精霊狩り



「説教、終わった?」

 ヒイラギが私の耳から手を離したから大丈夫かな、と思って声をかける。

「まだ足りませんけど……今はこれで許して差し上げます。次は無いですよ」

 にこりと真っ黒な笑顔で微笑まれた鬼神は、ガクガクと首を縦に振った。
 やっと収拾がついて一安心。肩の力を抜いて、鬼神に近づいた。

「それで、話してくれる? どうして私を殺そうとするほど欲しいのか。私、貴方に勝ったのだから知る権利はあるでしょう?」
「……仕方あるまい」

 嘆息たんそく混じりに呟いた鬼神は、居住まいを正すと私に向き合った。

「我は栄≠フ位を与えられる上位精霊・鬼の神に据えられた、神位の鬼――鬼神。その我の配下の中で王≠フ位を与えられた者が、精霊狩り≠ノねらわれたのだ」

精霊狩り≠ニは、エレフセリア聖王国だけではなく世界中で騒がせている犯罪組織だ。
 奴等は文字通り、精霊を捕獲して売買している。
 どういうことか奴等は、精霊の弱点となる魔力を封じる鉱物――魔封石まふうせきを大量に所持しているそうだ。そのせいで捕らえられた精霊は力を封じられ、反撃することさえできない。

 魔封石を付けられた精霊の中には、生死のさかい彷徨さまよってしまうほど衰弱すいじゃくする精霊もいるし、魔力のみで存在している下位精霊にいたっては消滅してしまう。
 だが、もっと酷い話がある。

「まさか、堕天だてん精霊になってないでしょうね」

 精霊の堕天化。前世の言葉を借りるなら、悪霊化。
 憎しみに支配された精霊の成れの果て。この状態に陥れば、消滅するまで周囲を破壊する。それだけでは留まらず、人々に呪詛じゅそを振りき、格下の精霊を汚染して堕天化させ、眷属を作る。
 呪詛は聖魔法で解呪できるが、堕天精霊は神力を必要とする《神聖魔法》でなければ救えない。

 神聖魔法の使い手は世界で一握りしか存在しないため、元の清らかな精霊に戻すことはほぼ不可能。救えたとしても、心が癒されなければ再発する。
 堕天化しまえば精霊界に還れず、国際組織【精霊治安協会】に所属する退魔士たいましに討伐される。

 人間に追い詰められたら最後、人間に殺される。
 ――これが一番残酷で、最も回避かいひしたい現実。

 自然と険しい表情で問えば、鬼神は奥歯を噛みしめて、膝の上で拳を握り締めた。
 嗚呼、手遅れなのか。

「……鬼神」
なぐさめはいらぬ。我はちた同胞を救う唯一の手段、アルカナイトを欲した。だが、結果はこの様だ。わらうがいい」

 自嘲じちょうする鬼神の思いが、痛い。
 誰だって大切な人が堕ちて、殺されるなんて耐えられない。救える手段があるのなら、悪事に手を染めてでも手に入れたい。その気持ち、痛いほど解る。
 私も前世で、同じことを見てきたから。

「連れて行って」

 だから、私なら鬼神の友達を救える。

「……何?」
「アルカナイトから採れる神水は服用しないといけないんでしょう? どうやって飲ませるつもりなの」
彼奴きゃつの動きを封じるしか……」
「抵抗して飲ませられないとどうするの。貴方まで怨念おんねんに呑まれて堕ちる気?」

