出会い頭に



「エルメンさん。協力者がいると聞きましたが、一人はルーカスですよね? あと一人は今どちらに?」
「……そういえば遅いな」

 エルメンリッヒが思い出したように呟く。
 その時、ヒイラギが耳をピクリと微動させ、小犬サイズの白狐に変化した。

 あぁ、そろそろか。
 ヒイラギにはもう一人の協力者と契約している精霊が性格に難ありと知らせている。だから最初は正体を隠す方針でいる。
 これからの不安を抱えていると、とうとうその時が来た。

「高等部一年生一組、ヴェロニカ・シアーズです」

 ノックの後に少女の声が扉の向こうからかかる。
 エルメンリッヒは小さな溜息の後、「入ってくれ」と一言。

「失礼します」と入ってきたのは、波打つようなウェーブがかかった青い髪の少女。凛とした目は金色とはおもむきが異なる黄色。
 見るからに水属性と、風属性の派生である雷属性の属性形質。こんなにはっきり、しかも髪と瞳の両方に現れているのは珍しい。
 身長は私よりやや高く、絶壁と言うほどではないがスレンダーな体型。
 凛々しい雰囲気は格好いいけど、とっつきにくさを感じる。

「二十分遅刻だ」
「……申し訳ありません」

 エルメンリッヒがとがめると、ヴェロニカは素直に謝る。しかし、どことなく不服そうだ。
 我が強すぎる。そう思った私の中で、不安が嫌な予感へ変わった。

「一応だが、理由を聞こう」

 ピクリ、ヴェロニカの眉が微動する。
 かんさわったのか、彼女は刺々しい口調で言った。

「正門前で精霊師と召喚士が争っていたので仲裁しました」
「どうやって仲裁した」
「両方とも精霊を出していたので、私の精霊の力を借りて」

 言い方は綺麗だけど、結局のところ武力行使だ。
 これには私も眉を顰めてしまった。

「チハル、何か言いたそうだな」

 エルメンリッヒの指摘に、発言権を許されたのだと判断して口を開く。

「争いの原因は何だったの?」
「二年生の精霊師が、三年生の召喚士を未熟者と見下したのが事の発端だとか」
「貴女はそれに対して、どう口出しした?」

 私の質問に、ヴェロニカは眉間にしわを作る。

「先に召喚士が手を出したらしいから、彼を注意したわ」
「証拠の裏付けは?」

 ヴェロニカは怪訝けげんな顔をする。
 どうやら証拠の調査も行っていないようだ。

「その召喚士の精霊は、その後どうなったの?」

 失望もいいところだが、最後の質問を投げかける。
 すると、ヴェロニカはあっさりと答えた。

「仮契約を切って精霊界へかえったわよ」

 当然といった態度に、私の表情がごっそりと抜け落ちた。
 自分がどんな顔をしているのか何となく判り、顔に手を当てて深い溜息を吐く。

「……何なの、貴女。何が言いたいの」

 不快そうに言ってくるヴェロニカ。
 理不尽かもしれないけれど、その態度にさえ腹立たしくなってきた。

「貴女ねぇ……召喚士が手を出したからって、精霊師の言動に原因があるのよ? 手を出したという召喚士がどう手を出したのかも、どっちが先に精霊を出したのかも全て聞いたの?」

 仲裁するのはいい。結局のところは喧嘩両成敗けんかりょうせいばいなのだから。
 だが、彼女はどちらに非があるのかを、ちゃんと考えていない。

「裏付けだって正門前ならいろんな学生がいるのだから、彼等に事情聴取すれば証拠も出てくるはずなのに、貴女はしなかった」

 鋭い視線を向けて指摘すれば、ヴェロニカは言葉を詰める。
 しかし、彼女の眼は反抗的だ。

「そもそも召喚士は高等部の三年生でしょう? せっかく相棒になる精霊と親睦を深めているところで水を差してどうするの。あと一年はチャンスがあるとしても、次に召喚できる精霊がいい精霊だとは限らないし、精霊に関する授業にも取り組めない。しかも周囲に嫌な目を向けられる」

 精霊師の資格は高等部に上がらないと得られない。召喚士の資格も、精霊師になる過程に入るから同様だ。
 聞く限りでは「彼」は高等部三年生で、もう後がない。つまり焦燥も人一倍で、理性より感情がまさって周囲にどんな影響をおよぼすのかも予測できない。

