魔女見習いの日常


 魔女のフィロメナと古代族のネヘミヤに拾われ、三日間の昏睡こんすいから目覚め、翌日。

 フィー姉さんに誘われて、彼女の書斎しょさいに入る。
 ――書斎の中は、意外と汚かった。
 専門書のような分厚い本と、文字や図案を書いた羊皮紙の山。壁際には置時計や、粉や液体の薬などが入った大小様々な瓶、地球儀のような小型模型を置いた棚、壁に貼られている魔法陣を描いた紙。――いろんなものが乱雑に置かれていた。

 綺麗に整頓されているのかと思っていたから、軽く衝撃を受けた。
 当たり障りない言葉で表現するなら、魔女の書斎と言うより科学者の書斎みたいな感じだ。

「シーナ、君は根源の始終しじゅうにずっといた。それは間違いないな?」
「始終……あぁ、うん」

 あの虚無の海のことを言っているのだと理解して頷く。

 フィー姉さんは椅子の上にある羊皮紙を片付けて、私に座るよう促した。
 私が座ると、フィー姉さんも立派な机の付属であるソファー椅子に座って、真剣な表情で私を見据える。

「根源の始終は、私達魔女や一部の魔術師が追い求める究極の知識だ。シーナはあらゆる原因を生み出す世界の縮図を観て、称号を得た。なんていう称号だ?」
「えっと……【根源の観測者】。同時に《知識獲得リーディング》っていう、世界の記録層に意識を繋げるギフトを手に入れたよ」
「……アカシックレコードか」

 この世界にもアカシックレコードという概念の専門用語がある。知った時は驚いたなぁ。

 軽く握った手を口元に当てて考え込むフィー姉さんをじっと眺めていると、転生初日に会得したスキル《鑑定》が勝手に発動した。



名前:フィロメナ
年齢:318
種族:人族
職種:【魔女】
属性:【火】【水】【風】【地】【光】
体力:B
魔力:S
攻撃:A
防御:B
幸運:A
状態:□□□
罪科:□□□
恩恵:【創造神の祝福】【精霊の加護】
称号:【神の愛娘】【創生の魔女】
ギフト:《精霊眼》《幸運》
スキル:《気配感知:B》《魔力感知:B》《錬金術:S》《調合:S》《魔道具マジックツール製作:S》《解析かいせき:A》《演算:A》《並列思考:A》《並列演算:A》《並列魔法:S》《栽培さいばい:A》
契約:不死鳥アムルゼス



 フィー姉さんのステータスを見てしまった。
 プライバシーの侵害……! ていうか長生き! 人族でも魔力を持つと、こんなにも長く生きるの!?

 衝撃的な事実に唖然あぜんとしてしまったけれど、スキルを見て興味が湧く。
 錬金術と調合と魔道具製作かぁ……私もやってみたいかも。私は科学者でも工学者でもないけれど、創作意欲はある。この世界でいろんなことを試して極めてみようかな。
 まぁ、それは後にして、スキル《鑑定》をやめてフィー姉さんに声をかける。

「フィー姉さん。根源の始終って、どんな考察をされているの?」
「ん? あぁ……。世界創世の原因となった根源の始終は、『神』、『輪廻』、『太極』……いろんな言葉で考察されているが、答えに至った者はいない。私は『虚無』だが……シーナはどんな答えを出したんだ?」

 様々な答えが出てきたけれど、フィー姉さんの方が私の答えに近い。
 興味津々に訊ねるフィー姉さんに、私は答えた。

「『欠陥』だよ」
「……欠陥?」

 思わぬ答えだったようで、目を丸くした。

「フィー姉さんの考察は合っているよ。根源の始終は、気が遠くなりそうな虚無だった。けど、私は欠陥品の虚無だと感じたよ」
「欠陥品の虚無……どういう意味だ?」

 眉を寄せて解らないという顔になったフィー姉さんに、私の考えを教える。

「虚無はね、何も感じない、何も思えない……何も得られないモノなんだ。それを認識して感じて理解してしまうと……それはもう虚無じゃなくなる。それに、虚無から生み出されるモノなんてない。何もないのに、有を生み出せるわけがない」

 まぶたを閉じて、自分の考えを纏める。

「でも、欠陥品なら宇宙という空間を生み出せて、時間を生み出せて、星という命を生み出せて、命の死ができて、輪廻という命の循環ができて、進化や退化が繰り返されて、概念が作られて、時間とともに、あらゆるものが無に還る」

