03-03


 解体作業を終わらせて、新しい魔道具の考案がひと段落したフィー姉さんと夕飯を作る。
 ネヘミヤ兄さんが戻ってきて、団欒だんらんとした夕飯を過ごしていると、ある話題に入った。

「――それで、新しい魔武器を考えているんだけど。フィロメナ、何かないかい?」
「そうだな……。氷と雷の複合属性を合わせた武器はどうだ? どちらも水と風を使うから切り替えも自由だ」
「残念ながら、それは数年前に作って同族に売ったよ」

 食後のお茶を飲んでいる私は、二人の話に興味を持って聞く。

 私達以外の古代族って、どんな人だろう。私より年上なのは当然だろうけど、少し気になる。
 ネヘミヤ兄さんは、フィー姉さんより年上。外見年齢は二五歳なのに、実年齢は……なんと三五二歳。創造神ディオン様が創った古代族という種族の中では若い方らしい。

 ここで、あることを思いついた。

 古代族は神の愛し子、神の愛娘の称号を持つ。それは創造神と女神のどちらかの一部を持っているからだ。一般人でも彼等から恩恵を授かるけれど、古代族ほどではない。
 彼等の恩恵を受ける者は、神力という神に等しい力を持っている。それを知り自在に操れるのは古代族と魔女のみ。その神力を使って、魔武器じゃないものを作るのはどうだろう?

「兄さん、神剣を作ったことある?」
「何だい、それは」
「神の武器だよ。私のいた世界の神話に出てくるの。不滅ふめつの刃や伸縮する刀身を持つ神剣、雷を纏って放つつちや槍などがあってね」

 説明すると、ネヘミヤ兄さんは苦笑した。

「そんな大それたこと、できると思う?」
「できると思うよ。だって、古代族は神力を持つから」

 神力の存在を思い出させると、ネヘミヤ兄さんは目を丸くした。

「魔力と相性のいいミスリルがあるんだし、神力と相性のいい鉱物があればできるんじゃないかな? オリハルコンとかアダマンタイトとかの頑丈な鉱物以外に、精霊や神様の加護が宿った宝珠みたいな鉱石とか。あ、ミスリルと練り込んでみるのはどうかな?」
「――それだ!」

 考えを声に出してみれば、ネヘミヤ兄さんは目を輝かせて身を乗り出した。
 新しい玩具を見つけた子供みたいな顔だ。こんなネヘミヤ兄さん、初めて見るかもしれない。

「確かにそれなら作れるはずだ……。ありがとう、シーナ!」
「どういたしまして」

 お礼を言われて嬉しくなって笑顔で返す。

「シーナは凄いな。そんな発案、私も初めて聞く。やはり魔女の素質があるな」

 興味深そうに褒めてくれたフィー姉さん。認めてくれているって判る言葉にくすぐったくなってはにかんだ。

「ありがとう、フィー姉さん。もっと頑張るよ」
「だが、無理はするな。体調を崩しては元も子もない」

 ん、と頷いて、少し冷めたお茶を飲み干した。


 それから数週間で、ネヘミヤ兄さんは神剣を完成させるのだった。


◇  ◆  ◇  ◆



 この世界に転生して約一年。中等魔術と高等魔術を全て身につけた。

 中等魔術は一般的な攻撃魔術、防御魔術、補助魔術、魔力障壁の習得。
 魔力障壁は魔力のみで作る盾で、結界に似ている。結界との違いは周りを囲むか囲まないかだから、これは案外簡単に習得した。

 あとは私なりにアレンジを加えて、属性を付与してそれぞれの属性の攻撃魔術を防ぐ方法も身につけた。火なら水、水なら地、地なら風、風なら火という具合に、属性のサイクルを利用して。かなり心理戦になるけれど、スキル《戦術》が達人にまで昇格した。

 高等魔術は独自の魔術、魔法陣の解析と独自の魔法陣の作り方、概要がいようや理論などを文章にするための学力向上、魔道具の組み上げ方の研究など、学者のような知識の習得。
 約半年で合格を貰って、ようやく魔法薬と魔道具の製作のために必要な錬金術と調合などの手解きを受けている。

 フィー姉さんが作り出した魔法薬と魔道具の技術を半年ほどで習得して、現在は新しい魔術と魔道具を開発している。
 魔術の方はすでに作っている。既存きそんより効果的で強力な攻撃魔術、攻防一体の魔術、防御魔術、先程言った属性魔力障壁、魔法陣を使った遠隔魔術など。

 魔術に関しては才能があるようだ。元から想像力が良いし、発想力も人一倍だと自負している。
 ただし前世では理解されにくいのが難点だった。けれど転生してフィー姉さんの教育のおかげで語彙力ごいりょくが改善された。

 そして、先日完成した魔道具は――

「これは……便利だな」

 携帯電話ならぬ、携帯通信魔道具。

 この世界には電話と同じ機能を持つ通信魔道具がある。透明感のある水晶玉みたいな外観で、通話相手や近くにいる相手を映し出せる性能を持つ。ただし大きい上にかさ張り、しかも高価ということから貴族や商人などの建物に一個のみ置かれているらしい。

 大型だったら魔力を多く消費する。中型だったら魔力は少しだけ抑えられる。けれど魔力の量が少ない人は使えないし、量が多くてもすぐ疲れるから通話時間も短い。

 それを改善させた物が、携帯通信魔道具。

 フィー姉さんが作った通信魔道具と違い相手の姿が映し出されないが、消費魔力は極小、魔力を記憶させた相手の魔道具と接触させることで魔力を記録させ、通信帳に登録できるためかさ張らない。しかもアクセサリーとして身につけられるので凄くお洒落しゃれ

