再会



 空間魔法で転移した、王都内で一番広い公園のベンチに座る。
 息苦しくて、つらい。あんなに泣かれるなら、会いたくなかった。でも、会えて良かったと思ってしまうのは何故なぜだろう。

「……嗚呼ああ、そうか」

 私は思いのほか、エリオットのことを本当の弟として愛していたのね。

 転生の自我が芽生えた時、弟がいることに違和感を覚えた。

 ――どうして前世ではなく、今世なのか。
 前世で弟妹が生まれるはずだった。けど、両親の死で叶わなかった。それを引き摺って、一歩距離を置いた状態でエリオットと接していた。

 でも、本当は心から弟≠セって認めていたようだ。
 うしなって気付くものがあると言うけれど、本当にその通りだ。

「私って、馬鹿だなぁ……」

 力無く自嘲じちょうしてしまう。でも、心は切ないのに、不思議と穏やかだ。

「――今度は……二人を呼ぼう」

 パシッと両手で頬を叩いて、頭と心を切り替える。

 今度は、かつての眷属を呼ぶ。目覚めた時に決めたことだ。

「……来て、くれるかな……?」

 でも、怖い。私は一度、彼等を捨てた。私を追い立てる世界に一矢報いるために、彼等の思いを無下にしてしまった。こんな身勝手な私のところに来て、もう一度傍にいてくれるだろうか。
 不安だし、罪悪感もある。それでも……一度だけでもいい。彼等に会いたかった。

 一度固く閉じた目を開き、右手を前へ突き出す。

「我は榊奈桜の転生体――名をチハル。我が式神よ、かつて交わしたちぎりを手繰たぐり、我がもとへ来やれ」

 朗々ろうろうそらんずるように唱えれば、地面に大きな幾何学模様な魔法陣が生じる。
 まるで陰陽道の象徴である太極図と八卦はっけ、そして太陽と月を組み合わせた魔法陣だ。
 前世と全く同じ陣に切なさが込み上げ、最後にそっとささやくように――

「――柊。――梓」

 名前を、つぶやいた。

 途端に目映く光り輝く魔法陣。夜の闇を引き裂くような強さで、思わず目を閉じる。
 ふっと光が消える。恐る恐るまぶたを上げれば、そこには懐かしい姿の男女が立っていた。

 純白の髪と同じ狐耳に四本の尻尾を持つ、天狐てんこの柊。

 長いプラチナブロンドと同じ鳥の翼を持つ、ぬえの梓。

 柊が紫紺しこん、梓が漆黒の瞳を開眼させると、私の姿をそれぞれの眼に映す。
 途端に瞠目どうもくする二人。変わらない驚き顔に、涙が込み上げてきた。

「久しぶり。柊、梓」

 涙声とともに笑えば、二人はぐっと息を詰めて……。

「奈桜!」

 真っ先に駆け出して私を抱きしめたのは、梓だった。
 出遅れた柊は右手を伸ばした状態で固まってしまったけれど、ごめん。少し待って。

「奈桜……! 嗚呼……やっと会えた……!」
「……ごめんね。呼ぶの、怖がって」
「いいのです。私は、貴女がすこやかでいてくれれば、それで……」

 母親のような梓らしい言葉に、変わらないなぁと笑みがこぼれる。
 抱きしめ返して梓の頭を撫でて、しばらくするとはなすすった梓が離れた。

「……お変わりない姿ですね」
「うん。ちょっと異常だけど、良かったよ」

 前世と同じ容姿なら嬉しい。前世の私、結構な和風美人だったから。
 小さく微笑んで、今度は柊を見上げる。

「一緒に生きる約束、破ってごめん」

 前世の私は、式神の契約する時に約束した。


 ――「わたしがしんじゃうさいごまで、ずっといっしょにいようね」


 五歳児が言う言葉じゃないけれど、約束したのだ。
 なのに私は、その約束を残酷な方法で破ってしまった。

 謝罪を口にすると、柊はグッと息を詰めて、私の頬を引っ張った。

「いひゃいっ!」
「今回はこれで許してやるが、次にたがえるようならしばってでも生かす。いいな?」
「ひゃ、ひゃい」

 め……目がマジだ。

 柊の恐ろしいものを垣間見かいまみた私は背筋が凍った。
 反射的に返事をすると、柊は深く息を吐き出して私を抱き上げた。
 前触れのないそれに、「わっ」と驚いてしまう。

「奈桜……いや、今はチハルだな。もう一度俺達と契約しろ」
「……いいの?」

 彼等と契約したい気持ちは今も変わらない。
 でも、怖い。また二人を苦しめないか。

 私は脆弱ぜいじゃくな人間で、彼等は妖怪。――否、異世界へ渡ったことで精霊へ変わった。
 前世は寿命の違いを考えずに契約したけれど、今は違う。死による別れの痛みを知ってしまったから……。