 この循環が根源の始終だと、私は感じた。

「これが、私の考える根源の始終だよ」

 そっと目を開いて再びフィー姉さんを見据えると、彼女は取留めがないほど呆然としていた。

「フィー姉さん?」
「……だからシーナは、根源の始終の中で正気でいられたんだな」

 何かに納得したフィー姉さんを不思議そうに見つめて小首を傾げる。そんな私に苦笑したフィー姉さんは、机にある分厚い書物を取った。

「魔女は独自の技術を編み出す者でもあると言ったな?」
「うん」
「その魔女に、シーナもなってみないか」

 突然の誘いに目を丸くする。

「私が……魔女に? え、なれるの?」
「おそらくな。独自の技術を編み出せて初めて魔女と言える。私は魔道具や魔法薬を開発したから【創生の魔女】と謳われるようになった。他にも【創薬そうやくの魔女】、【豊穣ほうじょうの魔女】、【哲学の魔女】もいる。この屋敷の庭の植物は、【豊穣の魔女】の技術を用いて育てている」

 魔女は功績を下に魔女の称号を得る。
 前世から創作物が趣味だったからか、冒険心をくすぐられてワクワクしてきた。

「シーナはまず、言語と魔術を基礎きそから学ぶことだ。その後に魔法陣の意味や解析の手順……。覚えることは沢山あるが、やれるか?」
「――やる」

 魔術を極め、新たな技術を開発する者が魔女と謳われる。それが凄く格好良いと思った私は、きっと中二病なのだろう。まぁ、ファンタジーの小説を書いていた時点で中二病なのだけれど。

 とにかく今後の目標が見つかった。新しい生きる意味に向かって頑張ろう。

『やっと方針が決まったのね』

 フィー姉さんから分厚い本を受け取って、早速自室で勉強しようとした時、柔らかな声を感じさせる穏やかな念話が聞こえた。驚いて横を見れば、美しい女性が立っていた。

 膝まであるロングストレートの金髪に、若干垂れ目で穏やかに見える黄金色こがねいろの瞳。流麗な輪郭の小顔に似合うピンク色の唇。フィー姉さんほどの背丈。女神のような美貌を持つ彼女が纏う服は純白のドレスで、レースが付いたベールを頭に被っている。

 美しい彼女から、シリウスと同じ気配を感じる。

「……精霊?」
『よく判ったわね。そう、私は光の精霊よ』

 世界にたった一体しか存在しない精霊が、目の前にいる。
 シリウスといい、どうして大物の精霊が現れるのだろう。
 目を丸くして不思議に思っていると、光の精霊は右の頬を膨らませた。

『もう、混沌の精霊王と先に契約するなんて。私が先に契約したかったのに』

 大人びた美貌なのに、どこか子供っぽい仕草だ。

 ていうか、え?

「契約って……えっ!? 貴女も私と?」
『なぁに? 混沌の精霊王とは契約しておいて、私とはしたくないの?』
「いや、そうじゃなくて……」

 私と契約したいだなんて、思うわけないでしょう!?
 大体、生前の私は平凡以下の存在だった。そんな私に魅力なんてあるの?

「光の精霊は……どうして私と契約したいの?」

 ありえない現実に、疑問が膨らんで問いかける。
 すると、光の精霊は穏やかに微笑んだ。

『神殿で魔物を倒しても倫理観を捨てない。その優しさに惹かれたのよ』
「……優しくないのに」
「シーナは優しいぞ。せっかくだから契約してあげろ」

 フィー姉さんにまでうながされた。

 ……まぁ、いっか。家族が増えるのは嬉しいし。

「わかった。契約する」
『ありがとう。じゃあ、名前を決めて?』

 期待に満ちた表情で言う光の精霊。光属性だから、綺麗な名前にしたい。
 彼女は美しく穏やかだから、穏やかな光で連想できるのは、星、月……よし。

「セレネ。月って意味があるの。儚い光でも美しく、心を癒してくれる存在。そんな意味を込めてみたの。どうかな?」

 ちなみにギリシャ神話の月の女神の名前でもある。
 由来と意味を教えれば光の精霊は目を丸くして、ふっと穏やかに笑った。

『綺麗な名前ね。気に入ったわ』
「よかった。じゃあ、これからよろしく、セレネ」
『ええ。よろしく、シーナ』

 嬉しそうに笑うセレネに感化され、私も笑顔になった。


◇  ◆  ◇  ◆




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