 欠点は、魔力を流すために肌に触れる指輪、腕輪、ピアス、イヤーカフなどになってしまう。そして、最初に登録した魔力の影響で所有者以外使えない。悪用されない点で考えれば、携帯電話より安全だけれど。

 作り方は至って簡単。アクセサリーにつけた特殊な鉱石に〈交信〉と〈送話そうわ〉と〈記録〉の特殊魔術と錬金術と数術を重ねた魔法陣を刻むだけ。通常、魔術の重ね掛けには法則性があるため困難を極めると言われているが、私は自分の感覚と想像した理論で楽に完成した。

 現在、作ったものは指輪と腕輪とイヤーカフとピアス。手作業が多いフィー姉さんと、物作りで鍛冶もやっているネヘミヤ兄さんはピアス。私は錬金王の耳飾りの対になるようにイヤーカフ。指輪と腕輪は、フィー姉さんの妹さんと娘さん。

 フィー姉さんはネヘミヤ兄さんと結婚しているのだ。そのため、古代族の娘さんがいる。そして、一年前に聞いた【創薬の魔女】――彼女が妹さんらしい。世間では【創生の魔女】の対になる魔女と言われているのだそうだ。彼女達の分も作って、今はフィー姉さんに預けている。

 そんなこんなで完成した携帯通信魔道具を試しに遠くにいるネヘミヤ兄さんと使っているフィー姉さんは、感嘆の吐息をこぼした。

「――ああ。シーナは元の世界の通信手段を元に作ったらしいが……――ああ、そうだな。充分すぎるほど私の後継者になってくれた。あとは私を超えるオリジナルの魔法薬が作れたら完璧だ」

 ネヘミヤ兄さんと話しているフィー姉さんの言葉に驚いた。

 フィー姉さんの言葉が本当なら、魔道具に関しては彼女を超えたことになる。確かに携帯通信魔道具の他に魔力認証型の鍵付きの箱――アテストボックスを作った。あれは魔力を記憶するムネーメー鉱石を使わなければいけない。けれど、その手順が難しい。一般的に本当の意味で流通していないムネーメー石は、触れた者の魔力を一度だけ認識し、半永久も記憶するからだ。

 触れた者の魔力を記憶する。それはつまり、特徴的な魔力に触れた瞬間に意味を失くす。
 ムネーメー石は魔力を記憶すると、触れた者の魔力の色に染まる。魔力量や質によって色の純度も変わる。そのため、魔力を判別する鉱石と一般的に言われている。
 触れた者の色に染まっていない場合、自分自身の魔力の属性を簡単に判別するために使われ、自分の魔力の色に染まって判明すると捨てられてしまう事例ケースが多い。
 本当の意味をギフト《知識獲得》で知った私は、それに着目して魔力認証の鍵を発明したのだ。

 まず、ネヘミヤ兄さんに魔力を遮断する手袋を作ってもらって、その手袋を用いて全て手作業で作った。
 錬金術を行使するための魔法陣を発動させるためには魔力を使うから、使ってしまえば意味を失う。先に金具と箱を錬金術で作るのもいいけれど、それに宿った魔力に反応する、なんてこともあったので迂闊うかつにできない。だから根気を強く持って作らないといけない。

 結果、成功した。歴史的発明になったとフィー姉さんからも絶賛ぜっさんされた。

 イメージとしては、ムネーメー石は個人にしか使えない指紋認証ならぬ魔力認証の鍵だ。
 鍵の機能は、やはり魔法陣によって付与しなければならない。その時は自分自身で魔法陣を発動して鍵の機能と同時に自分自身の魔力を記憶させる。
 回りくどいけれど、これが最良の手順なのだ。

「ムネーメー石の真価は、まだ誰にも話すな。これはシーナが見つけたことだ。彼女の手柄を横取りするなんて言語道断だからな。――そうだな。秘匿するかはシーナの自由だ」

 楽しそうに話すフィー姉さんは、ネヘミヤ兄さんと十分ほど言葉を交わして通信を切った。

「ふぅ。本当に便利だ。消費した魔力もほんの僅か。リストに登録した相手を簡単に選択して話せる。念話ではないのは、無駄な思考を読ませないためだな?」
「うん。念話だと思ってることが全部駄々洩だだもれになるから。手順としては、リスト化するための数術、次に特殊魔術の応用を二つ、全体を馴染ませる錬金術を込めた魔法陣で固定。魔法陣は、記録能力の文字を内側に、接続の文字を間に、数術の文字を外側に、調和の意味がある六芒星ヘキサグラムを描く。全体を包容するためには、必然的に調和で囲まないといけないでしょう?」

 この知識はフィー姉さんが叩き込んでくれたこと。おかげで魔法陣の仕組みも組み立て方も学者並みに理解することができた。

 ……本当に、変わったなぁ。

「……シーナ?」
「なぁに?」

 暗くなりかけた表情を、無理な明るさではなく、穏やかな微笑みに変える。

 人は無理に明るく振る舞うと、余計な心配をかけてしまう。その心理は前世でよく理解していた。

「……いや、何でもない」

 私の表情にフィー姉さんは気の所為だと思ったのか追求しなかった。


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