 も言えない感情にさいなまれる。しかし、柊はそれを払拭ふっしょくしてくれた。

「僅かな間だったが、榊奈桜と共に生きた時間は鮮烈だった。ただ苦しいだけではない。楽しかったことも、嬉しかったこともあった」

 初めて聞く、柊の想い。
 七歳以降からの九年間は陰惨いんさんだったから、そう感じてくれていたなんて思わなかった。

「そこにある後悔はただ一つ。奈桜が苦しんでいるのに救えなかった、己の無力さだ」

 悲しみをたたえた眼差しで私を真っ直ぐ見据える柊の思いが、痛い。
 心に突き刺さるほど、苦悩を滲ませた表情に泣きたくなる。

「……無力じゃない。私は……柊と梓がいたから、あそこまで頑張れたの。二人がいなかったら、私は早々に死んでいた」

 あの生き地獄の中で、ただ息をするだけの存在としているのは嫌だった。
 だけど、私には柊と梓がいた。それだけでも私は救われたのだ。

「悪いのは、耐えきれなくなった私の弱さ。だからそれ以上、自分を悪く言わないで」
「……その言葉、そっくりそのまま返してやる」

 願うように柊の頬に触れて言えば、柊はシニカルな笑みを見せた。

 確かに、これは私にも言えることだ。
 なら、私は自分を責めるのをやめよう。難しいかもしれないけど、この件に関しては、私達が悪いわけではないのだから。

 私は柊に小さく笑い返し、決意する。もう一度、彼等と契約しよう――と。

 右手の親指の腹を犬歯で切る。ガリッという音と痛みと、鉄っぽい味がした。
 親指から溢れ出る血を、柊の額に押し付ける。柊も同じように、私の額に血を付けた。


「我が名はチハル・サカキ。なんじ、ヒイラギを我が眷属にくだす」

「我が名はヒイラギ。契約主、チハル・サカキの眷属に降る」


 互いがおごそかに唱えると、温かなものが私の中に溶け込む。
 ここで誓約を盛り込むこともできるけれど、私達家族≠ノは不必要。


「式神契約、ここに完了とする」


 心地良い霊力……否、魔力を感じつつ締め括ると、私と柊の額についた血判けつばんが消えた。
 胸の中心に熱いものを感じた。これで契約印が浮かんだはず。
 成功してほっとした直後、ヒイラギ――今後はそう呼ぶ――が私のシャツのボタンを外す。

「えっ! ひ、ヒイラギ?」

 突然のことに赤面しかけると、第二ボタンまで開けて私の胸部を見た。

今生こんじょうは桜のようだな」
「え? ……あ、本当だ」

【式神契約】を行うと、契約印≠ニいうあざが胸に浮かび上がる。
 今世の契約印の形は桜だった。ちなみに前世は、稲荷神の神紋である抱き稲。

 ……それよりヒイラギ、なにナチュラルに服をはだけさせるの。他人がいたらどうするの。しかも、今の私は幼女。客観的に見て犯罪臭が……。

「つっ……!」

 その時、バシッと痛い音が響いた。
 驚いて顔を上げると、梓がヒイラギの頭を叩いて私を奪い取った。

「チハルになんてことを……! いくら今が子供だとしても、チハルは女性なのに!」
「何も叩くことはないだろう……」
「自業自得です!」

 怒ってしまった梓に思わず苦笑してしまう。
 まあ、このまま怒ってばかりだと大変なので、私は血が乾かないうちに梓の額に親指を押し付けた。それに気付き、梓も指を噛み切って私の額に擦り付けた。


「我が名はチハル・サカキ。汝、アズサを我が眷属に降す」

「我が名はアズサ。契約主、チハル・サカキの眷属に降る」

「式神契約、ここに完了とする」


 これでヒイラギと同じく、アズサとも契約を交わした。
 契約印という通り道パス≠ゥら二人の魔力を感じ取り、ほっと安心する。

「……あれ?」

 と、ここでアズサから魔力だけではない力を感じた。
 正確には、ヒイラギと同じ二つ≠フ力が通り道パス≠ゥら流れ込んでくる。

「どうしました?」
「アズサ……神力、持っていたっけ?」

 神力――文字通り、神格が有する力。
 ヒイラギは天狐という神格化した妖狐だけど、アズサは鵺だ。神格の力は持っていなかった。

 疑問を口にすると、アズサは納得した顔で頷く。

「こちら=c…精霊界の女神から、私は天位の位階だと言われまして。位階の影響で、私も神力が覚醒したのです。ちなみにヒイラギは神位です」

 思わぬ位階に驚く。
 ヒイラギが最上位の神位で、アズサが第二位の天位だなんて。精霊となった二人と契約したからか、私が保有する神力も増えているし。

 ……あれ、もしかして私、最強?