意外と大きな声に驚いて顔を上げると、キラキラした笑顔で駆け寄ってきた。

「あ、おはよう」
「おはよ。お菓子ありがとう! ホットケーキに甘露煮かんろにを入れるなんて初めて見たよ!」

 胸の前でこぶしを握った西園寺沙織は興奮気味に言った。
 ここまで喜んでもらえるなんて思わなかった私は驚き、嬉しくなってはにかむ。

「伝えた通り温めた?」
「うん! 温めて食べたらすごく美味しかった。もうっ、ジューシーで……!」

 西園寺沙織は喜んでくれたようだ。
 ハイテンションで力説する彼女が面白くて、思わず笑ってしまった。
 すると、西園寺沙織はきょとんとした。心なしか頬がほんのり赤い。

「花咲さん、笑うと可愛いんだ」
「……えぇ? 西園寺さんの方が可愛いのに……いや、綺麗系? 可愛い系は柊原さんだし……」

 おとがいに手を当てて言葉を選ぶ。
 西園寺沙織をもう一度見れば、真顔になっていた。さっきより頬が赤い。
「どうしたの?」
「……花咲さんって天然?」
「いや、違うから」

 断じて違う。健斗から天然タラシと言われたけど、ただ思ったことを言っただけだ。
 パタパタと横に手を振って否定すると、西園寺沙織は苦笑した。

「あの……花咲さん」

 ここで、柊原華那が声をかけて近づいてきた。どことなく表情が硬い。

「昨日は……ごめんなさい。花咲さんのこと、何も考えなくて……」

 昨日……あぁ。私を責めたこと? 別に謝らなくていいのに、律儀だなぁ。

「いや、いいよ。それが普通なんだから」

 人は他人のことを思い遣ることはできても、それは主に身内に向けている。
 柊原華那にとって身内は西園寺沙織で、彼女を傷つけた私は許せない存在だ。だから敵意を向けるのは当然のこと。

 でも、彼女は自分の行動を省みている。私が傷ついたのだと気付いて。

「優しいんだね」
「……え?」

 思わず漏らした言葉を聞き取った柊原華那は目を瞠る。

「だって、私は西園寺さんを傷つけたんだよ? それなのに私のことを考えてくれるんだから、優しいよ」

 いい心証を持っていない相手に謝るなんて優しすぎる。だから西園寺沙織と仲良くなれたのだろう。
 そう思っていると、柊原華那は口を引き結んで瞳を潤ませた。そして、力無く笑う。

「花咲さんには負けちゃうよ」
「そうかな?」
「そうだよ」

 ……もしかして高く評価された? 買い被りだと思うけど……。

「ところでそれ、お菓子のレシピ集だよね?」
 不意に西園寺沙織が尋ねた。
 興味津々と見る彼女に頷いて応える。

「お菓子を頼まれたの。弟の分は健康も考えてトルタ・カプレーゼにしようと思うんだけど、他にも紅茶に合うケーキと、甘さ控えめのお菓子も作りたくて」
「トルタ・カプレーゼって何?」

 聞いたことないのか、柊原華那が首を傾げる。

「イタリアのカプリ島発祥はっしょうのチョコレートケーキだよ。アーモンドとか胡桃を入れるし、穀粉こくふんを使わないからグルテンフリー・ダイエットにいいし」
「なにそれ美味しそう! いいなぁー」

 説明すると、西園寺沙織が黄色い声を上げて羨ましがる。

 確かに滅多に食べられないお菓子だし……カップケーキにすればいいかな?

「じゃあ、カップケーキにして分けてあげる」
「えっ。いいの?」
「うん」

 目を丸くした柊原華那に頷けば、二人は嬉しそうに「ありがとう」と言った。
 腕によりをかけないとね。あとは何にするか考えないと。
 と、ここでチャイム音が鳴り響いた。ちょうどいいタイミングだった。



 昨晩のこともあり、恭佳を含む風紀委員はメンタルケアもねてお休み。
 昼休みは凪と過ごして放課後を迎えると、デバイスに理事長のメールが届いた。
 短文で、『理事長室に来てくれ』。
 おしかりを受けるのかと不安に駆られる。でも、愚図愚図ぐずぐずしていられない。

「凪、ちょっと行ってくるね」

 T組にいる凪に声をかけると、彼女は慌てた様子で荷物を持って駆け寄った。

「お供します」

 昨日、凪が申し出たことを思い出す。私を一人では行かせないと。

「……ありがとう」

 申し訳なさと安心感から微笑む。
 凪も微笑して頷き、いざ参らん、と意気込んだ。

「有珠」

 その時だった。ジョット・レオネッティが声をかけてきたのは。
 驚いていると、彼は緊張感のある表情で私を見据える。

「少し話がしたい。いいか?」

 そういえば討伐が終わった頃、全生徒会メンバーとともに彼も駆け付けた。
 結局のところ私が終わらせてしまったから出番はなかったけれど、私の本性を見た。
 特にレオネッティは、正体が私だと気付いた反応を示した。
 ここは回避するべきだろう。

「ごめん。呼び出しを受けたから……」
「ほんの少し……三分だけでいい。頼む」

 真剣な顔で食い下がるレオネッティ。
 ……これは、長引かせると後が大変そうだ。

「……分かった」

 渋々了承すると、レオネッティは肩の力を抜いて「来てくれ」と歩き出した。
 凪に視線を向けると彼女は頷き、一緒について行く。



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