03-02


 この世界の一年は地球と違って少し短いけれど、時間や日付の感覚は同じだった。

 一日が二十四時間。都会に行くと三時間ごとに、六時、九時、十二時、十五時、十八時、二十一時の六回に分けて時間を知らせる鐘が鳴る。

 一週間が七日間。曜日は、無曜日、火曜日、水曜日、風曜日、地曜日、光曜日、闇曜日。闇曜日は一般的に休日だが、学生などは光曜日も休みになる。

 一ヶ月が四週間で、二十八日間。一年が十二ヶ月で、三三六日。新年が一月。

 四季は三ヶ月ごとに変わるので、春は三月から五月、夏は六月から八月、秋は九月から十一月、冬は十二月から二月。

 地球と似ているところがあって安心したけれど、日付を知るためのカレンダーがない。時計だって魔道具の一つだから、大商人や貴族以外は持たない。
 日付を知るには地属性の力が宿った宝珠ほうじゅ――精霊や神聖な加護が宿った水晶などの鉱物――を使った魔道具じゃないといけない。どれも高価だから、一般では手に入らない。
 でも、日付を知る魔道具を作ったのはフィー姉さんだから、家では日付を間違えることがない。

 そんな常識を学びながら、フィー姉さんから魔術を学び始めて約一ヶ月で基礎が終わり、初等魔術を始めた。
 基礎は生活に使われる魔術だから簡単だった。初等魔術は身体強化に必要なコントロールの仕方や、四種類もある身体強化の扱い方、魔術に使う基本的な言語の暗記。

 この世界の言葉は、イタリア語とフランス語が混ざったような発音が特徴的で、文字もイタリア語とフランス語の特殊な単語が混入している。唯一の救いは、英語と違って文字数が少ないこと。

 しかし、複雑な日用会話と違って、魔術に使う基本的な言語は英語。

 ……チェンジ、お願いできないだろうか。


 最初は「あ。無理だ、これ」と思った。けれど、ギフト《言語理解・会話》のおかげで読み書きができ、ギフト《総合限界突破》のおかげで理解するたびに簡単に吸収した。
 混沌の精霊王であるシリウス、光の精霊であるセレネからもアドバイスを貰っているので、今のところつまずいてない。
 恵まれた環境の中で、順調に知識を身につけていった。



 そんなある日、ちょっとした運動もねて森の中を散策さんさくした。
 普段から食卓に出ている肉料理は、ネヘミヤ兄さんが狩っている魔物。
 魔力を多く持つ魔物の肉は絶品だ。魔力が低い魔物はほとんど不味いらしいけど。

 神殿で倒したレッドグリズリーや、先日食べた長く鋭い牙を持つ黒いファングパンサーなどのCランクモンスターの肉も美味しかった。

 私が仕留めた魔物を見たフィー姉さんとネヘミヤ兄さんにかなり驚かれた。あれ以降、魔術だけではなく身体強化を駆使して魔物の討伐とうばつをすることになった。

 スキル《精神強化》のおかげで気分が悪くなることは無くなったし、スキル《身体強化》もランクアップした。ぎ取りも大分慣れて、今ではネヘミヤ兄さんに教わらなくても、熊系や亜人系の魔物の剥ぎ取りを一人でできるようになった。

 剥ぎ取りの基本は全部同じだけど、不安になると魔物図鑑に載っている剥ぎ取りの仕方を見ている。でも、それもギフト《総合限界突破》があるから図鑑を見て理解すると、すぐに習得できた。

 初めは慣れない血の臭いに酔って吐きそうになったりした。そもそも平和な世界で平凡に暮らしていたのだから、生き物を殺すことも解体することも、この世界に来て初めてしたのだ。スキルのおかげで耐性はついたが、やっぱり倫理観は捨てられない。それでも生きるためだと割り切った。

 今日も心身を鍛えようと、ネヘミヤ兄さんの代わりに私が魔物を狩ろうと森の中を悠々と歩く。

「あ、見っけ」

 遠くの方から気配を感じてスキル《索敵》を行えば、スキル《地図》の画面に赤い点が浮かんだ。敵が赤色のマーク、味方は青色のマーク、宝物は黄色のマークで表示される。これのおかげで楽に魔物を狩れるので大助かりだ。

 世界樹の弓を取り出して向かうと……とんでもない魔物がいた。
 全長四メートル以上もある獅子。でも、ただの獅子ではない。獰猛な赤い瞳と、滑らかだけど硬そうな銀色の体毛を持つ。


【アシエリオン】
 伝説上と謳われるSランクモンスター。刃物のたぐいや攻撃魔術をほとんど受け付けないと言われている鋼の体毛を持つ。ダメージを与えるにはハンマーのような打撃系の武器で強い衝撃を体内に与えなければならない。また、ある種の衝撃波を備えている獅子王ししおう咆哮ほうこうと呼ばれる雄叫びをまともに聞いてしまうと鼓膜こまくが破れ、平衡へいこう感覚を失ってしまう。目撃例は極めて少ないのは、遭遇した者のほとんどが殺されているからだ。


