実技試験[武術]



 武道館はワックスをった床と円盤型の電灯を取り付けた高い天井が特徴的な体育館のような場所。けれど建物の外観は巨大な洋館だ。
 贅沢ぜいたくな武道館に入って、あいうえお順で整列すると、試験監督の先生が説明する。

「学年末の武術の実技試験は、過去の武術による成績を元に行う。例えば200位は199位と戦って、勝った方が次に強い生徒と戦ってもらう。今回も丸一日を使ってやるぞ」

 毎年恒例の学年末試験。今年も同じように、一か所の枠の中で50位ごとに区切って行われる。
 A〜Dフィールドの中で、今年も私と恭佳と凪はAフィールドだった。

 次々と順調に進んでいく中、凪が三回も勝って休憩に入り、五分が経った頃、恭佳が呼ばれた。
 お嬢様だけど、彼女は中等部の風紀委員長なのだ。武術に関しても上位に食い込む。
 ハラハラと見守っている中で、少し長引いたが恭佳が勝った。

「大分筋が良くなったわね」
「微力ではございますが、有珠さんの力になりたいので」

 短い言葉を交わして、凪が戻ってきた。

「凪、お疲れ様。また強くなったね」
「ありがとうございます。……本当は勝ちたかったのですが、さすがに難しいです」
「恭佳は風紀委員長だから、難しくて当然だよ。でも、風紀委員の女の子に勝てたのは、大きな進歩だと思うよ?」

 恭佳の前の相手は、風紀委員会に所属する女子生徒。二人と同じT組で、歴戦の猛者と言えるくらい強い。そんな子に勝ったのだから、進歩したに決まっている。
 ありのままの事実を以て褒めれば、凪はやっと照れ臭そうにはにかんだ。

「4位、T組、土方ひじかた隆司りゅうじ。Aフィールドへ来てくれ」

 Aフィールドを担当している男性教師が告げると、すでに準備が完了している恭佳の目付きが鋭くなった。
 あー、恭佳……まだあの子を倒せていなかったのね。

 恭佳達とクラスメートの土方隆司は、中等部に進学した途端に風紀委員会に入って、副委員長を務める優等生。
 耳を隠す程度の柔らかな茶髪に穏やかそうな目付きに似合う鳶色とびいろの瞳。細身だが弱そうに見えないくらいの長身。綺麗系の美青年だが、少し地味な黒縁の眼鏡を着用している。
 インテリな印象が強い穏和な男子生徒だが、実はT組で三番目に強い。
 恭佳曰く、戦闘や暴力を嫌うほど温和で優しいが、計画的で策士な一面を持つ癖のある性格。目立ちたがらず、少し地味なよそおいをして誤魔化ごまかしているが、実は魔性の色気の持ち主らしい。

 裏表が激しそうな厄介やっかいな人っぽいから、あまり関わりたくないんだよねえ。

 心配で見守っていると、少し長引いたが、恭佳が負けてしまった。
 勝利を確信して勢い増した恭佳。その勢いを利用して、右腕を背中に回させて拘束したのだ。
 戻ってきた恭佳は悔しそうで、顔をしかめている。

「恭佳、大丈夫?」
「……有珠。絶対勝って」

 声をかけると、本気でくやしがっている恭佳は、少し涙目で言った。

 よし、絶対負かそう。
 固く誓って、私は真剣な顔で頷いた。

「3位、U組、花咲有珠。Aフィールドへ来てくれ」

 私のクラス――U組の担任教師である荒俣あらまた琢磨たくま先生の声を聞き、気を強く持って向かう。
 赤いテープで正方形を描いているだけの舞台フィールドは、柔道の大会のステージと同じくらいの広さだ。二メートルほど離れた所で立ち止まり、深く息を吐く。

「……驚きですね。今年も貴女が3位だなんて」
「まぁ……私もちょっと驚いたよ」

 普通に返すと、土方隆司は苦笑した。
 挑発のつもりだったらしいけど、残念。私だって驚いているんだから。

「今年こそ勝たせてもらいます」

 固い意志が込められた声で告げた土方隆司。その瞳には闘争心が宿っていた。

「両者、準備いいな? ――始め!」

 荒俣先生が試合開始を告げた直後、土方隆司が向かってきた。けれど、すぐさま攻撃するのではなく、少しタイミングをずらしてフェイントを仕掛ける。
 毎年私に負けてばかりだから、小細工の技術を高めなければ勝てないと学習したからだろう。

 私はフェイントではない本気の攻撃を見極めて、軽く体をよじってすり抜ける。空振りするこぶしから膝蹴ひざげりで追撃ついげきする土方隆司。けれど私は、彼の膝蹴りを片手でなす。
 直後に飛んできた拳。それをすり抜けるように軽くかわして、流れる動作で腕を掴む。
 素早く腕の外側から相手の腕を潜り、外側にじれた腕を後方に持って行くと、ひじがって力が入らなくなる。そして、そのまま一気に背中から床に叩きつけた。


 ――ズダァンッ


 合気道の投げ技の一つ、四方投げ。

 物心ついた時からお父さんに様々な技を体感させられて、どうやれば相手を倒せるのか解るようになった。おかげで初等部の頃から合気道の他に、空手、柔道などは得意になった。中でも特技は蹴り技だから、キックボクシングも夏休み中や冬休み中に、両親の友人の道場で習得。
 地元の総合武道の師範しはんは、私の武術の才能を見抜いたのか、いろんな武術――棒術や射撃も含める――を幅広く叩き込んできた。

 あれは大変だったけど、あの過程があったから今の強さを手に入れた。そう思えば、あの頃の苦労はそんなに苦労とは言えない。

「フェイントは上手くなったけど、まだまだね」

 分析しながら言って掴んでいた腕を掴み直し、痛みで顔を歪めている土方隆司を引っ張り起す。

「いたた……今回も手加減しました?」
「もちろん。じゃないと脱臼だっきゅうか骨折しちゃうし」
「……で怖いです」

 引き攣って青ざめる土方隆司。その反応に、ふっと笑ってしまった。
 今までこういった反応をしてこなかったから、私も無表情で淡々とこなしていた。でも、今回はマシだったかも。

「ありがとうございました」
「……あ、ありがとう……ございました」

 軽く離れて一礼すると、土方隆司はぎこちなくお辞儀して退場した。

 それにしても……静かだな。

 周囲をぐるりと見渡せば、Aフィールドの周囲にいる人達は唖然あぜんとしていた。
 特にT組。私の実力は毎年見ているはずなのに……変な顔だ。居心地悪いなぁ。

「花咲、今回は最後までやれよ」
「……はい!? ちょっ、冗談――」
「次、行くぞー」

 嘘でしょう!? いつもならこの辺で中断することになっているのに!
 というか休憩は入れてくれないのか。さっきは準備運動程度だったから別にいいけどさぁ……。



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