魔法装束



 五月の第三週金曜日。
 あと二週間で魔法演武大会が開催される。出場する生徒は一ヶ月前から準備を整えているらしいが、私はつい先日に決まったばかり。

 はっきり言って、緊張から胃がキリキリしそうだ。
 だって大衆の前で戦うんだもん。見世物は嫌なのになぁ。

「有珠、これもいいんじゃない?」

 現在、商店街にある魔法服飾店に来ている。
 魔法服飾店は、文字通り魔法を付与した衣装や装飾を売る店。
 通常、魔法を付与した服飾は高価だ。国の準軍事組織である魔法特務管理局に就職したら、共通の魔法衣装の制服が配給される。収入の良い軍人は、魔物や犯罪魔法使いとの戦闘に支障を出さないために、より良い魔法衣装を特注する。

 魔法特務管理局に所属するお父さんも特注の魔法衣装を愛用しているし、私も兄さんも健斗も特注品を持っている。
 しかし、月曜日のあの夜に愛用の魔法衣装で出向いたから、魔法対戦大会で着用できない。
 正確には大会の最終日に着るのだが、それまで別の魔法装束を着ないといけなくなったのだ。そういうわけで、装備一式を買い揃えることになった。

 ……のだが。

「恭佳……なんでアクセサリーばっかり見ているの?」
 あれから立ち直った恭佳と凪を連れて来たのはいいけれど、恭佳は装飾を眺めている。恭佳はすでに用意していると言っていたのに……。

「だって有珠。あの戦闘衣装であの夜に登場したじゃない。知られているのよ。正体を見せるまで認識させない道具が欲しいじゃない」
「いや、付与魔法で誤魔化せるよ?」
「本気で戦うのに枷をつけるなんて馬鹿げているわ」

 確かに、余計なことに魔力を使って無駄な不安要素を増やすのは危険だ。
 ぐうの音が出ず、凪を見る。彼女は魔法衣装を品定めしていた。

「……駄目ですね。付与を施していない魔法衣装がありません」
「それはそうでしょ。一般的な属性のものしか取り扱っていないんだから。取り寄せに時間がかかるし、ある物で代用するしかないのは痛いけど……」

 困り顔の凪に合の手を入れる恭佳も渋面を作る。

 付与を施していない付与無しの魔法衣装なんて手に入りにくい。でも、自分に適したものに作りたいし……。

「何だ、お嬢さんたち。付与無しの魔法衣装が欲しいのか?」

 そんな時、店長らしい中年男性が声をかけてきた。
 彼は面白そうなものを見る顔で笑っている。

「あ、はい。付与無しなら自分に合う独自の衣装を作れますから」

 こうなれば専用の布地を買って自分で作るしかないのだろうか。そんな不安を抱えていると……

「……ほう」

 ギラリ、店長の目付きが鋭くなる。
 職人魂をくすぐられたような獰猛どうもうな笑みに、思わず頬が引き攣る。

「型と色の希望は?」
「え? あー……上はロングコートで、ベージュ。下はズボンで……薄紺色にしようかな?」

 あの夜に着ていた衣装は、金糸を織り込んだ純白のロングコートと、足の形をはっきり見せる動きを阻害そがいしない白いズボン。下は魔法衣装ではなく、普通のブラウス。
 色が被らないよう考慮こうりょしないといけないので、それを選ぶことにした。

「それならいくつかあるから持ってきてやる」

 思わぬ展開に驚いていると、店長はニヤリと笑う。

「代わりに、その作業を見せてくれ。そうすればポイントも割引してやる」
「乗った」
「有珠……」「有珠さん……」

 ポイントの割引は大歓迎だ。食いついた私に幼馴染は呆れたけれど。
 店長に誘われるまま店の作業部屋に招き入れられ、無地で上等な魔法衣装を運ばれた。
 たくさんある中から、フード付きのベージュのロングコート、黒いスラックスを選び抜く。

