国立聖來魔法学園に入って、初めて人前で魔法を使った。
これまではひっそりと≠セったが、
日課で夜に行使している付与魔法の技の一つ【千里眼】で視たのは、風紀委員会に所属する幼馴染・東雲恭佳の死。
風紀委員会に所属する者は、常に
これまでは危なげながら問題なく魔物を討伐していた。しかし、今回は簡単に倒せない相手。
Aランクの狼型の魔物だけではなく、Sランク相当の鳥型の魔物がいたのだ。
鳥型の魔物は『再生能力』と『炎を吐き出す』能力を持っていた。そのせいで風紀委員は心を折られ、パニックに
恭佳は
魔法でその未来を視てしまった私は、言いつけを破って本来の姿で助けた。
学園内で魔法を公にしない≠ニいう言いつけ――命令を。
翌日の放課後、理事長である聖ヶ丘祥真さんに呼び出された。
きっとお
「花咲有珠、並びに香崎凪です」
理事長室に到着して、扉を叩いて声をかける。
すぐに入室許可を貰い、キリキリする胃に耐えつつ扉を開く。
中に入ると、理事長こと祥真さんは執務机にいなかった。室内を見渡すと、休憩室への扉の前に姿を見つける。
「祥真さん?」
「ソファーに座って待っててくれ」
どこか沈んだ表情で言った祥真さんは、休憩室に入った。
凪と顔を見合わせて首を
「どうしたのでしょう?」
「さあ……? てっきり頭ごなしで怒られると思っていたから……」
言いつけを破って、大勢の前で魔法を行使したのだ。本来の姿で駆け付けたから、身内以外に正体を知られることはなかった……否、レオネッティには気付かれたっけ。まぁ、正体を知られなくても本性を見せつけたのだ。怒られることは必然だと覚悟していた。
「お疲れのようでしたし、何かあったのでしょうか?」
「……あ」
凪の心配そうな言葉に、思い
私が倒した魔物の危険度を。
「何か分かりましたか」
「あー……うん。多分、倒した魔物のせいかも……」
苦笑いを浮かべれば、凪は目を丸くする。
「そういえば、階級はどれほどでした?」
「えっと……狼型はAランク。鳥型は……たぶん、Sランク」
「Sランクですかッ!?」
「たぶんね。再生能力を持っていたし、黒い炎を吐いていたし」
滅多に大声を上げない凪が叫ぶ。
気持ちは分かる。何故なら国内だけではなく、国外の有力魔法使いを束にして討伐しないといけないくらい危険な魔物だ。それをたった一人であっさり倒すなんて異常だ。
「ほら、魔物って
「その通り」
休憩室から出てきた祥真さんが、お茶とケーキを載せたトレイを運んできた。
まさかケーキを持ってくるなんて思わなくて目を丸くする。
「ルノワールの限定ベリームースケーキだけど、食べるかい?」
ルノワールは日本で最も有名なケーキ屋だ。ブランドと言っていい高級ケーキの限定品を出すなんて、太っ腹すぎて返って怖い。
「……いいの?」
「そのために用意したからね。恭佳ちゃんの分もあったが……」
「でしたら、私が届けます」
凪が申し出ると、「じゃあ頼むよ」と言いつつテーブルに並べた。
濃いピンク色のムースケーキの上にはカットされた苺とラズベリーが添えられている。しかもスポンジとムースの間には苺の果肉がふんだんに使われていた。
「うわぁ、すごい。なにこれ
「あ、あの……これって、いったいおいくら……?」
恐る恐る
紅茶も
「ごちそうさまでした。すごく美味しかった」
「それはよかった」
最初は胃痛がするほど緊張していたのに、今では
完全にリラックスした私の笑顔に、祥真さんはようやく表情を
そして、表情を引き締めて、頭を下げた。
「ありがとう。そして、すまなかった」
「……え?」
感謝と謝罪の言葉を低頭とともに告げられて、ぽかんとする。
「え、あの……謝るの私じゃないの?」
「どこに謝る要素があるんだ」
「だって、ほら……人前で魔法……使ったし……」
歯切れ悪く言うと、祥真さんは嘆息して顔を上げた。
「君のおかげで彼らは助かったんだ。本来なら死傷者が出てもおかしくない魔物だった」
「……本当にSランク、だったのですね」
凪が恐れを
「有珠ちゃんがいなければ、彼らだけではない。この学園都市にいる全員の命はなかっただろう。言っておくけど、これは大袈裟ではなく事実だ。Sランクの魔物の魔核から、再生能力を持っていると判明したし、証言も聞いた。本来なら国から
過分な言葉にギョッとする。
国から褒美を貰えるなんて……何の罰ゲーム?
