VS.Aランク冒険者



「それにしても呆気なかったけど、試験官の冒険者ランクは?」
「……Bだ」
「えっ、Bランク?」

 嘘でしょう? この程度がBランクって……詐欺さぎじゃない?

 目を丸くする私に、試験官は深い溜息を吐いた。

「君ほどの年頃なら、せいぜいゴブリン程度の魔獣を相手にできるだろうが……これは難しいな」
「これでもAランクの魔獣を倒せるけど……仕方ない。まずはFランクからだものね」

 矛を消してそう言うと、試験官は口元を引きらせて空笑い。

 とんでもない発言だと自覚しているけど、Aランク指定以上の魔獣は対等にやり合える相手だ。それ以下の魔獣を相手にすると、どうしても殺戮さつりくじみた光景を作ってしまう。モザイクがかかるくらい、軽くホラー。
 まあ、それを言っても誰も信じないだろうし、普通の人と足並みを揃えるために、まずはFランクから始めた方がいい。

「へえ、Aランクの魔獣を倒したことあるのか」

 不意にかけられた男の声。それはギルドの玄関先で、ヒイラギと会話していた男のものと同じ。
 視線を向けると、大剣を背負った赤髪の男が近づく。やや大柄で、いわおのように隆々りゅうりゅうと盛り上がった筋骨きんこつが目立つ。

 好奇心を前面に出した屈託くったくない笑顔で、私に声をかけた。

「チハルって言うんだったな、お前」
「……貴方は?」

 初対面なのに不躾ぶしつけに名前を呼ばれて眉を寄せると、男はニッと口角を上げる。

「俺はイグナチウス・スタルク。ヒイラギのダチだ。気軽にイグナスと呼んでくれ」

 ヒイラギの友人とはっきり言ったイグナチウス。
 訓練場の壁際にいるヒイラギを見れば、事実だと頷いた。

「それで、何の用?」
「ヒイラギが俺より強いっつーから気になってな」

 脳筋のうきんなの?

 はっきり言うと今、かなり疲れている。ケイを助けた時と契約した時、結構力を使ったから。
 早く帰って昼寝したい。でも、先延ばしにすると面倒だし……。

「……模擬戦、する?」
「おう。手加減してやるから安心しろ」

 偉ぶっているのではない、実力を持っているからこその発言。
 背負っている大剣を《鑑定》すれば、魔法武器マジックウェポンだと表示された。

 世の中には『魔法武器』と呼ばれる特別な武器と、一般的な『魔装武器マジックアーツ』が存在する。

 魔法武器は、特殊効果を具えている武器を指す。そなえる特殊効果は、特定の持ち主なら重量を軽減させる、既存の魔法ではない固有魔法を手順も無く使えるなど千差万別。

 比べて古代の人類が生み出した魔法武器と違い、魔装武器は特別な能力を持たない。代わりに誰でも作ることができる現代の兵器である。

 魔法を補助・補完させる他に、魔力の増幅や属性の変換などを行う『魔装具マジックギア』もある。

 大体の戦士は、武器は魔法を使うことに特化させ、増幅や変換などは装飾型に任せる。中でも属性変換は最高額で、一般の収入では一つ以上の属性は組み込めない。
 私が一年前に作った拳銃も魔装武器に分類される。

 銃器は人目に触れさせたくないから、刀を召喚する。
 今回は『九字くじ兼定かねさだ』と呼ばれる退魔たいまの宝刀。刀身の鎬地しのぎじに『臨兵闘者皆陣列在前りんぴょうとうしゃかいじんれつざいぜん』が彫り込まれているのが特徴。

 イグナチウスの武器は、大柄な体格に見合う幅の広い諸刃もろはの大剣。しかも、魔法武器。
《鑑定》した通りなら、大剣【火焔かえんつるぎ】は刀身に炎を纏わせられる『火魔法付与』の特殊効果を付与されている。名称にある通りの固有魔法だ。

 通常、魔法武器は一つにつき一つの特殊効果しか持たない。それは他の特殊効果と反発して効果を失うからだと、専門科は述べたらしい。

 強ち的外れではないが、実は複数の特殊効果を持つ魔法武器も存在する。
 国宝級や伝説級とされる魔法武器は、どうやって複数の特殊効果を得たのか……それは未だ解明されていない。
 とはいえ私は何らかの法則性を以て組み込ませたのだと推測している。

