大切な幼馴染



 国立聖來せいら魔法学園。
 初等部から大学部まである全寮制の共学で、いわゆる学園都市。
 都会に近い山の中にあるから敷地の周辺は魔物の侵入をはばむ城壁で囲まれているため、城郭じょうかく都市と言っても遜色そんしょくはない。

 一際高い山側にある城のような外観の洋館が校舎で、洋館に類似るいじする空中庭園付きの建物が寮。そこから扇状おうぎじょうに広がる西洋に似た街は商店街で、中規模の病院の他に娯楽ごらく施設……簡易的かんいてきなアミューズメントパークなどがある。
 初等部から入学した私は現在中等部三年生。それでも見回れていない場所がまだまだある。それくらい広大なのだ。
 約三千二百人もの学生を十六年間も収容するには必要かもしれないが、お金のかけすぎだ。

 まぁ、私は好みの本を買うために節約しているから、カラオケ以外の娯楽施設は行かないけど。

 あ、そうそう。この学園には『ポイント』という通貨がある。勿論もちろん、現金を使っても問題ないけれど、大抵の生徒は学園の成績で得られたポイントを使う。
 ちなみに必需品ひつじゅひんは現金もポイントも必要ない。全部タダ。
 ポイントは課金かきんできないが、使えば現金で買うより安く購入できる。
 例えば――五百円の本が2ポイント。服をトータルで買えば10ポイント。
 ポイントの入手方法は全て成績。優秀な成績を納めた者ほど多く貰える。
 学力成績・実技成績・魔法成績・総合成績で、最大800ポイント。一学年につき約二百人の生徒がいるので、一つの成績の順位で1〜200ポイント。

 中でも魔法学園らしい魔法による対戦大会がある。
 未熟な初等部と就職に向けての勉強でいそがしい大学部を除き、中等部は中等部、高等部は高等部で全生徒と行う。学期末に中等部と高等部の合同対戦もあるのだが、参加不参加は個人の自由。そういうことで獲得ポイントは、最下位は最低1ポイント、優勝者は600ポイント。

 現金の持ち込みは許可されるが、一学期ごとに最大十万円が限度。
 それでも学園での快適な生活を望み、規則である春休み以外、つまり夏・冬休みも帰省きせいしない人もいる。そんなこともあるので、夏・冬の長期休暇限定で銀行が解禁される。
 まさに金持ちやエリート学生のためにある学校だ。



 そんな中で、私こと花咲有珠は地味系女子学生として平凡に生活していた。
 プラチナブロンドを付与魔法で黒色に変えて、分厚い銀縁眼鏡で顔の半分を隠して。
 普段はお嬢様結いで認知されているハーフアップという髪型だが、魔法学園にいる間だけは、鎖骨まである横髪以外、腰下まで真っ直ぐ伸びた髪はシルバーのヘアリングで一つにまとめている。

 学力と実技以外、魔法の成績は中の上くらいまで偽装ぎそうされている。本来なら出世クラスであるT組に所属する実力を持ち合わせているが、魔法の成績は上の下だから優秀クラスであるU組。
 ちなみにV組も優秀クラスで、一般的な才能を持つ生徒はW・X組で分けられている。
 私としては実にしいことだけど、仕方ないと割り切るしかない。

 でも、精神的な苦痛を覚えることが多々ある。

「おい。あの地味女、またT組の奴といるぜ」
「うわぁ……。鏡見てんのか? 地味女でガリ勉のくせに生意気だな」
 それは男女問わず、厭味いやみ陰口かげぐちを言われることだ。しかも、本人が近くにいるのに遠慮がない。というかわかってやっている確信犯だ。

「……有珠。しばいてきていい?」
「駄目」

 とんでもないことを言う幼馴染に溜息混ためいきまじりで却下きゃっかする。

 東雲しののめ恭佳きょうか。T組に所属する私の幼馴染。
 セミロングの黒髪はつややか。凛とした瞳は、生まれつきの遺伝子疾患しっかんによって変色した真紅。
 涼やかな目付き。筋の通った綺麗な鼻。口紅が無くても、色っぽい薔薇色ばらいろくちびる。綺麗な二重まぶた流麗ゆうれいな線をえがく眉毛。これらが揃った顔は小さく、まさにクールビューティーな美貌。
 私より四センチも高い身長で、引き締まった体型。それでいてグラマーな肉付きがブレザー越しでもはっきりと判るから、モデルになってもおかしくない。

 見目麗しい彼女は良家のお嬢様に見えるが、実際に有名な大病院を経営する家柄の令嬢だ。
 お嬢様なのだが庶民派しょみんはなので許容範囲が広い。けれど、私のことに関してせまくなる。親友でもある幼馴染がけなされるのは我慢できない。そんないい子なのだ。

 どうして庶民の私がお嬢様と親友なのかは、私の母方の祖母の生家が有名な名家で、恭佳の母親と幼馴染だからだ。その繋がりで私と幼馴染になったのだ。
 恭佳は稀有けうな闇属性で、派生の【まぼろし属性】保有者。私と出会う前まで闇属性だけだったが、一緒に研究することで幻属性が開花し、今では上級魔法である幻影魔法を自在に操れる。

