静かな闘志



 ぐちぐちと内心で文句を垂れていると、荒俣先生は名簿を一瞥いちべつしてT組の誰かを呼ぶ。

「2位、T組、夏目なつめきの。Aフィールドへ来てくれ」

 召喚されたのは、同級生の中で特に警戒心が強く、好評と悪評の両方を持つ美少年だった。

 色素の薄い、癖のある薄茶色の髪。切れ長な目付きに似合う緑色の瞳は、まるで翡翠ひすいのよう。中性的だけど、男性として見える風貌ふうぼう。身長は平均的、細身だが弱そうに見えない程度。一言で表すなら中肉中背ちゅうにくちゅうぜい

 夏目紀。中等部の生徒会に所属する副会長。
 綺麗な顔に似合わず毒舌家で、利害を重視する自己中心的な性格で、反感を買いやすいと有名。それでいて機械類に関しては右に出る者はいないくらい、繊細な技術に優れているらしい。国内で大都市と呼ばれる県市の情報管理課の職に就く両親から、その技術を受け継いだのだろう。

 ちなみにこれは恭佳から教えられた情報。他人に興味きょうみがない私でも警戒するべきだと言われて、一応覚えている。
 確かに情報系の技術が高いと、個人情報を調べ上げられる。それだけは何としてでもけたい。
 でも、理数系の子が武術の実技で2位とか、意外すぎて驚いた。分厚い眼鏡で分かりにくいだろうが、思わず表情に出てしまうほど。

「お前、何で今まで補欠していた?」

 夏目紀が問いかけた。
 私なんかに興味を持つはずがないと思っていたけど、違ったようだ。

「……ちょっとした事情で」

 実力をおさえるために補欠していた、なんて言えるわけがないしなぁ……。
 少し顔をしかめて答えると、夏目紀は嘆息した。

「腰抜けで弱い女子と戦うのは気が引けるんだけど……」

 また意外な言葉が出てきた。男女平等な印象が強かったから、驚きもひと押しだ。

 でも、これは好都合かも。

「あ、そう。ということで先生。棄権きけんってできますか?」
「真面目にやれ」
「ええ〜」

 荒俣先生に顔を向けてたずねれば、ばっさり切り捨てられてしまった。
 夏目紀が翡翠色の目を丸めたが無視だ。

 思わず不満の声を上げると、荒俣先生はこめかみに指を当ててぐりぐりとほぐす。

「花咲……いい加減にしないと成績に響くぞ。ただでさえお前は」
「先生」

 何を言わんとしているのか察した私は、凛とした声でさえぎる。

「それ以上は駄目です」

 静かな、それでいて威圧のような重みを感じる声。
 理事長の息がかかっているため、私の秘密を知っている数少ない教師だ。信用できるけど、今のように失言する事態もあるから、申し訳ないけど確固かっこたる信頼はしていない。

「……そうだったな。すまん」

 表情を消して告げれば、息を詰めた荒俣先生は謝った。

「――さて。始めましょうか」

 ほんの少し、さっき遣り取りで細めた目付きに鋭さが宿る。
 眼鏡で判らないはずなのに、夏目紀は息を呑んで表情を引き締めた。

「準備はいいな? ――始め!」

 合図の直後、床を強く蹴る。
 今まで相手が先攻していたけど、今回は私から仕掛けないと来ないと判断した。それは間違っていなかったようで、夏目紀は身構えたまま動かない。

 今まで使わなかった先手必勝。
 接近すると手のひらで与える打撃――掌底しょうていを突き出す。夏目紀は腕を掴もうとした。だが、クンッと掌打しょうだの軌道を曲げてその手を殴って払い、左のアッパーをあごに向けて放つ。
 彼は咄嗟とっさの判断で身を引いたが、一瞬でしゃがんだ私は足払いを仕掛ける。
 鋭いむちのように繰り出した蹴りは、一番不安定な足に当たってバランスをくずす。

