堕天精霊
転移先は、地下に通じる洞窟の付近。
洞窟の奥から破壊音が聞こえ、それはどんどん出口に迫っている。
「ヒイラギは捕縛をお願い。アズサは
二人にそれぞれの役割を与え、私は【神宝召喚】により一振りの日本刀を召喚する。
日本刀の中でも大刀の部類に入る太刀だが、
「その刀は?」
不意に鬼神に問いかけられた。
神剣である天叢雲剣と違い、これは退魔の宝刀。鬼神は数多くの武器を保持しているから、その違いが分かるのだろう。
この武器で部下を斬り殺されると勘違いされるといけないので、説明した。
「これは『
平安時代の刀工・
その美しい太刀に
日蓮上人は数珠丸を殺生の道具として扱わず破邪顕正を成し得た。その逸話
しかし、物理的な傷は与えられなくても、数珠丸は
「ただの武器じゃない。肉体や魂を傷つけず、邪悪なもののみを
「そんな武器が存在するとは……」
信じられないという反応に、私は苦笑する。
「知らなくて当然だから。……これはこの世界の武器じゃないの」
そっと目を伏せて、数珠丸に向けて微笑む。
「来るぞ」
ヒイラギが大鎌【神武天鎌】を召喚する。
アズサも周囲に【浄化】を施した後、純白の弓【
私は深呼吸をして、数珠丸恒次を構えた。
どんどん近づいてくる破壊音。すぐ近くで一瞬止んだかと思えば、一拍後、轟音を上げて入口が大破した。
現れたのは、真っ黒な
――これが、堕天精霊。
初めて見るけれど、とても禍々しい。そして、悲しい存在。
絶対救ってみせる。その意気込みから目付きを鋭くすると、鬼王が私に気付いた。
「人間……か……? おのれ……おのれ……! 殺す……殺してやるぅぁあああッ!」
おぞましい声を上げて金棒を振り回す鬼王。
私はバックステップで
けど、神気を得た鬼王の力は強大なようで、珍しく奥歯を噛みしめて耐えている。
「我が名の下に、我が眷属ヒイラギを強化せよ=I」
【式神契約】は、ただ眷属を作るだけではない。眷属である式神に霊力――魔力を譲渡して能力を上昇させる能力もある。
自らの魔力で養っている上に、更に与えれば魔力の
魔力を送れば、ヒイラギは受け止めた状態から金棒を強く弾き、鬼王を吹っ飛ばす。
鬼王は空中で体勢を立て直すと、岩壁に足をつけて弾丸のように襲いかかる。
狙いは、私。
しかし、魔力による身体強化のおかげで素早く回避。
大幅にヒイラギの傍へ移動すれば、ヒイラギが大鎌の
金棒を手放さない鬼王は仰け反るが、アズサが鬼王へ魔力で構成した矢を放つ。
正確無比な弓術を前に、鬼王の右腕に矢が突き刺さる。
「ぎゃああぁぁっ!」
アズサの【浄化】が込められた矢は堕天精霊に効果があるようだ。
その間に、私は呪文を唱えた。
「凶悪を
悲鳴を上げて金棒を手放す鬼王。そこにヒイラギが刺付きの鎖を伸ばし、鬼王の両腕ごと縛るよう胴体に鎖を巻きつけて動きを封じる。
「チハル!」
ヒイラギの掛け声を合図に一瞬で鬼王に詰め寄り、数珠丸を胸に突き立てる。
「【破邪浄罪】――!=v
刹那、ドクンッと鬼王の強い
私の能力による浄化の神力を注ぎ込めば、鬼王の体が真っ白な光に包まれた。
強くて優しい、
光が浸透するにつれ、鬼王の瞳の黒が消え、夢心地のように力が抜ける。
ふっと光が消えると、私は数珠丸を引き抜いた。
よし、体に傷は無い。
我ながら上出来だと思っていると鬼王が膝をついてぼんやりとする。
今のうちに数珠丸を消して、ヒイラギの
「アズサ、腕の手当てをお願い」
「お任せください」
私が声をかけると、アズサが鬼に近づいて腕に【治癒】をかける。
あ、そういえば鬼神をほったらかしにしてしまっていた。
思い出して顔を向ければ、鬼神は呆然と私を凝視していた。
「これで鬼王は大丈夫。あとはメンタルケアだけだから。それは貴方に任せるね」
私が安心させるように言えば、鬼神は口を引き結んで頭を下げた。
「我が
心からのお礼を口にした鬼神。
今生で初めて他人に感謝されて驚いたけれど、胸の奥が熱くなった。
嬉しかった。私でも、この世界で誰かを救えるのだと知ることができたから。
「どういたしまして」