もう一つの再縁



「というか、いつ教室に行けばいいの」

 時間割を知らないから、どうすればいいのか判断できない。
 私の一声に、エルメンリッヒは「ン、ゴホンッ」と咳払い。
 ……笑われていたのね。

「一年一組。そこにいるヴェロニカ・シアーズと同じ教室だ」

 まさかヴェロニカと同じ教室だとは思わなかった。チラッとヴェロニカを見れば、彼女は嫌そうな顔をしていた。

 ……嫌な予感がするのは気のせいだと思いたい。

「時間は……そろそろだな。最終調整は放課後にしよう。連絡先の交換もその時にする」

 ここは異世界だが、現代は地球の平成時代と同じくらいハイテクだ。地球にある携帯電話のスマートフォンと同じ仕組みのポータブルフォンがあるくらいだ。

 私も最新型を持っているため頷いた。

「了解しました。では、失礼します」

 立ち上がって一礼し、煉燬に軽く手を挙げて「またね」と挨拶。
 校長室から出ると、ルーカスとヴェロニカと一緒に昇降機に乗り、ルーカスが壁にある七個のボタンのうち、三階と四階のボタンを押す。

「二年生は四階なの?」
「ええ。三年生は五階、教職員は六階に収容されます。建物の構造は少し変わっていますが、帝都にある王立学院より移動が楽だと聞いたことがあります」

 確かにラトレイアー精霊学園は、この世界での一般的な学園とは異なり、建物は一つだけではない。初等部、中等部、高等部といった三つの校舎で分けられているようで、校舎同士を繋げる渡り廊下まで設置されている。
 まるで地球にある学校のようだ。もしくは大型デパート。
 創立から数百年ほどで改装したらしい。それを思うと、エルメンリッヒは最先端の技術を発想する頭脳を持っているようだ。

 へえ、と感嘆を込めて相槌あいづちを打つと、ルーカスが訊ねる。

「チハルさんは、校長の精霊といつ知り合ったのですか?」
「え? あー……かなり昔に」

 ルーカスはヴェロニカと違って、最初からあの場にいた。
 あの会話を聞いていたのだから、不可解な会話に疑問を持つのは当然でしょう。
 だけど、これを話すわけにはいかないので、とりあえずかなり昔≠ニ答えた。

 曖昧あいまいに答えたとき、昇降機が停まって扉が開く。

「では、僕はこれで」
「ん。ありがとう」

 笑顔で礼を言えば、オスカーは頬を淡く染めてはにかんだ。
 彼が昇降機から降りて、もう一階下りると、今度は高等部一年生の階層に到着。
 先にヴェロニカが出て、私は彼女の後を追って教室に向かう。
 ……のだが、ヴェロニカの足が速い。ついていけなくはないけど合わせるのは大変だ。
 ここまで嫌われるとは思わなくて、無意識に嘆息が漏れ出る。

「余計なことを言うからだ」
「……うん。反省してる」

 ヒイラギに汚点を突っ込まれて言葉を詰まらせたけど、心からの言葉を返す。

「だが、お前の気持ちは解らなくもない。俺もああいう餓鬼ガキは嫌いだ。己の非を認めようとしない未熟者は」
「それはそうだよ。私≠ニ違うのだから」

 ヒイラギも私と同じ気持ちなのは、少し嬉しい。
 けど、彼女達を私と同等と考えてはいけない。

「彼女達と違って、私は異物。本来なら、この世界にいない魂なんだから」

 異世界での前世を経験している私は、どの世界にとって異物だ。
 だからかな。時々、周りの人々と違って取り残された気持ちになるのは。
 それでも立ち止まってみれば、周りと同じところがあると気付ける。

「でもね、私も未熟者だよ。いろいろとね」

 人間関係においても。恋愛感情においても。
 人間は完全≠ノなれない。それは進化≠フ限界であるから。
 人間の限界が完全≠ネら、私は一生未完全≠ナいたい。
 だから、一人前にならない。なれなくていい。

 なんて……哲学的な思考で我儘を言ってもおかしいだけ。

「着いたようだぞ」

 伏せていた目を前に向けると、ヴェロニカが一室の扉を開いた。
 急ぎ足で教室らしき部屋に入ると、教師らしき女性がヴェロニカに厳しい眼差しを向けていた。

「あの……すみません」

 剣呑な雰囲気に気後れしつつ声をかけると、眼鏡をかけたタイトなスーツ姿の女性が気付く。

「貴女がチハル・サカキさんですね」
「はい。一年一組で合っていますか?」
「ええ。ところで、シアーズさんの案内はどうでした?」

 対面の直後の質問は、思いも寄らなかった評価だった。
 どう答えればいいのか言葉を探しあぐねていると、ヒイラギが直球ストレートに言った。

「道中の説明もないどころか、理由も言わず先に行った。悪意すら感じたぞ」
「ちょっとヒイラギ。それは言い過ぎ」
「事実だろうが。こんな小娘などかばい立てするな」

 酷い言いように頭痛がして、顔の半分を覆うように片手を当てる。

「……シアーズさん。放課後、教育指導室に来てください」

 冷たく言い放った女性教師は、「座りなさい」と最後に短く告げた。
 ヴェロニカを見れば、最後に私を睨んで席に向かった。

 教室は大学の教室のように階段になっており、横長の机が設置されている。椅子は一人につき一脚ずつ。つまり一台の机に付き三脚ずつといったところだ。

 ヴェロニカは一段目の席に座り、それを見遣った女性教師は私に手招きする。

「この組の担任、メリッサ・ウェルズです。メリッサ先生と呼んでください」

 隣に立って自己紹介したメリッサは、右手を差し出す。
 握手だと気付き、その手を握り返した。

「はい。よろしくお願いします、メリッサ先生」

 挨拶を返すとメリッサは頷き、生徒側に向いた。

「本日付けで編入する、チハル・サカキさんです。皆さん、力になってあげてください。サカキさん、何か一言ありますか?」

 紹介したメリッサが促した。

 確かに、ここで好印象を持たせたら穏便おんびんに事が進むはず。
 打算も考えながら、私は前を見据えて挨拶した。

不慣ふなれなことも至らぬこともあると思いますが、よろしくお願いします」

 堂々と言えば、そこらかしこから息を呑む声が聞こえた。
 好印象を持ってくれたかは判らないけど、とりあえず挨拶は終わったはずだ。

「では、サカキさんの席は……ライサンダー君の隣にしましょう」

 ……え? ライサンダー? まさか……。

 どこかで聞いたことのある家名に引っかかったが、すぐに今世での幼い頃を思い出す。
 私がまだ、今世での生家にいた頃。私はその家名を名乗っていたから。

「ライサンダー君、手を挙げてください」

 メリッサが告げると、おずおずと手を挙げる一人の男子生徒を発見した。
 柔らかそうな淡い金髪に、知性を感じさせる青緑色――碧眼。顔立ちはやや幼いおかげか、昔の面影が消えていない。
 私は無意識に息を呑んだが無表情を貫き通し、彼の隣、下から二段目の真ん中の机、その右側に座った。

「チハル・サカキです。よろしくお願いします」

 自然体な笑顔で微笑めば、ライサンダーは傷ついた表情を見せる。
 彼は口を引き結び、頷いた。

「エリオット・ライサンダーです。こちらこそ、よろしくお願いします」

 やっぱり、エリオットだ。ライサンダー公爵家の子息であり継嗣けいし
 私の、弟。

 ぐっと手を握り締め、痛む心を抑え込む。
 九年前、彼を傷つけてしまった。そんな私が「姉」を名乗る資格はない。