【神宝召喚】によって召喚された、剣より細身の退魔刀。
 一撃で多くを破壊する攻撃力に特化した、巨大な魔法武器。

 どちらが優勢で劣勢なのかは一目瞭然。
 でも、私は好戦的な笑みを浮かべた。
 対するイグナチウスは、頬を引き攣らせていた。

「……その武器、大業物以上じゃねえか?」
「あ、判る? 一応、一番安全な対人戦用なんだけど」
「他の武器だと?」
「手加減し損ねて殺しちゃうかも」

 あっさり言えば、遠い目になるイグナチウス。
 信じられないだろうけれど事実。天叢雲剣あめのむらくものつるぎでも、下手すれば魔法武器を壊してしまう。

 しばらくしてようやく思考を切り替えたようで、イグナチウスは背負っていた大剣を引き抜く。

「んじゃ、始めるか」

 大剣を両手で構えるイグナチウス。
 私も打刀を目の前に構え――

 いざ、尋常じんじょうに勝負。

「ぐっ!?」

 魔力による身体強化を施した直後に踏み込み、一瞬で詰め寄った先にあるイグナチウスの大剣に打ち込む。
 鈍くも高い音が響き渡り、イグナチウスは仰け反りかけた。
 しかし、一流らしい流れる動作で体勢を立て直すと大剣を振るった。

 無駄のない動きは素早い。おそらく、火属性の身体強化を使っているのだろう。
 僅かな動作でけながら、大剣の軌道に合わせて打刀の刀身を添わせて受け流す。

「くっ!」

 ふところに入って峰打みねうちしようと下から斜めに振るうが、イグナチウスは素早く後退こうたい

 火属性の身体強化はタイミングが合わないと失敗する。数ある属性の中で最も扱いが難しいと言われているのに、ここまで巧みに操っていると、かなりの腕を持つのだと見受けられる。

 冷静に分析していると、今度はイグナチウスが向かってきた。

「ぅぉおおおっ!」

 手加減すると言ったのに、割と本気のようだ。
 でも、そうでなくてはやり甲斐がいがない。この場にいる全員に、私の実力を見せつけるためにも。

 地面に減り込むほど大剣を振り下ろしたが、その前にイグナチウスの背後に立つ。

 チリン、かんざしの鈴が鳴る。

 かすかな音で気付いたイグナチウスは、大柄な体格のわりに俊敏な動きで身をひるがえす。
 しかし、それは予想の範疇はんちゅう。イグナチウスが距離を置いて体勢を立て直す前に肉薄にくはくし、ふっと短く息を吐き、鳩尾みぞおちに向けて掌打しょうだ

「がはぁッ」

 手加減しているが岩をも砕く威力を秘める一撃に、イグナチウスは吹っ飛ぶ。それでも彼は痛みに耐え切って、大剣を地面に突き刺して止まる。おかげで訓練場の壁への激突はまぬがれた。

「カハッ、ぐっ……! まだ、だ……!」

 き込んだイグナチウスは大剣を構え直すと、炎を刀身に纏わせた。
【火焔の剣】の名の通り、炎を発する魔法武器。離れている私でさえ暑いと感じるほど大気を焦がす。

 爆発的な破壊力を持つだろうと推測した私は、詰め寄って竹割で大剣を叩き込むイグナチウスの攻撃から一歩移動して避ける。
 間を置いても火属性の身体強化で肉薄するだろうから、僅かな隙間から衝く方が賢い。

 目の前で瞠目するイグナチウスに、ニヤリと笑い――

「――〈雷帝招来らいていしょうらい〉=v

 護符術を行使した。

 刀を持っていない左手の指に護符を挟み、魔力を込めると、パリッと音が鳴る。
 鋭く突き出した直後、左手に生じた紫電が目映い閃光を放つ。
 轟音ごうおんと光の余韻よいんが消えれば、炎ではない焼け焦げた跡が地面に刻まれていた。私が放った雷の大砲の軌跡が、直線状に伸び、その先の訓練場の壁に穴が開いていた。

 イグナチウスは咄嗟の判断で回避したようだが、地面の焦げ痕と、壁の大きな穴を見て口元を引き攣らせた。

「……きた」

 イグナチウスには悪いけど、飽きてきた。彼の手の内が読めてきたからかな?