「彼の心身を追い詰めて、凶行きょうこうに走って精霊を堕天化させることになったらどうするの」

 呼び出した精霊を無理やり服従させ、堕天化させてしまう事例もある。精霊師の心が病んでしまっている場合も、可能性としては高い。
 想像だけではない現実味のある憶測に、ヴェロニカは口を引き結んで瞠目した。
 全て言わないと理解しない彼女の思慮しりょの足りなさに、怒りを覚える。

「貴女は状況を引っ掻いて最悪の可能性を作っただけ。正義を振りかざして、その後の結果を考えてない。それはただの独り善がりな自己満足だ」

 これは説教だと解っている。しかも相手は初対面だ。初対面なのに知ったような口を利かれて不快になるだろう。
 でも、言わないと彼女の重石にならない。重石は時として自分を立ち止まらせて、自分をかえりみる力になってくれる。

「思慮分別を磨かないと、貴女はいずれ破滅する」

 だから、私は言った。嫌な言い方だとしても、はっきりさせないと彼女は変わらない。
 彼女に憎まれたとしてもいい。そもそも私は、彼女と仲良くできるか自信がないから。

 案の定、ヴェロニカは奥歯を噛みしめて私を睨む。
 やはり自らの非を認めないか。今回の調査の協力者には向いていない。

 まぁ、私の穏便じゃない言動も悪いと言えば悪いけれど。

「不快な説教だろうけれど、初対面の私でも言えるだけのことをしているのだと自覚してほしい」

 ここが引きどころだろう。
 結局、言いたい放題で思慮が足らなかった。反省して、今後直していこう。
 ……直せるといいなぁ。

「それで、件の召喚士は誰だか知っている?」

 気持ちを切り替えて訊ねるが、ヴェロニカは私を睨むだけで答えない。
 仕方ないので、エルメンリッヒに頼むことにした。

「すみません、エルメンさん。話に出てきた召喚士ですが、カウンセリングとかしてあげてください。今ならまだ間に合うと思います」
「ああ、手配しよう」

 重々しく頷いて承諾してくれた。
 これは学園側の問題になるから、私が口出しできるのはここまでだろう。

「それで依頼ですが、協力者にどこまで話しました?」
「協力者の件は、我輩ではなくイリーナが独断で決めたことだ」

 つまり、エルメンリッヒの管轄ではないと。
 無意識に困った顔になってしまったが、なんとか思考を切り替えてルーカスにたずねる。

「ルーカスは、イリーナさんからどこまで聞かされた?」
「依頼を受ける冒険者に協力しろと言われただけです」

 調査までは伝えていないようだ。
 これは幸運だと思い、エルメンリッヒに告げる。

「なら、協力者はいりません。しばらくは一人でやってみます」
「大丈夫なのか?」

 心配そうな顔をするエルメンリッヒの気持ちは理解できる。
 私は安心させるように笑いかけた。

「今の私は編入生です。すぐに動けば目を付けられます。ある程度周囲に溶け込めればなんとかなります」

 学園の事情を知らない私では無謀むぼうだと思うけど、編入生なら周囲に馴染むことができるはずだ。

「難しくなれば、ルーカスに協力を仰ぎます。一年生では限界もありますから」
「……確かにそうだな」

 感心した顔でおとがいに手を当てるエルメンリッヒ。
 納得してくれて肩の力が抜けると、後ろに控えているルーカスが恐る恐る訊ねた。

「あ、あの……僕でいいんですか?」
「ルーカスだからこそだよ。オスカーから弟の自慢話も聞いているし、何より思慮深くて信用できる。私のことを知っている点も大きい」

 笑みを浮かべて言えば、ルーカスの頬が赤くなる。
 オスカーに対していきどおりと羞恥が表情に出たのか。確かに身内が与り知らぬところで自分を自慢されると、誰だって恥ずかしいよね。
 私にも身に覚えがあるから自己解決していると、隣にいるヒイラギと、エルメンリッヒの近くで腕組みして立っている煉燬が溜息を吐いた。

「ヒイラギ、煉燬。その溜息は何?」
「チハルは早急に男心を学んでくれ」
「……今、仕事の話をしているのだけど」

 先程と同じことを言う煉燬に顔をしかめると、ポンッとヒイラギが私の膝に前足を乗せた。

しゃくだが煉燬の言う通りだ。三年も時間がある分、この調子では相手が不憫ふびんだ」
「不憫って何。男心は仕事とは関係ないでしょう?」
「「あるに決まっているだろう馬鹿者」」
「異口同音でののしらないで。実は仲いいでしょう、貴方達」

 何だか空気がグダグダになってきた。どうしてこうなった。