自由への選択



 勘当を言い渡された私は、一度寝室に戻って私物を集める。
 溜め込んでいたお小遣以上の金銭、売れる物、勉強に必要なこの世界の書物。
 どこに入れるのかと言うと、前世からそなえる能力の中に。

 私は狐神であるお父さんの血と影響で特殊な能力を得ていた。


 霊魂れいこんだけではなく神霊を目視し、言葉を交わすことができる【神交眼しんこうがん】。

 稲荷神と狐神の恩恵で、身を守れるくらい強い【幸運】。

 個人の霊力――この世界では魔力――で創り出した異次元で、力に反映して様々なものを収納できる【宝物庫ほうもつこ】。

 神話や史実でいわれのある武器や防具などを現実に投影し、様々な効果を引き出す【神宝召喚】。

 呪詛じゅそ邪気じゃき瘴気しょうきといった人を害する邪悪なものだけではなく、特定の罪によるけがれを浄化する【破邪浄罪はじゃじょうざい】。

 動物だけではなく神聖な存在を【式神】として契約する【式神契約】。

 肉体に神霊を降ろして神霊の権能を宿し、その力を意のままに操る【神威纏装しんいてんそう】。


 実はこの【宝物庫】という能力、前世からの持ち物まで入っていたのだ。幼少期と高校時代までの衣服だけではなく、書物や大切な道具など。
 この【宝物庫】のおかげで持ち運びが楽。かばんとかいらないし、こっそり持っていける。何より異次元内の時間はまっているから、入れている物の質が変わらない。

「さて、次は……空間魔法」

 衣類や書物、金銭など全ての私物を【宝物庫】に全て入れると、今度は魔法を使う。


 無属性は最弱属性と呼ばれているが、それは術者が持つ魔法が判明しづらいから。
汎用はんよう魔法』は、自身の魔力属性が判っていれば使える既存きそんの魔法全般。
『固有魔法』は、術者個人が生まれながら保有する魔法。

 専門家は、個人の抗えない本質=\―起源きげん≠ェ魔力に現れているからと論じた。
 彼らは起源の影響を受けた魔力を『魔力起源』と呼んでいる。
 無属性保有者の場合、魔力起源があるからこそ、独自の固有魔法を保有する。

 私の魔力起源は『繋がる』と『救済』と『創造』。
『救済』は前世の巫女時代で、お父さんの血族である影響で具える特殊な能力を用いて、人ならざる異形……悪霊といった邪悪な存在を退治していた。中には悪霊の被害を受けた妖怪がいて、彼等も助けた。きっとその影響だろうと思う。
 けれど『創造』は判らない。『繋がる』っていうのも釈然しゃくぜんとしない。
 まあ、そのおかげで私らしい魔法が手に入ったけれど。

 そして、どれだけあるのか分からないけれど、無属性には派生属性がある。
 私の無属性の派生は、空・念・霊属性――この三つ。


 派生属性によって使える汎用魔法は、空間魔法、念能魔法、霊能魔法。

 魔力起源の影響で現れた固有魔法は、結界魔法、付与魔法、創造魔法。


 結界魔法は、領域を守るだけではなく支配する魔法。

 付与魔法は、文字通り様々な効力を付与エンチャントする魔法。

 創造魔法は、複数の物質を用いて、様々なものを創る魔法。

 空間魔法は、文字通り空間という概念を操る支配系の魔法。

 念能魔法は、強い念を込めた魔力で、物質や精神に干渉する魔法。

 霊能魔法は、降霊術だけではなく、祈祷きとうや神霊との交信など幅広い技を有する魔法。


 不思議な魔法ばかりだが、結界魔法と霊能魔法は前世が巫女なので納得できた。


 今回は空間魔法の『転移』を使って、どこかへ行く。『転移』は行ったことのある場所じゃないと正確に発動してくれない。私が外出で行ったことがある場所と言えば、王都で一番大きな公園と神殿くらい。
 神殿は厄介だから、今夜は公園で過ごすしかない。けれど夜の公園は、前世同様に危ない。不審者とか人攫いとか怖いから気後れしてしまう。

「……おねーさま?」

 うだうだしていると、エリオットが部屋に入ってきた。
 タイミングがいいのやら悪いのやら……。

「さっき、おとーさまがかんどー≠チて……どうしたの? かんどーって、なに?」

 エリオットが私に初めて見せる、何かに恐怖している顔だった。
 きっと、私が出て行くことを何と無くでも理解しているのだろう。

 だから、私は正直に教えた。

「家から出て行くこと。親子の縁を切って、赤の他人になる。つまりね、エリオット。貴方ともお別れってことなの」

 愕然がくぜんと目を見開くエリオット。その顔は、前世の幼い私に似ていた。
 心が痛むけれど、いずれ通るつもりのけられない道だったと割り切らないと。

「おわかれって……いやだ! いやだよ! おねーさまとおわかれしたくない!」

 私に駆け寄ろうとするエリオット。

『《結界》=x

 しかし、私は結界魔法ではばんだ。

「うあっ!?」

 見えない障壁にぶつかって、エリオットは倒れる。
 反射的に手を伸ばしたくなったが、もう叶わない。

「ごめんね。私、いずれ家を出るつもりだったから。それが今になっただけ」
「う……え……?」

 瞳を潤ませたエリオットに、私は優しく話す。

「人を道具扱いにする男を父親と呼びたくないし、子供を怖がるあの人も母親と呼びたくない」

 辛辣な言葉だけれど、嘘偽りのない本心だ。

「エリオットは、私にとって可愛くて、大切な弟。……でも、私はここにいたくないの。ここは私にとって地獄だから」

 前世かつての私を思い出してしまうほど鬱屈うっくつした場所。
 だから私は、この場所から消えたかった。

「本当はね、エリオットが大きくなってから出ていくつもりだったの。でも、今の貴方にはレオンハルトがいる。彼ならきっと貴方の力になってくれる」

 初めてレオンハルトを見た時、直感的に思った。彼ならエリオットを裏切らない、と。
 私がいなくなって悲しむエリオットを支えてくれる。そう予感したのだ。

「だから……私のことは忘れて、幸せになって」

 私がいなくても幸せになってほしい。その願いを込めて、決別の言葉を告げた。

「いやだ! いやだよぉ! おねーさま! いやだあぁ!」

 泣きわめくエリオットの慟哭どうこくが胸に突き刺さる。
 それでも私は微笑んだ。

「さようなら」

 頬に冷たいものが流れたまま、私はライサンダー家から去った。



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