「くっ……ガッ!?」

 倒れかける体の鳩尾みぞおちに掌底を叩き込めば、彼はうめいて後方へ飛び退く。
 一応気絶させるほど強く打ち込んだのに、咄嗟に体をずらして鳩尾への直撃を避けた。


 なるほど。確かに2位になるだけある。
 なら、手加減は不要。


 追撃のため向かってフックを仕掛けるが、夏目紀は横にずれて私の腹部に拳を突き出す。
 素早いけれど、お父さんと兄さんに比べたら遅い。

 すぐさま体を捩ってすり抜けるように躱し、回転しながら背中から肘打ちを放つ。
 夏目紀は背中に当たる直前にずれたが、脇腹にかすったようで「くっ」と声を漏らす。

 だが、それで終わるほど私は甘くない。
肘打ちを放つ時の回転を利用して、一番の特技で威力がある回し蹴りを叩き込む。
「ぐぁっ!」

 夏目紀は咄嗟に腕でガードしたが、呻きに似た悲鳴を漏らして横へ吹っ飛ぶ。

 あと少しでテープの外に出る――と思ったが、必死に踏ん張ったようでギリギリのところで押し留まった。

「……へえ。あれを耐えるか」

 感心からつぶやくが、内心では舌打ち。
 早く終わらせたい。あまり長引かせたら1位の相手に手数を知られてしまう。

 眉をひそめて戦法を考える――と、後ろに倒れかけた夏目紀は後ろ足を引いて踏ん張り……。

「「あ」」
「そこまで! 勝者、花咲有珠!」

 ギリギリだった。必死に耐えたというのに、今の踏ん張りでテープの外へはみ出してしまった。
 何ともお粗末そまつな結末に脱力したが、少し安堵して肩の力を抜く。
 荒俣先生が終了の声を上げて試合が終わった途端、ざわめきが起きる。

「花咲、休憩を挟むか?」
「……あー、はい。ちょっとだけ」

 少し体力を戻したいので頷いて、テープで作ったフィールドから出る。
 恭佳と凪の所へ戻れば、二人はにこにこと笑っていた。

「何で笑ってるの?」
「やっと有珠の凄さを知って貰えたからよ。みんな間抜けな顔で面白いわ」

 綺麗な顔して毒舌な恭佳の発言に苦笑する。
 凪は、そんな恭佳に同意する。

「有珠さんは、いつも手を抜いてばかりですから、仕方ありません」
「……目立つの嫌だったんだけど」

 今回も途中で棄権するつもりだったのに、荒俣先生のせいで続ける破目はめになった。

 今年の春休みが過ぎれば高等部に進級する。
 まだまだ学業は終わらないから、高等部でも穏便おんびんに過ごしてきた。
 とはいえ陰湿いんしつな嫌がらせもあったから、ある意味穏便ではなかった。そこは残念だ。

わざと負ける手もあるけど、有珠には無理よね。手加減をすること自体も難しそうだもの」
「アハハ……はぁ……。まあ、しょうがないよ。特に回し蹴りって勢いがかなめだから、どうしても加減ができないし」
「骨折までいかなければ充分じゅうぶんではないでしょうか」

 痛いところを衝く恭佳とフォローする凪の言葉に「確かに」と苦笑いを浮かべれば、聞き耳を立てている人達が引き攣った気配を感じた。

「あとは魔法ね。いつになったら解禁の許可が下りるのかしら」
「あー。こればかりは私も判らないなぁ」
「タッグバトルのトーナメント戦とチーム有りのバトルロイヤル、一緒に出たいのに」

 そういえば大会で、トーナメント形式の対戦の中には二対二の形式があったっけ。バトルロイヤルには最大三人でチームを組める形式もあるから、そっちも面白そうだけど……。

「シングルは?」
「絶対、当たりたくない」

 力強く言う恭佳に、プフッと吹き出してしまった。
 軽やかな笑い声に、二人もつられて笑った。

「1位、T組、ジョット・レオネッティ。2位、U組、花咲有珠。Aフィールドへ来てくれ」

 楽しい会話があっという間に過ぎた。
 私は少し目を閉じて、深呼吸を一つ。

「――行ってくる」

 静かに開いた目で前を見据えて、凛然たる声音で告げた。



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