発掘した物は



 途中で昼食をとって、数十分後。ようやく山頂付近に到着した。
 中腹と違って、魔獣が作ったと思われる洞窟はない。

「さて。これからどうする」

 ヒイラギが声をかけるが、私は所々の岩壁に触れながらゆっくり歩く。

「んー……。……この辺りかな……」
「おや。小娘も到着か」

 先に到着した鬼神を見ると、彼は離れた岩壁にツルハシらしき道具で穴を空けようとしていた。

「そっちの首尾はどう?」
「まだ穴を空けられなくてね。天然ではない魔力を取り込んだ鉱物は質がおとるから、こればかりは地道な作業になる」

 苦笑気味に答える鬼神は、地魔法を使わない――否、使えないそうだ。
 でも、私の魔力は無属性だ。他の魔力に不純物である異なる魔力の影響を与えない。この特異性を活かさなくてどうする。

 私は岩壁に手をついたまま、呼吸を整えて目を閉じる。
 今回使う魔法は、無魔法の一つ――【結界魔法】と【空間魔法】。

 結界魔法は空間領域を設定する魔法。前世の仏教にあるような領域の守護に特化したものだが、何かと応用が利く。例えば、指定した空間内を仕切り、分断する。それによって捕らえた物体を切断することも、さいの目になるまで細切れにすることもできる。

 ただ単に岩を砂になるまで刻むのは良くないから、事前に空間魔法で鉱物を取り除く。そのために無属性の汎用魔法【解析魔法】を駆使して、どこに鉱物があるのか特定し――

『《限定結界》∞《転移》∞限定展開、《断境だんきょう結界》=x

 呪文とは言えない短文で、結界魔法と空間魔法を発動した。
 大小様々な球状の結界の中には岩に包まれた鉱物。それらは後で処理すればいいので、今は【宝物庫】に入れて、最後に何もなくなった岩壁を結界魔法で細切れにする。
 魔法を解除すれば、岩壁はガラガラとくずれ、巨大な空洞が出来上がった。

 天井の高さは二メートル前後。距離は六メートル未満。
 少し入ってドンドンと壁を強めに叩くが、崩れる心配はなさそうだ。

「よしっ! いいのがあるかな〜?」
「待て、待て、待て」

 ウキウキと洞窟に入ろうとすると、唖然あぜんと口を開けていた鬼神が呼び止めた。
 驚愕のあまり余裕そうだった表情が崩れているけれど、美しさまでは崩れていない。

 美人はいいよね、なんて場違いなことを思っていると、鬼神は詰め寄ってきた。

「何がどうすればこうなる。先ほど魔力を秘める鉱物は、不純物である魔力を与えられないと言っただろう」
「あぁ、それは大丈夫。私、無属性だから」

 あっさり答えてきびすを返すが、後ろからガシッと肩を掴まれる。

「無属性がこんな大規模な魔法を使えるのか?」
「固有魔法の一つを使ったおかげ。これ以上は有料だから、話は以上」

 淡々と話を切り上げて、鑑定魔法を使用して周囲を見渡す。すると、地面に転がっている小さな岩の中から、大きな反応が所々から見つかる。
 鬼神から離れて手袋をつけ、岩の表面を削ってみれば、岩とは異なるつやと輝きがあらわになる。

「やった! アダマンタイト! しかもSランク! あっ、ミスリルまで!」

 神代の銅で有名なオリハルコン、その次には魔法銀とも呼ばれるミスリルを見つけた。他にも神代のダイヤモンドであるアダマンタイトなどが所々から発掘できた。
 大きなものは結界と転移で回収したが、小振りなものはまだあったようだ。
 充分なくらい大量に見つかった鉱物は、全て【宝物庫】の中。

 ああ、帰ってから武器作りが楽しみ。

「……ん?」

 不意に奥の壁から光を見つけた。人間の頭部以上の大きさで、他の鉱物より強烈に、そして鮮烈に輝いている。
 近づいてロックハンマーを出し、り出して鑑定すれば……。


名称:アルカナイト
分類:神秘石
精度:EX
詳細:神の結晶とも称される、神力を秘める鉱物。神の祝福が込められているため保持者に幸運をもたらす効果を有する。永久機関として使えるが、神格との交信に活用できる。最高質の魔力と神力を込めて抽出した水は万能薬『神水』になる。普通に加工すると力を失う。


 とんでもない代物を発見してしまった。
 見た目は透明な石だが、洞窟の入口から差し込む光を浴びて、虹色の光を壁に映す。
 いびつな水晶玉のようなアルカナイトを観察して、これも持って帰ろうと決めた。


 ――その時だった。

「ヒイラギ!」

 一瞬、不穏な気配を感じて反射的にヒイラギの名前を叫ぶ。
 直後、私の後ろに大鎌を持ったヒイラギが立ち、鬼神の攻撃を受け止めた。
 私はアルカナイトと外した手袋を【宝物庫】に入れ、いつでも武器を召喚できるよう身構える。

「何のつもりだ」
「その石は我が貰い受ける」
「普通に交渉すればいいだろう。何故我が主を殺そうとする」

 ヒイラギが問いかけると、ハッと鬼神は鼻でわらう。

「人間は珍しい物を手放したがらない。それ以上の代物なら何に代えても欲しがる」

 確かに人間は欲深い。珍しい物を集めたがるし研究対象にしたがる。だけど、それは人間以外にも当てはまる。からすだって綺麗なものを集めたがるのだから、精霊だって変わらないはず。
 ヒイラギも私と同じことを考えているようで、冷静に語った。

「それは貴様も同じではないのか? 欲しい物なら殺してでもうばう。まるで盗賊だ。強欲な人間と何ら変わらない」
「黙れ!」

 剣幕けんまく形相ぎょうそう大太刀おおだちを振るう鬼神。その衝撃の余波で天井や壁がきしんで砂が落ちる。
 このままでは崩れて、生き埋めになってしまう。
 やばいと感じて、急いで洞窟から出ようとしたが、武器を振り回して立ちはだかる鬼神のせいでなかなか進めない。

 どうして鬼神はこんなにもアルカナイトに執着しゅうちゃくするのか。武器を作るだけにしては必死すぎる。普通に渡してもいいけど、理由を知らない今、迂闊うかつに差し出すのは自殺行為。

 不意に、アルカナイトから得られるものを思い出す。
 アルカナイトは、魔力と神力を込めると万能薬を生成する。
 万能薬という単語で、ある可能性が脳裏によぎる。

「鬼神! もしかして身内の誰かが病気なの!?」

 精霊に病気なんてあるのか判らないけど、鬼神の必死さに感じた違和感を叫ぶ。

 振り下ろそうとした鬼神の得物の勢いが、一瞬だけ乱れる。
 ヒイラギの大鎌と衝突する鉄同士の鈍い音が洞窟に反響した。これまでと異なるゆがんだ音で、きっと図星なのだろうと察する。

「ヒイラギ、中腹へ戻ろう!」

 呼びかければ、鬼神を強く弾き飛ばし、鎖で追撃したヒイラギが私のそばまで下がる。
 鬼神が離れたところを見計らい、空間魔法を行使した。