市役所



 精霊都市アマトリアの街並みは美しい。
 茶色の煉瓦れんがを埋め込んだ薄黄色の外壁が綺麗な家屋が流行はやっているようで所々に立ち並んでいるが、屋根はほとんどが赤茶色の板葺いたぶきだ。

 辻馬車で三日ほどかけた先にはタカマ東和国という島国と交易している港町があるからか、瓦葺かわらぶきの屋根に漆喰しっくいの白い壁といった異文化を取り入れた家屋まである。

 前世の故国で有名な桜≠ニそっくりな淡い紅色の花を咲かせる木々が立ち並ぶ大通りには、服屋や宝飾店の他に飲食店まであり、見るだけでも楽しめる。
 行き交う人々は屋台で軽食を買ったり露天商ろてんしょうの商品を物色したり。
 総合的に評価するなら、とても活気づいたこのましい都市だ。治安も良さそうで、いさかいも今のところは見受けられない。

「いい町だね。治安もいいし」
「そう言ってくれると嬉しいぜ。……っと、そう言えばまだ名乗ってなかったな。俺はドワイト・ヒューストン。気軽にドワイトって呼んでくれ」

 ドワイトはいい騎士のようだ。王都の騎士は威張いばくさっているから、精霊都市出身の騎士なのだろうと想像した。

「分かったけど……ドワイトは貴族でしょう? いいの?」
「……何で判ったんだ?」
「立ち振る舞いや身嗜みだしなみが綺麗だから、なんとなくだけど。あとは属性形質だからかな。貴族って属性形質持ちが多いって聞くし」

 この世界には『属性形質』という、魔力属性の色が容姿に現れる場合がある。

 四大属性では、火属性は赤色、水属性は青色、風属性は緑色、地属性は橙色だいだいいろ
 対極属性では、光属性は白色、闇属性は黒色。
 派生属性では、氷属性は水色、雷属性は黄色、鋼属性は茶色、聖属性は金色、幻属性は銀色。
 希少属性では、無属性は紫色むらさきいろ。派生属性は白金色。
 ちなみに無属性は紫色と知られているが、派生属性の色は一般的に知られていない。

 ドワイトは後ろに流した赤い髪と緑色の瞳で、火属性と風属性保有者だと判る。

「……すごい観察眼だな。確かに俺は公爵貴族だ。この都市では顔役の一人に数えられているが、どうにも性に合わなくてな。だから騎士団長になったんだ」

 まさか最高位の貴族だとは思わなかった。しかも顔役で、騎士団長。
 どうやら私は凄い人と知り合ったようだ。ヒイラギの人脈も想像以上だ。

「へえ……騎士団長ってすごいね。火属性と風属性は戦いに特化しているし。魔法だと街中では手加減が難しそうだけど、武器に纏わせると小回りが利いて楽に片付きそうだし」

 魔法単体だと街中では被害が広がる。火魔法だと火事、風魔法だと家屋倒壊とうかい
 でも、武器に込めて威力を一点に集中させれば、実力次第で相手を一撃で下せる。
 私は無属性だから無理だけど、ヒイラギとエンジュは可能だと稽古けいこの時に知った。

「……チハルってもしかしてすごい奴か?」
「何でそうなるの」
「ヒイラギから聞いたが、この前十歳になったばかりなんだって? 十歳児がそこまで魔法に詳しいって、普通ならいないぞ」

 普通じゃないのは自覚しているけど、他人に指摘されると何故なぜだかグサッとくる。
 初めてのことに気付いて、思わず苦笑い。

「そういう技を使う相手と戦っているから理解できるよ」
「ほぉ……。ところで、チハルは精霊と契約するのか?」

 感嘆の吐息を漏らしたあと、ドワイトは尋ねた。

 この都市では他の都市と違って安く【召喚の儀】を行える。だから一般人でも精霊と共存できるし、精霊を求めて精霊都市に移住する人も少なくない。
 私の事情は一般と異なるので、無難な答えを返した。

「ちょっと迷ってる。どんな精霊を引き当てるのか判らないから」
「そうか? チハルならすごそうな精霊を引き当てそうだけどなぁ」

 私は【召喚の儀】では召喚できない。何故なら【式神契約】の能力があるから。
 女神タイタニアから祝福を貰ったのも、この世界でも【式神契約】が使えるようにしてくれたからだと、アズサから聞かされた。

