冒険者ギルド



 様々な脱線の後にMICの更新が終わって、家探し。
 ドワイトの紹介で不動産屋に行くと、家賃が銀貨三枚――換算すると三万円――という一番安い共同住宅を紹介された。
 ちょうど精霊治安協会と冒険者ギルドの間にあって助かった。室内は1LKで、寝室は八畳間だが、そんなに使わないので充分。

 家主は一見気難しそうな中年女性だったが、面倒見の良い性格。ドワイトとも既知きちであるし、良好な関係でいられると思い、入居契約を済ませた。



 十五時を知らせる四の時鐘から一時間が経過した頃、やっとの思いで冒険者ギルドに到着した。
 長かった、と思えるくらい精神的な疲れが出てきたが、気を引き締めた。

「ドワイト、付き合ってくれてありがとう」
「ああ。頑張れよ」

 ここでお別れだと思って礼を言えば、ドワイトは建物の中へ入っていった。
 道中で聞いたが、ギルドマスターに用があって、それが終われば職場に戻るそうだ。

 気を引き締めて、私も冒険者ギルドに入る。入ってすぐのところに受付カウンターがあり、受付嬢が五人並んで仕事をしている。
 入って右側には依頼を記した紙が貼りつけられている掲示板があった。
 入って左側の空間は酒場。長方形の四人掛けのテーブルが八台も並べられるほど広い。
 現在は仕事に出ている時間帯らしく、二組の冒険者の団体がいるくらい。

 私は受付カウンターの中で、白いうさぎ耳が特徴的な獣人族の少女がいる右側のカウンターで行く。

「いらっしゃいませ。ご用件は何でしょう?」

 にこやかに挨拶する少女は、おそらく十五歳前後。
 この世界での成人は十五歳が基本。小さな村では十三歳ぐらいのところもあるらしい。

 十歳頃からが見習いになれる期間だが、十五歳になれば見習い期間は終わる。筋が良ければ、より早く社会人として活躍できるのだ。
 おそらく彼女は後者だろう。

「ギルドの登録をしたいのだけど」
「……加入、ですか?」

 私が依頼者だと思ったのか判らないけど、とりあえず頷く。

「では、MICを出してください」

 職を得るには身分証明が必要。でも、捏造ねつぞうしたけれど見られるのは嫌だなぁ。

 気後れしながらMICを出せば、受け取って確認した少女は目を見開いて固まった。

「……何か問題が?」
「い、いえ……失礼しました」

 ……あ。非表示にするの、忘れてた。
 ちょっぴり後悔していると、受付嬢はMICを見ながら紙に何かを書き記した。おそらく個人情報だろう。

「お待たせしました。MICの職業更新ができるまで多少時間がかかりますので、その間にギルドの説明に移らせてもらいます」

 MICを事務員へと渡し、受付嬢は軽く一礼してから説明を始める。
 説明をまとめると、こうだ。


・冒険者ギルドは階級制で、最下級のGランクからFランクへという風に上がり、E・Fランクは駆け出しや新人、C・Dはベテラン、A・Bは一流や腕利きとなる。最下級のGランクは町の雑用仕事を熟すのみ。しかし戦闘技術があるのなら、試験を受けてFランクに繰り上がることができる。ちなみにSランクは世界に数人しかいなく、規格外の存在らしい。

・依頼は、依頼板にある中から選ぶことができるが、Gランク用、Fランク用といった階級ごとに受注可能な依頼がある。報酬については、街に納める税金やギルド側の手続き料を抜いた金額が記載されてある通りの報酬を貰える。規定日数が書き込まれているものは、その日数以内に仕事を終えなければ、報酬の三割を違約金いやくきんとしてギルドに支払わなければならない。

・依頼は、Fランク以上は基本的に自分の階級の一段階上までの依頼なら受注可能で下限はない。ランクアップは規定回数の依頼を熟した後に申請し、ギルド側で審査することで繰り上がる。ただしCからBに上がる時は試験を受ける。

・パーティーランクは、複数の冒険者でパーティーを組んだ場合、メンバーの平均階級がパーティーランクとなる。

・倒した魔物の素材に関してはギルドで買取りもできるが、街中にある店で売ることもできる。基本的にギルドでの買収は一割ほど安くなる。

・冒険者ギルドは各地に点在し、ギルド同士の意思伝達を円滑えんかつにするので、他の町の支部でも冒険者として活動できる。

・冒険者同士の揉め事は、一般人に被害が出ない限りギルドは関知かんちしない。


「――説明は以上です。何か質問はありませんか?」
「大丈夫です。……あ。戦闘の心得があればすぐにでもFランクになれるんですよね?」
「はい。お受けしますか?」
「お願いします」

