捏造



 朝を迎え、着替えている時に昨日の夜のことを思い出す。
 鏡の前で確かめると、ヒイラギがつけた赤い痕が首元にあった。

 どうしてこんなものを付けたのか。ヒイラギは私を女≠ニして見ていないのに。

 虚しくなって消そうとしたけど、消したくない思いがあった。
 何はどうであれ、ヒイラギのものという証なのだ。

 結局消すことはできず、そのままいつもの巫女装束に着替えた。
 それからいつものようにアズサと朝食を作って、配膳はいぜんするのだけれど、食卓にいる家族はエンジュとケイ。

 いつもならヒイラギもいるのに……。
 寝坊かと思って、一応呼びに行った。……のだが。

「……なんなの」

 険しい顔で私の服を乱したかと思うと、無言で服装を直して先に食堂へ向かった。

 いったい何だったの? というかヒイラギ、どうして顔を赤くしたの? 私の方が恥ずかしかったのに、目元が赤くて、耳をピンッと立てて、尻尾の毛をブワッと逆立って。
 総毛立つほどだなんて……あ。そういえば首元に……。

「いや、それはない……はず」

 私につけたキスマークに照れるなんて……ない、よね?

 頬の熱が下がらないけど、これ以上みんなを待たせるのは良くない。
 頭を振って意識を切り替えて、急いで食堂へ戻った。


 精霊は食事をしない。それは世界に満ちる魔力の源――魔力因子を吸収するからだ。
 契約している精霊は、契約者から魔力を貰って存在する。人間の食事は、娯楽の一種として嗜好しこうする程度。

 けれど式神契約では、契約者から魔力を貰うだけではなく、食事でも魔力を摂取する。特に【幻想郷】で採れた作物を使用した料理は、魔力の回復率が高い。
 だから契約者の魔力以外でも魔力を回復する。食事が面倒な場合は、ヒイラギが作ったお酒でも可能。とはいえ私と契約している精霊達は人間の嗜好品を楽しんでいるから好んで食べている。

 特にヒイラギとアズサは、妖怪だった過去もあって食事は当然の習慣。
 妖怪は食事しないと霊力を回復できない。霊力の高い人間を襲う原因も含まれる。
 二人は私と契約したから、私の霊力で賄えた。それでも食事は大切だけどね。

 お母さんの生家に引き取られてからはひもじい思いばかりだったけど、ヒイラギとアズサが時々隠世――あやかしの住む世界――の食材を持ってきてくれて、数いる妖怪の友達の家で調理して食べていた。
 苦い記憶だけど、あの瞬間だけは安らげるひと時であったのは確かだ。

「それで、チハルの情報をどう偽装するかだが……」

 前世と比べものにならない団欒だんらんとした朝食後、居間でノートを広げて色々と書き込んでいると、ヒイラギ達が集まった。
 潜入調査のためにMICを偽装しないといけない。そのための会議が始まる。

「チハル様は、冒険者ギルドに登録して三年でSランクに昇り詰めましたよね」
「あ、うん。そこも偽装しないといけないんだけど……ランクはどれくらいがいいと思う?」
「僕としてはCランクが妥当だとうかと」

 ケイが提案すると、私はノートに書いた職業欄に『冒険者[C]』と記入。
 彼の言う通り、現在の私はSランク冒険者。規格外な戦闘能力や魔法、そして対人関係に必要な技術が増えたから。
 Sランクと認定されるには、やはり魔獣の討伐。仲間も付けないまま飛竜の魔獣を綺麗な状態で討伐したところを見てもらって、冒険者ギルドに正式に認められたのだ。

 意外と楽に片付いたのは、試して召喚に成功したギリシャ神話の武器のおかげ。

「あとは魔力と神力。其方そなたの偽装したMICより低く見積もった方が良いだろう」

 エンジュの助言も聞き入れて、今以下に設定する。BかCランクにした方が安全かな?