「チハル、ここだ」

 少し不機嫌そうなヒイラギの声で、大きな建物に着いたことに気付く。

 市役所の周囲には警備兵が多くいる。MICを発行する装置はこの世で数えるほどしか造れなかったらしい。それを考えると厳重に管理しないといけない。
 アーチ状の門を通り抜けて建物に入り、受付に行くと受付嬢らしき女性が驚き顔になった。

「ヒューストン様? お越しになると聞いておりませんが……」
「この子供の付き添いだ。都市の外から来たらしくてな」

 町の外からと聞いて、受付嬢は納得した顔で「ご苦労様です」と労った。
 引き出しから紙を取り出した受付嬢は、窓口から出ると近くにあるテーブルに置いた。

「では、ここにお名前と生年月日、性別、出身地、家族構成をお書きください」

 身分証明を発行するには、身元の確認は必要不可だと理解している。
 だが、家族構成と言われて、ちょっと困る。

「……えっと、家族構成って実の親じゃないといけませんか?」
「そうですが……何か問題が?」

 問題といえば問題だ。何故なら私は親に勘当され、絶縁ぜつえんした身なのだから。
 でも、ここはいつわらない方がいいだろうと思い、正直に告白した。

「数年前に肉親と絶縁したので。簡単に言えば捨てられました」

 あっさり言うと、受付嬢だけではなくドワイトまで瞠目どうもくした。

「だから家族と言ったら、肉親ではない人になります。彼らとアルビオンの森に住んでいるので、出身地も市町村ではなくなります。なので名前と生年月日だけでいいですか?」

 こればかりは仕方ないので確認を取る。すると、受付嬢はぎこちなく「少々お待ちください」と言い、窓口にある通信魔道具の土台に手を当てた。

 通信魔道具は、土台に魔力を込めることで通話ができる。ただし相手も対象となる土台に魔力を込めないと通話できない。窓口にある通信魔道具は携帯版ではなく業務用の大型版のようで、水晶のような板状の通信画面に姿が映る仕組みになっているものだ。

 少しややこしいことになったなぁと困り顔になると、ドワイトが声をかけてきた。

「チハル、捨て子だったのか?」
「そうだよ。無属性だし、ちょっとした失敗で口論になって勘当されたの。確か……『追い出さなかったのは、創造神の祝福を受けていたからだ』って言ってたっけ」

 過去に言われたことを口にすると、ドワイトは表情をけわしくする。
 親身になって怒ってくれているのだと判り、嬉しさを隠すように苦笑する。

「別に良かったよ。父親にさげすまれていたし、母親も最低だったし。……唯一ゆいいつしたってくれた弟には、申し訳なかったけど」

 弟のことは今でも思い出せる。特に最後は大泣きしていた。……私が泣かせてしまったのだと、思い出すたびに心が痛む。

 会いたいかとかれると首をかしげてしまう。だって、会っても何を話せばいいのか分からない。「帰ってきて」と言われたらこばまなければならないし、その時の反応が、少し怖い。
 だから、会わない方がいい。ヒイラギ達と一緒に生きるためなら、会ったらいけない。
 唯一家族だと認識してしまっている分、気掛りではあるけれど。

「お待たせいたしました。名前と生年月日と性別だけで結構です」

 許可を得られたようで、履歴書に『Chiharu Sakaki』、生年月日に『世界歴五〇〇〇年二月一日氷の週無曜日』と書き、性別欄の『女性』に丸を付ける。

 ちなみにこの世界の一週間は七日間、一年は十二ヶ月。地球と似ていると思ったが、一ヶ月は五週間で、一年は四二〇日間。
 季節は三ヶ月ごとに変わるが、春が1〜3月、夏が4〜6月になっている。
 曜日は、地球は月曜日だが、こちらは無曜日から始まり、火・水・風・地・光・闇曜日となっており、世間での休日は光・闇曜日だ。一ヶ月が五週間も、一週間目が氷の週、次が雷の週……という風に、派生属性で数えられている。

「……タカマ東和国に似たお名前ですね」
「名字の方は、榊という神事に使われる神木からとりましたから」

 前世の名字は今でも使っている。何故なら前世の両親との絆だから。
 絶対に失くしたくないからこそ、大切なのだ。