「チハル……お前、雷属性を持ってたのか?」
「持ってないよ。護符術で建御雷神たけみかづちのかみの神威を借りただけ」

 魔術ではなく、地球の日本神話に登場する雷の神様の御力だ。陰陽術のようでいて異なるのは、単純な技なら呪文を必要としないから。護符に霊力、もとい魔力を込めるだけでいい。

 護符術が使えるのは、お父さんから授かった【えにしの絆】おかげ。でなければ異世界の神様の力を借りられない。

「……よくわからんが、規格外にも程があんだろ。勝てる気がしねぇのは気のせいか?」
「気のせいではないだろう」

 大仰おおぎょうに天をあおいだイグナチウスのぼやきに、ヒイラギが声をかけた。
 彼は私に近づくと、ペシッと頭を叩いた。

「痛っ」
「これ以上はやめろ」

 少しだけど、怒っている。私が無理をしているのだと気付いたみたいだ。
 ドクターストップならぬ保護者ストップと言えばいいかな。言われた通りに武器を消すと、ヒイラギの眉間からしわが消えた。

「ヒイラギ、まだ本気を出してないんだが……」

 模擬戦を中断されたイグナチウスは不機嫌そうに抗議の声を上げる。
 しかしヒイラギはなんのその。とんでもない発言で暴露した。

「チハルが限りなく手加減しているのが判らない時点で、お前に勝ち目はない」
「……は?」

 勝負の結果を出していないのに敗北を告げられ、イグナチウスは低い声でヒイラギをにらむ。

 男として屈辱くつじょくな宣言だから、彼の反応は当然のもの。それに対して、ヒイラギは呆れ顔で嘆息。

「チハルの武器は、魔力を込めるだけで威力が増し、魔法武器さえ破壊する。他にも無属性の身体強化は全属性分の特性を持ち、本気を出せば気付かぬ間に首を刈り取る。さらに言えば、護符術で広範囲にわたる攻撃を行えるのだ」

 淡々と説明するヒイラギの言葉を理解したのか、イグナチウスは表情を強張らせる。

 なんだか、私が物騒な人間だと思われそうなんだけど……。

「これが本気の殺し合いなら、一瞬で死んでいるというのに」
「そこまで言わなくていいから! そもそも殺さないよ!?」
「瞬殺は否定しないのか」

 ヒイラギに指摘されて、ハッとする。
 事実だから否定するのを忘れてしまった。
 実際にAランク指定の魔獣を瞬殺できるから、嘘を吐くと今後困るだろうし……。

「……てへ?」
「それで誤魔化せるわけがなかろう」

 笑うことで誤魔化したが、ヒイラギの痛烈な突っ込みに、がっくりと肩を落とす。

 でも、まさかヒイラギが模擬戦を中断させるとは思わなかった。いつもなら師匠的な立場で、最後まで見守る側に徹しているのに。

 疑問を持ってヒイラギを見れば、彼は私の頭を撫でた。

「昼間からの疲労が抜けてないだろう。やりすぎると体を壊すぞ」

 いさめるように気遣うヒイラギ。

 気付かれないように気を張っていたのに、よく見ている。
 心配してくれるヒイラギの心遣いは嬉しい。

 でも、同時に胸が締め付けられるような苦しさを感じた。

 私はヒイラギが好きだ。家族愛だけでは収まり切れない、恋い焦がれる想いがある。
 前世から彼に想いを寄せて、それでも家族としての一線を越えられなくて。

 今生こんじょうになっても家族として大切にしている。
 ヒイラギも、私を家族として想ってくれる。
 それがどれだけもどかしくて、苦しいものなのか。

 けれど私は一度、彼を裏切った。約束を破って、彼を苦しめた。
 それに今世も前世と同じく、人間として生まれて、人間として死ぬ。妖怪から精霊となった彼に看取みとられる。
 どうせ私は彼を置いて逝くのだ。もう一度、彼を苦しめたくない。
 だから、ヒイラギに恋心をいだく資格は無い。

 改めずとも心に置いているいましめ。それによる痛みを悟られたくなくて、笑顔を見せた。