「スキルはこのままでいいとして……あとはヒイラギの種族かな?」
「そうですね。帝位に偽装するとはいえ、どこまでが帝位になるのか……」

 アズサがおとがいに人差し指を当てて考える。
 これは私でも難しい内容だから、エンジュに訊ねる。

「エンジュ。狐型の精霊ってどんなのがいるの?」
「中位精霊では気狐きこが有名だが、栄位は白狐や黒狐、王位は金狐や銀狐、帝位になると尾が増え、天位は九尾狐と仙狐、神位は天狐と空狐くうこが据えられる。我が感じる限り、ヒイラギは空狐以上だ」

 どうやら異世界でも、地球の妖狐と同じ順位で存在するようだ。

 気狐は普通の狐より位の進んだ狐で、霊力を持つ。

 白狐・黒狐・金狐・銀狐は人々に幸福をもたらすとされる善狐ぜんこの一種。

 九尾狐は中国では瑞獣ずいじゅうの一つとされるが、強力な力を持った妖狐として語られる。特に日本では「白面金毛はくめんこんもう九尾の狐」や「玉藻前たまものまえ」など邪悪な大妖怪として物語の題材となっている。

 仙狐せんこは中国における狐のあやかし。仙術を獲得した妖狐を指す。

 空狐は神通力を自在に操れる妖狐。気狐の倍の霊力を持つ。三千年以上も生きると進化するが、序列では天狐より一つ下。けれど霊力においては最上位とされる。天狐の尻尾は四本だが、空狐は零本。

 ヒイラギの体毛は純白、瞳は紫紺しこん。尻尾を一本に減らすと白狐になり、栄位まで落ちてしまう。
 できることなら帝位にしてあげたいけれど……。

「なら、栄位が適切か」

 渋っていると、ヒイラギが決めた。
 気位の高い彼が格下になると言い出すなんて。

 目を丸くしてヒイラギを凝視すれば、彼は肩をすくめた。

「致し方あるまい。それに潜入するなら、なるべく目立たない方がいいだろう」
「……それもそうだけど、使える技も限られるよ」

 私と再会して九年が経とうとしている。その間にヒイラギの能力値も上がった。使える技も磨きがかかったし、いくつか増えた。地球と違ってのびのびと過ごせる環境のおかげだろう。


名前:ヒイラギ
種族:精霊[獣型:天狐]
位階:上位[序列第一:神位]
魔力:S/6750000
神力:S/5490000
属性:火・風[雷]・地[鋼]・光[聖]
能力:変化・隠遁いんとんの術・狐火[爪火・管狐火]・狐風[爪風・管狐風]・纏衣まとい[炎狐神・風狐神・雷狐神]・神通力・千里眼・時手繰り
契約:チハル・サカキ
恩恵:言語理解・幸運補正・神宝召喚[神武天鎌しんぶてんれん]・浄化能力・宝物庫
詳細:神位を冠する異世界の最上位精霊・天狐。戦闘能力は高く、能力も多彩。傲岸不遜ごうがんふそんだが義理堅く情が厚い。


 魔力と神力も百万以上、能力の技術の幅も増えた。けど、抑えてしまうとせっかく編み出した技も披露ひろうする機会が減る。
 窮屈きゅうくつになってしまう。それを心配すると、ヒイラギは私のひたいを指先ではじいた。
 デコピンだった。

「イタッ」
「チハルは自分の心配をしていろ。この件に関して、俺への気遣いは不要だ」
「……分かった」

 この依頼で、ヒイラギは我先と相棒を買って出た。なら、彼を信じよう。

「じゃあ、ヒイラギの能力は……そうね。纏衣、神通力、時手繰り、武器召喚は隠して、千里眼は気付かれない程度で使おう」

 ノートにヒイラギの立ち位置ポジションと能力を書く。

 そんな感じで会議を進めていくうちに昼食の時間になり、食事をとってから精霊治安協会の本部へ向かった。