鬼の精霊



 ふと、ここで別の気配を感じた。魔獣ではない、精霊のような気配を。

「……誰?」

 林の中に目を向けて声を上げれば、木の後ろから一人の男が現れた。

 くせのない黒髪に、切れ長で色気を感じる真紅の瞳。妖艶ようえん美貌びぼうは男性らしい形で、ひたいに二本の白い角が生えている。
 身長はヒイラギより高いため、一八〇センチは優に超えている。体格は細めだが、肩幅から少なくとも筋肉はある。
 この世界では珍しいはずの藍色の着物と紺色のはかまを着て、金糸で刺繍ししゅうした赤い袖と白いえりが目立つ黒い羽織に袖を通しているところを見て、地球のあやかしかとうたがってしまう。

 警戒から鑑定魔法を使えば、驚くべき情報が表示された。


名前:□□□
種族:精霊[人型:鬼神]
位階:上位[序列第一:神位]
魔力:S/2700000
神力:S/1214000
属性:火・地[鋼]・闇[幻]
能力:鬼火・鬼焔・神炎・空間操作・武器作成・武器庫
武器:小太刀・大太刀・大剣・槍・投槍・薙刀・金棒・鎖鎌・手裏剣
詳細:最上位精霊獣・鬼の中で最も力のある鬼神。自身で作った様々な武器を得物とし、高い戦闘能力を有する。常に余裕で数手先を見据えているが、予想外のことには弱い。


 神位の精霊が、どうして人間界の鉱山にいるの? もしかして武器の素材集め? ……ついてないにも程がある。

「我に気付くとは……其方そなた、ただの人間ではないようだ」
 現れた鬼神は艶然えんぜんと笑みを浮かべる。
 ぎくりと肩が震えそうになったけれど、ぐっとこらえて怪訝けげんな顔で鬼神を見据える。

「ただの人間だよ」
「ただの人間が神剣を持ち、我と同格の精霊と契約できるのか? 特に其方の魔力、我以上と見受ける」

 この子、鋭いな。
 思わず顔をしかめてしまったが、深く溜息を吐く。

「余計な詮索せんさくはやめて。関わりのない他人が首を突っ込むと痛い目を見るよ」
「なら、知人となろう。我は其方に興味がある。これからは鬼神と呼ぶように」

 強引な鬼神に頭痛を覚える。
 さっきからヒイラギは黙っているけど……あ、やばい。これは怒っているみたい。

「……貴様。我が主に馴れ馴れしいぞ」

 低い声で言った次の瞬間には、周囲に青白い炎のかたまりが出現する。
 ヒイラギの狐火だ。しかも、気付きにくいほどわずかに神力を込めている。
 神火しんかとは言い切れない狐火に軽く目を見張った鬼神は、黒光りする鬼の金棒かなぼうを出した。刺がついた金棒に、鬼神は赤みを帯びた金色の炎を灯す。

「……神火か。なら――」
「両者、やめなさい」

 このままでは焼け野原になると危機感を覚え、私は柏手を打って静止の声をかける。

「ヒイラギ、落ち着いて。こんなことで実力を見せなくていい。奥の手は本気の戦いの時に見せないと、手の内を知られたら厄介なことになるよ」

 正論を突きつければ、ヒイラギは顔をしかめて狐火を消す。
 安堵すると、【神炎】を消した鬼神が私を見据える。

「まるで我と敵対すると言っているようだが……」
「それは貴方次第。私は興味ないけれど」

 興味がない。それは本当。
 でも、私には【式神契約】の能力を持つ。この能力は人によって喉から手が出るほど欲しがられるものだ。

 多くの者と契約できる利点がある。戦力を欲している野心家にとって格好の獲物。
 精霊が人間を利用するほど欲深いとは思えないけど、相手は鬼の頂点に立つ鬼の神。地球の鬼も狡猾こうかつだったから、用心しないと足元をすくわれる。

「さて……血抜きはここまでにして、行きましょうか」

 私は指を鳴らして【宝物庫】に魔獣の死骸を入れる。【宝物庫】に入れた物は一つ一つの別空間に分けられているし、時間が止まっているためくさらない。血抜きが終わっていないと、取り出す時が少し大変なことになるけどね。

 あとは天叢雲剣に付着した血を生活魔法で綺麗にしてから消して、進み始めた。
 私の隣にはヒイラギ。私達から数歩離れた後ろには、鬼神。

「……おい。何故貴様もついてくる」

 耐え切れなくなったのか、ヒイラギが立ち止まって睥睨へいげいする。

 ヒイラギの顔が少し怖い。警戒していると解っているけど……。
 対する鬼神は、余裕な笑みを浮かべていた。

「我は武器に必要な素材を集めに来たのだ。おそらく目的地は、其方らと同じ。なら、ついて行く形になってしまうのはいたし方なかろう」

 理由としては筋が通っているけど、なんだか怪しい。
 でも、このままもたもたして到着が遅れるのはけたい。

「ヒイラギ、いいから。無視して」

 溜息混じりでなだめると、ヒイラギから非難の眼差しを向けられる。
 予想していた私は、静かな眼で見上げる。

『彼はきっと障害になる。だから、さとられない程度で警戒して』

「……!」

【式神契約】の恩恵の一つ、念話。
 契約主である私と、眷属けんぞくくだった式神同士のみにできる特殊なコネクション。

 自分の能力の副産物を使って無言で告げれば、ヒイラギは表情を変えた。
 私が警戒していると理解してくれたので、再び歩き出す。

 後ろで鬼神が神妙しんみょうな顔で私を見詰めていたけど、今は行動を起こさないだろう。それでも警戒をおこたることなく、悠々とけわしい道を進んだ。



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