 思っていたよりすんなり事が運んだ。てっきり、もう少し年齢が上がってからと言われると思ったのに。
 でも、助かった。そう思いながら試験官を待っていると、外から声が聞こえた。

「おっ、ヒイラギじゃねーか!」

 外で待っているヒイラギに声をかける人物。
 今は人間の姿に化けているから、変わらない態度のようでフレンドリーだ。

「今日は酒を卸に来たのか?」
「いや。我が主の付き添いだ」
「……あぁ。そーいや護られてくれないご主人がいるって言ってたな」

 一体どんな話をしたのか。ヒイラギが他人に私のことを暴露していたなんて……。

「待たせたな。……どうした?」 頭を抱えていると、ちょうど試験官がやってきた。
 恵まれた体格は筋肉質で、レザーアーマーを身に着けている。精悍せいかんな顔立ちだが、頬に獣の引っ掻き傷をつけているところから、少し物々しさを感じる。

「……いえ、何でもない」

 ヒイラギの会話から立ち直るために深呼吸をして、気持ちを切り替える。

「君がチハル・サカキだな? 早速だが、訓練場に行くぞ」

 さあ、試験の時間だ。


 ヒイラギには念話で伝え、試験官に連れられて訓練場に行く。
 訓練場は広く、高いへいに囲まれている。頑丈がんじょうな壁側には、弓術を鍛える的が立てられていた。
 各々が自由に訓練する中で、試験官に連れられた私を見ると目を丸くして手を止める。

 どうかほっといてください。なんて言いたくても言えない。どうせなら個室があってほしかったなぁ。

 内心で愚痴ぐちっていると、試験官が向き直る。

「これから戦闘技術が優れているかを判定するが、武器はあるか?」

 訊ねられ、私は【神宝召喚】でほこを召喚する。
 念のために言うが、【神宝召喚】で召喚された武器であるため、ただの矛ではない。日本神話に登場する『天沼矛あめのぬぼこ』という神の矛だ。

 伊邪那岐イザナギ伊邪那美イザナミの二柱の神は、別天津神ことあまつかみ達に命じられ、ただよっていた大地を完成させるために天沼矛を与えられた。天沼矛で渾沌とした大地を掻き混ぜ、淤能碁呂島おのごろじまとなった。伊邪那岐と伊邪那美は、その島で結婚し、大八島おおやしま――日本列島――と神々を生んだ。

 ――その時に使われた国生みの矛こそが、この天沼矛。

 武器として扱うにしては恐れ多い……というより危険な代物。それでもパッと思いついて、手加減できる武器と言ったら、これだった。
 まあ、地面に突き刺したり海を掻き混ぜたりしなければ無害だ。多少地面を隆起りゅうきさせる効果を持つけれど。

「【亜空間】……か?」
「違います」

 試験官が目を丸くしているが、そう言えば門番の一人がそんな反応をしていたことを思い出す。

 他人から見れば奇天烈きてれつなものだよね。帰ったらエンジュに普通の武器を作ってもらおうかな?

 予定を立てながら、手に馴染ませるためにクルクルと回すように振るう。そうすることでリラックスできて、構える。

「いつでもいいけど、私から行った方がいい?」

 静かな表情。しかし、目付きは鋭く覇気はきが滲み出る。
 試験官は表情を強張こわばらせたが、試験官は剣を構えてぎこちなく頷いた。

 私から……なら、魔力による身体強化をした方が速い。
 すきを作らず注意深く試験官を見据えている間、一瞬で身体強化した直後、地面を蹴る。

「ぐぁッ!?」

 一瞬で詰め寄り、剣に天沼矛を打ち込む。
 手加減はしているけど、試験官は苦しげな声を上げて後方へ吹っ飛ぶ。

 しかし、それで終わる私ではない。

 一瞬で試験官の背後に背中を向けて立つと、振り向きざまに脇腹へ振るう。

「がはぁッ!」

 矛の柄を肋骨ろっこつに当てないよう気をつけて叩き込むと、試験官は横へ飛んだ。
 受け身も取れないまま地面を滑るように転がる。それを見ていた訓練場にいる冒険者達は、唖然あぜんとした顔で絶句。

 大丈夫だろうかと心配していると、試験官はよろめきながら起き上がった。

「ぐ、ぅっ……何だ、今のは……?」

 困惑する試験官。
 分からないと適切な合否を判断できないと思うので、近づきながら説明する。

「無属性の身体強化には、全属性分の性能があるから」

「……なん、だと?」

 目を丸くして私を凝視する試験官。
 知らないのも無理はないけど、思っていた以上に弱かった。