感謝の言葉



 そして到着したのは、人気のない校舎裏。

「それで、話って?」

 私から話を切り出すと、レオネッティは私に向き直った。

「昨晩の魔物を討伐したのは、有珠だな」

 ……やっぱり、気付かれていた。
 凪が息を詰めて警戒するけれど、私ははぐらかす。

「私が魔物を倒せると思ってるの?」
「君は魔法を隠している。でなければ家族や友人から、誰よりも強い≠ニは言われないはずだ」

 痛いところを突いてくる。
 確かに私の身内は強い≠ニ豪語している。私はそれに対して否定したことがない。

 失敗したな、と内心で悪態を吐きつつ言い返す。

「だったら、私がどんな魔法を使うのか分かる?」

 一般の生徒は、生徒会は魔物の討伐に滅多に参加しないと認知している。生徒会が駆り出されるのは最上脅威度である『コード・クリムゾン』の時だけ。
 けれど一般生徒は、どんな魔物が学園内に侵入したのか知らされることはない。風紀委員は基本的に黙秘しているが、一部の風紀委員から人伝で広まることもあり、それには時間がかかる。

 だからいつわりの私≠ヘ、どんな魔物を討伐したのか知らない。
 だから本当の私≠ェ、あの場でどんな魔法を使い、どんな魔物を倒したのか、正体を知る者以外には理解できない。そもそも一般生徒は私の正体を知らないし、行使した魔法がどんなものなのか公開されていないから、知る術は存在しない。

 当然ながらレオネッティも、私がどんな魔法を持つのか知らない。そう高をくくっていた。

「勝手を承知で調べたが、君は『属性無し』だと魔法協会の記録から出てきた」

 魔法協会。それは魔法使いの秩序を守るために、全ての魔法使いを記録し、管理する組織。同時に五歳になる子供の属性を調べる役をになっている。
 まさかそこまで調べているとは思わなくて、心臓が嫌な音を立てた。

「そこで『属性無し』には特別な魔法があると推測した。現場にいた風紀委員から、空中を走り、武器を使って魔物を倒したと聞いたから、おそらく特別な力を付ける魔法、召喚のような魔法だと考えている」

 たった少ない情報で、これだけの憶測を立てたレオネッティ。
 流石は生徒会長と言いたいところだが、知られるわけにはいかない。

「……そんな魔法、聞いたことないけど……」

 震えそうになる呼吸を抑えて言う。すると、レオネッティは痛ましそうに目を細めた。

「遠慮なく踏み込むのは無粋だと、俺でも思う。それでも言っておきたい」

 何を言ってくるのか怖いと感じるのは久しぶりだ。
 手に力を込めて身構えると、レオネッティは口を開いた。

「ありがとう」

 それは、感謝の言葉だった。

 思いもよらないそれに、え?と声をこぼす。
 理解が追い付かないでいると、彼は微笑した。

「俺達の到着が遅れていたら、風紀委員は全滅していた。そもそも俺達生徒会でも太刀打ちできない魔物だったと、魔核の解析で分かった。それを一人で成し遂げてくれたんだ。お礼くらい言わせてほしい」

 てっきり私の魔法を知りたいと言うのだと思っていた。
 けれど、違った。彼は、ただ感謝の気持ちを伝えたかったようだ。

 私が、その気持ちを受け取るかも分からないのに。
 私が、現場に駆け付けた人物ではないかもしれないのに。

 ……何故だろう。心が震えた。胸の奥が熱くなって、じわじわと広がっていく。
 そういえば、身内以外の誰かに、こういったお礼を言われるのは久しぶりだ。

 嗚呼――これはきっと喜び≠セ。

 でも、今の私はお礼を受け取れない。どういたしまして≠フ一言さえ言えない。
 お礼を言われたのに何も返せなくて、もどかしくて悲しい。こんなことは初めてで、どうすればいいのか分からない。

 私は、何て言えばいいのだろう……?

「三分が過ぎました。話は以上ですね?」

 口を開閉して言葉を探しあぐねていると、凪が告げた。
 強制的に終了させようとする彼女に、レオネッティは苦笑して「ああ」と首肯しゅこう

「有珠さん、行きましょう」
「……あ……うん」

 絞り出したような声になってしまった。
 凪がレオネッティを軽くにらみ、私の手を引く。

 ……あ、そうだ。その前に……。

「え、っと……また、明日」

 お礼の言葉を返せない代わりに、「また明日」と挨拶する。
 すると、レオネッティは目を瞠り――

「ああ。また明日」

 嬉しそうな顔で笑った。
 途端に心臓が締めつけられ、胸が熱くなる。
 よくある恋愛系の書物に載っているもの≠ノ似ている気がした。

「有珠さん、大丈夫ですか?」

 心配そうな凪の声で我に返る。
 気付けば校舎裏からだいぶ離れ、大学部側の職員棟へ向かっていた。

 心ここに在らず。まさにそれだった。

「……あんな子、初めてかも」

 こぼした第一声は、彼について。

 レオネッティは私の事情に深く踏み込んできた。けれど引き際を理解しているようで、一定の距離を保っている。普通なら知りたがって、もっと踏み込んでくるのに。
 あんなに推測しておきながら追求しすぎず、私をおもんばかっていた。
 今までになかった人だった。だからかな。落ち込みから抜け出せない。

「私……どう返せばよかったんだろう」
「先程のお礼への返事……ですか?」

 凪の質問に、こくりと頷く。
 本当は何か言い返したかったのに、言えなかった。
 だって私は正体≠隠さなければいけなくて、お礼を受け取ると、それを明かしてしまうことになるわけで。

 引き摺っていると、凪も口元に手を当ててなやんだ。

「難しいですね……。有珠さんは隠し事が多いですから、私でも思い浮かびません」
「……そっか」
「はい。あのタイミングで切り上げて正解でした」

 確かに凪が、あのタイミングで時間を教えてくれなかったら、ずっとあのままだった。そもそも時間制限があったおかげで離れられたのだ。そう思うと感謝しないと……。

「そう、だね……。ありがとう、凪」
「いえ、お力になれてよかったです」

 微笑で返した凪に安心感から微笑み返し、見えてきた大学部の職員棟へ向き直って気持ちを引き締める。

 当初の目的であり、ラスボス級の人物――祥真さんとの面会に向けて。



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