VS.鬼神
『《転移》=I』
術名を唱えると、パッと景色が変わる。
暗かった視界が一気に眩しくなり、思わず
ようやく視界に慣れて、ほっと力を抜いてヒイラギに向く。
「怪我はない?」
「無傷だ。……が、帰らなくていいのか? ここは広い。すぐに見つかるぞ」
確かに中腹は森林が所々にあるけれど、
しっかりした足場だが、戦うにしては石が多く転がっている。踏みつけたら足を
でも、ここでいい。逃げるわけにはいかない。
「いい。ここなら存分に戦える」
きっと鬼神にも何か事情があるはずだ。でないと私を殺しにかからない。
とはいえ、私はお人好しではない。
彼に立ち向かうのは、ただ単に理由と真意が気になるだけ。
好奇心ではない。ただ、余計な
全部自分のため。自分のために、鬼神を知りたい。
「……まったく。お前は変わらないな」
苦笑を含んだヒイラギの声。見上げれば、彼は穏やかな顔で私を見下ろしていた。
「なら、存分に打ち負かしてしまえ。今のチハルならできる」
自信と信頼を込めた笑み。私を、信じてくれているのだと強く伝わってくる。
なら、私も負けられない。私自身のために、ヒイラギ達のために、絶対に勝つ。
その決意を胸に、
「来ると思ったよ。貴方が欲しいのは、これで合ってる?」
私が顔の前に
「これが欲しかったら、私に勝つこと。ただし、殺さないこと。私の能力【宝物庫】は、私が死ねば中身もこの世から消えるから」
勝負を持ちかけて、アルカナイトを【宝物庫】に入れる。
「私に勝ったらアルカナイトをあげる。負けたら、貴方が抱えている事情を話して」
「……我と戦いを望むか。人間の小娘」
気迫を
怖くはない。代わりに
戦闘狂ではないけれど、巫女時代の経験で慣れてしまったのかな?
「自分の実力を測りたいのもあるけど、一番は貴方のことを知りたい。ただそれだけ」
本心を告げれば、鬼神は驚きから目を見張り、すぅっと細めた。
「なら、我が勝てば、アルカナイト貰い受ける。そして――貴様を我が
アルカナイトが本命なのだろうが、最初からそのつもりで私に近づいたのか。
でも、
「それは釣り合いがとれない。アルカナイトと貴方の情報だと、明らかにアルカナイトの方が希少で価値がある。だから私に勝ったあとはヒイラギと戦うこと」
「貴様が我に勝てば、我は貴様に降ると言えば?」
「いらない」
鬼神が提示した、押し売りのような都合のいい話に思わず顔をしかめる。
「自分を売るなんて……貴方は
呆れと憤りから拒絶の言葉を吐き捨てると、鬼神は
「私は、私と共に生きる家族となる者なら受け入れる。でも、信頼できない子は家族に加えられない。加えたくない。――だから、貴方はいらない」
はっきり告げれば、まるで雷に打たれたかのように鬼神は息を呑んだ。
どうしてそこまで衝撃を受けるのか
『《身体強化》を《付与》=x
魔力による身体強化だけではなく、付与魔法による身体強化も重ね掛けする。
「構えなさい。アルカナイトを手に入れたければ、私に勝ちなさい」
今の私は九歳児で、鬼神と比べ物にならないくらい小さい。
でも、意志は誰よりも強いと自負している。
私から
両者ともに
――
鋭い音が響き渡る。鬼神の一撃は重く、強い。でも、ヒイラギと同等の威力なら対応できる。
一太刀で力量を見極めた私は、鬼神の
極力、少ない動きで攻撃を受け流し、その流れに乗せて刀を振るう。
私の服の袖、鬼神の着物の
攻撃は
鬼神の眉間に
私は攻撃の外側へ一歩ずれて、振り上げる勢いを更に加えるように、鬼神の大太刀の
「くっ――!」
初めて
無属性の身体強化は全属性分の効果がある。火属性の破壊力と、地属性の怪力を含めた持久力による攻撃と、風属性の機動力による瞬足。
人間をやめた動きですれ違いざまに振るった刀は、横に逃れた鬼神の脇腹を
掠めたと言っても、肉を斬った感触がある。
通常の武器では精霊を傷つけられないが、魔力を込められる武器なら傷つけられる。
更に言うと、天叢雲剣は神剣だ。神殺しの効果も
神位の上位精霊を傷つけられる武器はそうそうないけど、天叢雲剣なら可能だ。
私は鬼神の背後の地面に足をつけると、そのまま地面を蹴って振り向きざまに鬼神に攻撃を仕掛ける。
――刹那、鬼神の手には大太刀ではない、
「!」
一瞬の判断で地面を蹴って空高く飛び上がる。
直後、鬼神は紫みを帯びた黒い炎――【鬼焔】を纏わせた金棒を振り下ろした。
強烈な打撃で大地に巨大なクレーターが作られ、
殺さない条件を忘れているようだ。けど、神力込みで魔法を使うのなら好都合。
数メートルもの上空へ飛び上がった私は、【宝物庫】から数枚の紙片を出す。
長方形の紙片には、複雑な赤い文字が記されている。
紙片は、【幻想郷】の霊木で作った和紙。
赤い文字は、賢者の石とも呼ばれる硫化鉱物・
前世の神社や陰陽師が扱う護符のようなものだが、少し違う。
「不動尊の携えし
短い呪文とともに霊力――否、魔力と神力を練り合わせて込めると、護符が光を放つ。
その凝縮した力の塊を、私に向かって飛びあがる鬼神に向けた。
「〈
護符を放てば、鬼神は打ち返そうと金棒を振るう。しかし、当たる直前に光が広がり、縄のように鬼神の体に巻き付いた。
「なっ!?」
「はあっ!」
急に身動きが取れなくなった鬼神に向かって、天叢雲剣を叩き込む。魔力と付与魔法による身体強化の組み合わせは強力で、受け止めた金棒が砕け、鬼神を斬る。
肩から胸部にかけて斜め線の刀傷を受けた鬼神は声すら出せないまま、地面に落ちた。
私も重力に逆らうことなく降りようとした――その刹那、心臓が嫌な音を立てる。
――前世の最期の瞬間が、脳裏に蘇った。
あの時≠ニ同じ落下による圧迫感のせいで、手に力が入り、
「――ぁぁあああああッ!!」
だが、その恐怖心を振り切って、
動けるようになった鬼神は、咄嗟に大太刀を出すと同時に振り上げる。
大太刀にも紫黒色の烈火が生じたが、私は手に火傷を負うのも
全体重と神力を込めた天叢雲剣の威力を受け止めきれず、折れた大太刀。
打ち合ったことで勢いは緩和されたが、もろに顔面に一太刀を受けた鬼神。