 以前、魔物図鑑で読んだことのある凶悪なモンスターであることに戦慄せんりつが走る。それでも表情筋が引き攣るだけで手足が震えないのは、スキル《精神強化》のおかげと場馴れからくる余裕、思いついた突破口があるから。

 緊張を解すために静かに深呼吸して、凛と前を見据える。

『〈多重結界〉』

 アシエリオンの周囲に、内側から一枚目は反響、二枚目は防音、三枚目は保険の結界を張る。

『〈音域支配レジスタードミナント〉』

 更に外側に空間魔術を発動し、音を遮断しゃだんする。瞬間、大気にその影響が及ぼされ、半径一キロメートルの領域が震える。

 結界に閉じ込められたことに気付いたアシエリオンは獅子王の咆哮を使う。しかし、あらん限りの咆哮が結界内で反響し――アシエリオンの耳から血が噴き出た。同時に衝撃波が結界内に充満して、アシエリオンの口から血がこぼれる。
 みずから鼓膜を破壊し、体内を攻撃し、平衡感覚を失う。

『〈解除〉』

 このチャンスを逃さず結界を解いて、弓を構えてつるを引く。すると弓は私の魔力を吸収して、矢を構成した。

 様々な属性を付与できる魔力の塊だけれど、今回は通常の矢で十分だ。

 本物の矢をつがえるように構え、標準を合わせ――手放した。
 まるで閃光の如く放たれた矢は的確にアシエリオンの口に入り、体内を貫通する。
 内部を貫かれたアシエリオンは白目を剥き、地響きを立てて倒れた。

「やった……!」

 まさかここまで上手くいくとは……私の作戦も捨てたものじゃないかも。

 ――スキル《戦術》を習得しました――


 新しいスキルを手に入れた。
 満足して結界を解除してアシエリオンの死体をギフト《宝物庫》に入れて、他の魔物……ファングパンサーと、テイクオーストリッチという鳥類のDランクモンスターを狩って終わった。

「おかえり、シーナ。今日は何を狩ってきたんだい?」

 数時間で帰宅すると、家から少し離れた所にある鍛冶場の方からネヘミヤ兄さんが訊ねた。
 手拭で汗を拭いているところを見て、新しい武器を開発していたのだろう。

「えっと……アシエリオンとファングパンサーとテイクオーストリッチ」
「……ちょっと待って。今、聞き間違えたかも。アシエリオンって……言った?」
「うん」

 やっぱり信じられないか。
 《宝物庫》からアシエリオン、ファングパンサー、テイクオーストリッチを出すと、ネヘミヤ兄さんはあんぐりと口を開けた。

「……どうやって?」
「特殊な結界を張って獅子王の咆哮で自滅させて、口の中を魔力の矢でたの。状態がいいのはそれがあるから」

 唖然、呆然とするネヘミヤ兄さんの気持ちは解る。私ってとことん規格外きかくがいなのだろう。

「ネヘミヤ兄さん。これで防具とか作れる?」
「……それより剥製はくせいにした方が高く売れるよ。いいかい?」
「いいよ。いらないし」

 あっさり言うと、ネヘミヤ兄さんは苦笑いをこぼした。

「ははは……。でも、お金は山分けだからね。きっとこれ、王金貨以上の価値があるから」
「ん」

 頷いて、私はファングパンサーとテイクオーストリッチを解体小屋で剥ぎ取りをして、今日の夕飯のためにフィー姉さん特性の魔法薬で熟成じゅくせいさせる。

 一般的な肉はそのまま食べると固くて生臭いままだから、普通は数日置いて熟成させる。けれどフィー姉さんが作った魔法薬のおかげでその日に食べることができる。
 魔力を多く持つ魔物はその日に食べても芳醇ほうじゅんな味わいがあって問題ないけれど、少し熟成させるだけで味が違ってくるのだ。


 この世界には治療薬と魔法薬の二種類がある。治療薬はどんな深い傷や毒や麻痺をも治し、魔法薬は魔力の回復、毒や麻痺を与えることに使う。
 フィー姉さんが作る魔法薬は特殊で、先程説明した熟成魔法薬の他に、腐食ふしょくさせる魔法薬、低級の魔物が寄ってこないように周囲に撒く魔物除けの魔法薬、身体能力を一時的に強化する魔法薬などを開発した。

 けれど、本業は魔道具の製作。実はフィー姉さんが最初に魔道具を作った人。
 数々の魔道具を開発しているため、フィー姉さんは【創生の魔女】と謳われている。
 そんな凄い人が私の師匠だと初めて知った時は驚愕したなぁ。






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