 魔法・総合成績は3位というトップクラスに食い込んでいる。おまけに美貌の持ち主だから、かなり人気者。
 魔法による戦闘技術も高いから風紀委員会、しかも風紀委員長の座に就いている。
 自他共にきびしく、認めた人には優しさを見せる、孤高の人。

 だからか。生徒だけではなく教師でさえ畏怖いふ畏敬いけいを込めて、彼女を『女帝』と呼ぶ。

 そんな彼女と親しい「地味女」で「ガリ勉」な私は、周囲に嫉妬を抱かれて悪口を言われる。
 そのせいで精神的にキツイ。身内が私よりも早く怒ってくれるのは嬉しいけど……。

「今、有珠さんを貶しましたね……?」

 ヒヤッと背筋に冷たいものが滑る。
 さっきまでそばにいたもう一人の幼馴染が、陰口を叩いた男子生徒に向かっていた。
 剣呑けんのんなオーラをかもし出す少女に気付いた二人の男子生徒は、ほおを引きらせて後退あとずさる。

「い、いや……そんなこと……」
「『地味女』『ガリ勉』『生意気』なんて言葉……よくもまぁ私の前でほざけますねぇ」

 不気味な声音で近づく少女に引き攣った悲鳴を漏らす。
 その様子で我に返った私は、慌てて少女の肩を掴む。

「凪、気にしなくていいから。こんな子達に時間をくのは勿体無もったいないし」
「……」
「一緒にいる時間、短くなってもいいの?」
「……嫌です」

 ムスッとした不機嫌な顔で小さく答えた。

「じゃあ、戻ろう?」
「……はい」

 不承不承ふしょうぶしょうだがうなずいてくれて、ほっと安堵する。
 いつも思うけど、私のために怒ってくれる友達がいるって幸せだなぁ。

「いつもありがとう、なぎ

 何となく、感謝の気持ちを伝えたくなった。
 笑顔でお礼を言えば、少女は頬を赤らめてうつむいた。

 やや長い前髪をリーフモチーフのヘアピンで七三分けに整えた、明るい茶色のセミロング。七分側のひと房を編み込んでいるから、上品な可愛らしさが際立つ。
 綺麗なエメラルドグリーンの瞳は大きく、はかなげな美貌を更に引き立てる。
 誰がどう見ても美少女な彼女の愛らしい反応に、自然と頬が緩んだ。

 香崎かざき凪。恭佳と同じT組に所属する幼馴染。
 彼女は有名な製薬会社の社長令嬢で、恭佳の病院と繋がりが強い。
 とはいえ、私と出会う前まで友達を作ったことがなくて、恭佳とも接点がなかった。

 そんな彼女と、どうやって知り合ったのか。それは彼女が魔物におそわれていたところを助けたのがきっかけ。
 あの時は大変だった。魔物の群れに殺されかけた凪を助けられたのは奇跡だった。お父さんに戦闘訓練を受けていたおかげで何とか助けて、魔物を撃退げきたいした。その一件から、凪は私をしたうようになった。

 いや、正しく言うと崇拝すうはいに近いかもしれない。
 幼い凪に『有珠様』と呼ばれたときは物凄く大変だった。四苦八苦したが『有珠さん』に矯正きょうせいできたのは奇跡かもしれない。それくらい熱意がすごかった。
 入学してからも、いろんな悪意を向けてくる人達をその場で制裁するから、毎回止めるのは大変なのだ。まぁ、止めたとしても陰でいろいろとやっているらしいけど。

「全く……悪口を言う暇があるなら勉強しなさいよ。有珠の足元にもおよばない餓鬼がきのくせに」
「恭佳、その発言は怖いよ」

 嗚呼ああ、私のせいで恭佳まで黒くなっていく……。
 ショックから遠い目になりかけたが、私より高い恭佳と、私より少し低い凪の頭を撫でる。

「でも、ありがとう。恭佳と凪がいてくれて良かった」
「「……女神様」」

 笑顔でお礼を言えば、二人はぽつりと呟いた。
 だから何で! 兄さんと杏奈姉さんと同じことを言うの!?

「そ……そういえば今日って実技のテストですね」

 恥ずかしくなって俯くと、凪は気をらすように話し出した。

「まずは武術から始めるそうよ。一学年全員で」
「……え? いつもと違うの?」

 いつもなら学級ごとに実力を測って、上位者が他学級と戦って順位を決める。
 私は自分の学級でトップになると、他の学級と戦わないために補欠する。魔法の実技に関しては一通りやって、理事長の息がかかった担当の人に偽装してもらっている。それでも武術の実技は上位に食い込んでいるから、総合成績は45位でT組から外れている。

 でも、今回の実技の試験内容は違うって……?

「中等部に上がったら学年末試験に全員で実技をするって忘れたの?」

 恭佳が呆れ顔で教えてくれて、思わず固まる。

 ……そうだった。すっかり忘れていた。
 中等部に上がって三年目が過ぎようとしているのに、何で大事なことを忘れるのだろうか。

「補欠できない……!」

 頭を抱えて項垂うなだれる私の肩をポンポンと叩く恭佳。
 うぅっ……その優しさが嬉しいよぉ。


只今ただいまより、中等部三年生の合同実技試験を行います。中等部三年生の全員は、速やかに武道館へお越し下さい》


 とうとう放送がかかってしまった。
 重々しい溜息をいて、私はU組の生徒と共に武道館へ向かった。



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