「さて、と。どれにしようかな」

【時空宝庫】からファイルを取り出し、これまで作った魔法陣や魔法式を流し見る。

『魔法陣』は、図形・魔法式で構成された陣。
『魔法式』は、魔法言語という文字で構成された文章。

 正方形の方陣に数字を配列する魔方陣≠ニことなり、こちらは魔法を行使するためにある。
 魔法陣単体なら遠隔で魔法を発動できる。対する魔法式は『呪文』を文字式の形にしたもので、魔法陣を作成するのに必要な要素。

 魔法式は単体では効果を発揮しないというのが専門家の持論だが、実際は魔法式単体でも魔法は使える。ただし、物に刻むという形でなければならない。
 早い話、魔法衣装の作成に適しているのだ。

「魔法陣は分かるが……魔法式か?」
「はい。通常、魔法衣装の作成には魔法陣は一つと決まっていますよね?」

「ああ。他の魔法陣との効果がぶつかり合って、魔法陣が機能しないからな」

 店長の言う通り、これが魔法陣を複数重ね掛けできない理由。

 だが……

「魔法陣って複数の魔法式を刻んで、その通りの魔法を発揮させますよね。だからその魔法陣に関係する魔法式をちゃんとした法則で刻めば、複数の性能が込められるんです」
「……は?」

 ポカンと口を開く店長。やっぱり知られていなかったか。
 私はファイルから一枚の魔法陣の紙と、数種類の魔法式を書いた六枚の札を抜き取り、物に魔法陣を転写する陣を書いた大きな紙を用意する。
 転写するための紙を敷き、陣の中心に魔法陣の紙、その周囲に魔法式の札を配置して、魔力を込める。すると、魔法陣と魔法式が服の上に浮き上がり、ゆっくり下りて裏地に刻まれた。


 ――〈結合ユニオン〉、【アナリーゼ】


 無詠唱で干渉魔法を行使する。これは人でなくても、魔的要素がある物にも使える。


名称:魔法衣装[ロングコート]
属性:無
性能:防御強化[物理・魔法]・火傷耐性・氷結耐性・麻痺耐性・復元・防汚・冷暖


 ……うん。成功。

 複合した『防御強化』の魔法陣に、魔法式で三種類の『耐性』と他機能を盛ったのだ。
 外套はこれでいいとして、ズボンには『冷暖』と『疲労回復』を変更して刻む。

「よし、できた」
「……鑑定させてもらってもいいか?」

 満足のいく出来栄えに安堵から笑みを浮かべると、観察していた店長が訊ねる。

「いいですよ」

 紙と札を元のページに入れながら答えると、店長は二つの魔法衣装を持って鑑定専用の解析装置に丁寧に置いて鑑定した。

「何なんだ! この性能の数は!?」

 その結果を見た途端、叫んだ。
六芒星ヘキサグラムを囲む円の隙間の数だけ魔法式を上乗せできます」
「だからと言って! これはおかしいだろう!?」
「魔法陣が防御強化系ですからね。必然的に防御系と強化系の魔法式になります」
「魔法式ってこんな短文でも効果があるのか!?」

 店長の疑問通り、一般的な魔法式は長文だ。けずれる部分が多くて無駄がありすぎるから独自の魔法式を作っているけれど、試験ではちゃんと暗記した長文で書いている。

「魔法式の長文って、呪文の通りに構成されていますから。一文字ずつちゃんとした意味があるのに、普通の文章のように書かれて無駄が多いですし、そういう無駄な要素を削ればそうなります」

 だから魔法陣の防御強化も二種類とも組み込めたのだ。通常は物理防御強化など一択しかないので勿体無い。

 私の説明に、店長は唖然とした。わなわなと震えたあと――

「弟子入りさせてくれ!!」
「はいぃいい!?」

 突然の申し込みに、今度は私が叫んでしまった。
 この様子を見ていた恭佳は盛大な溜息を吐き、凪は空笑いを浮かべて現実逃避するのだった。



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