かなり酷いことを思ってしまった私の表情に、祥真さんは眉を下げる。
「だというのに、僕達が君の実力と才能を
……なに、その勝手な言い訳。奪いたくなければ、ちゃんとした手順で明かせばよかったはずなのに……。
祥真さんの……大人達の自分勝手な理由に、だんだん腹の底が熱くなってく。
「だったらどうして無属性を明かさないの? 私は魔法特務管理局に目を付けられても戦えるし、掲げている目標を告げれば、管理局に無理やり引き込まれる可能性は低くなるはず。私の目標、祥真さん達は知っているでしょう?」
「それは――」
言い訳を重ねようとする前に、私は硬い声音で
「私は守られるだけの子供じゃない。それを理解しないで抑えつけている貴方達は守っている≠ニは言わない」
私の厳しい指摘に、祥真さんは息を詰める。
それでもまだ否定的な色があるから、私はこれまで溜め込んできた
「そもそも守っているなら、私はみんなから
「……誹謗中傷、以上?」
祥真さんの疑問形の呟きを聞いて、知らないのだと気付く。
どうしてこの人に、今まで守られていたのだろう。――
「私が魔法を使わないのに魔法学園にいる。そのことで突っかかってくる人に魔法を向けられた」
今まで隠してきたことを打ち明けると、祥真さんは
勢いよく凪に顔を向けると、彼女は静かに頷く。
「今年に入って、U組の女子生徒三人がX組に降格になったよね? 彼女達は私に突っかかって、恭佳と凪に言い負かされた。その
私の怒りを察した凪は、過去の事実を告白する。
「中等部の頃も、有珠さんを呼び出して的扱いにする男子生徒もいました。魔法を使えない問題児だから、先生方に告げ口しても信じないだろうと……」
表情を
聞いている祥真さんは、可哀想なほど青ざめた顔で
……本当に、何も知らないのか。
どうして私は、彼らの言いつけを守り続けたのだろう。何も知らない彼らの言葉を信じて、受け入れて……。
「守っていると言っておきながら、本当の意味で守っていない。……そんな貴方達を信じ続けた私が馬鹿みたいだ」
熱くなって滲んでいた視界がぼやけ、溢れてきた涙が、とうとうこぼれ落ちた。
私を理解していると言っておきながら、理解していない。そんな彼等に怒りしか湧いてこない。
彼らがどれだけ残酷なことをしたのか、今更ながら知った自分の
信じてきたぶん、失望も大きかった。
「私の人生をこんなに
引き
本当の気持ちを抑え込んだ言葉の代わりに、ありったけの怒りを瞳に込めて。
どす黒い感情が抑えられない。このままだと、本当に彼らを――
「理事長」
手のひらに爪を立てている私の手を、凪がそっと包み込む。
その手の温もりに、安心感と、苦しいほど悲しい感情が込み上げる。
「有珠さんは優しいです。貴方がたを傷つけないように、こうして言葉を選んでいます。ですから私が代わりに申し上げます」
凪はいつも私を理解してくれる。
彼女の思いが温かくて……
「有珠さんの人生を
痛むほど、心に突き刺さった。