 硬い声で言えば、鬼神は眉間の皴を深める。

「人間の小娘に何ができると言うのだ」
「できる。私の能力――【破邪浄罪はじゃじょうざい】を使えば」

【破邪浄罪】。呪詛や瘴気しょうきといった邪悪な毒気や、罪無き者の罪を浄化する力。
 前世では、これで妖怪達を救えた。この世界の精霊も例外ではないだろう。

「貴方のやり方なら、おそらく成功する確率は五分五分。でも、私なら確実に救える」
「そんなこと……」

 信じられないという顔だ。けど、私の後ろにいるヒイラギとアズサを見て、何かを感じたのか真紅の瞳を揺らした。

「選んで。私の手を取るか、勝率の低いけに出るか」

 右手を差し伸べて告げれば、鬼神はその手をじっと見つめる。
 九歳児の柔らかくてもろい手に期待などできるはずがないのは解っている。
 それでも、私は――

「……貴様は、我が友を救う気概きがいがあるのか」
「ある。言っておくけど、可哀想だとか、あわれみから来る思いじゃない。これは私が救いたいと思っている、いわば自己満足。でも、引き受けたら最後までやりげてみせる」

 はっきりと自分の意志を伝えると、鬼神はもう一度私の手を見詰め、その手を取った。

「場所は?」
「この山のふもとの地下だ。アルカナイトがあると言われる、この山の神気で大人しくさせている」

 それを聞いて、直感的に思った。
 不味まずい――と。

「ヒイラギ、千里眼を貸して」
「承知」
「アズサ、着いたら領域の浄化と弓術で、私とヒイラギの援護えんごを」
かしこまりました」

 私は【式神契約】の特権で、式神に降った者の能力を借りることができる。
 ヒイラギから一時的に譲渡じょうとされた千里眼を使い、鉱山の麓へ視界を飛ばした。

「……どうしたのだ?」
「貴方、手段をあやまりましたわ」

 私が件の鬼を探している最中に、アズサが鬼神に説明する。

「悪霊はその地に留まると、土地の力を際限なく得て凶悪なものへ変わります。おそらくですが、堕天精霊も同じように、この山の神気に慣れて神気を吸収してしまう可能性が高い」
「なっ――」
「悪霊や堕天精霊は浄化の力に弱い。ですが、神気自体に浄化の力はありません。耐性がついてしまえば、更に危険な存在へ変わってしまいます」

 アズサの緊迫した空気と共に告げられた内容に、鬼神は愕然がくぜんとした。

「――見つけた」

 私のかんとアズサの説明通り、くだんの精霊は地下から出ようと暴れ回っている。
 徐々に、力を増幅させながら。

「もはや荒魂あらみたまだな」

 視界を共有しているヒイラギが感想を呟く。

 荒魂……確かにそうだ。



 一霊四魂いちれいしこんという言葉がある。人の霊魂は天と繋がる一霊「直霊なおひ」と四つの魂から成り立つという霊魂観のことだ。

 荒魂は、忍耐や行動力といった前に進む心『勇』の機能をつかさどる。

 和魂にぎみたまは、平和や調和を望み親和力の強い心『親』の機能を司る。

 幸魂さきみたまは、思い遣りや相互理解を計ろうとする心『愛』の機能を司る。

 奇魂くしみたまは、観察・分析・理解などの真理を求める心『智』の機能を司る。

 前進する力、人と親しく交わる力、人を愛し育てる力、物事を観察し分析し悟る力。これら四つの働きを直霊が良心のような働き――『省みる』機能でフィードバック帰還する。
 この正常な心がけがれ、悪行を働くと、曲霊まがつひとなり、四魂の働きは邪悪へ転ぶとされる。

 内の一つ・荒魂は、神の荒々しい側面、荒ぶる魂だ。勇猛果敢ゆうもうかかん義侠強忍きぎょうきょうにんなどに関する妙用とされる一方、わざわいを引き起こし、疫病えきびょうによって多数の死者を出している例がある。
 これは、同一の神であっても別の神に見えるほどの強い個性の表れ。だから人々は荒魂と和魂を支えるために、神に供物を捧げ、儀式や祭を行ってきた。



 鉱山の地下で暴れている鬼の精霊も、荒魂――堕天精霊へ変わってしまった。
 言い得てみょうという言葉が浮かんだが、そんなことより急がないと。

「じゃあ、行くよ。《転移》=v

 ヒイラギに千里眼を返し、空間魔法で移動した。



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