03-04


「ところで、本当に一人で大丈夫なのか?」
「うん。もうあそこは数百年……いや、数千年も正常な循環地でいられるってセレネも言っていたし。道は覚えているから大丈夫だけど、念のためにセレネが傍にいてくれるし」
「だからと言ってシリウス殿を私の案内役にするなんて……。それこそシーナに必要だろう」

 程良い風によって、腰下より更に伸びた髪が後ろへ流れるように泳ぐ。
 ……本当ならもっと、ぶわぁっと来るはずだけれど。

 現在、私はフィー姉さんとともに空の旅をしていた。
 フィー姉さんと契約した聖獣――不死鳥の類に入るアムルゼスのフィネスに乗って。

 大船や三頭の像を鷲掴みにして飛ぶことができるほど巨大な純白の鳥。ロック鳥より荘厳も美しい彼は、フィー姉さんと契約したため様々な魔術を得意とするようになった。

 体を通常の鷲と同じくらいの大きさに変える魔術や念話、今も乗っている私達が空気抵抗で吹き飛ばされないように、割った卵の半分と同じ丸みを帯びた魔力障壁で守ってくれている。彼のおかげで、私達にかかる風による負担はほぼゼロ。安全に飛行できるから不安はない。

 頼りになるフィネスに乗って向かう先は、古代族の遺跡にある神殿。
 私が初めて神界から降り立ち、初めて冒険した場所。

 どうして神殿に向かっているのかというと……。

「私はただ地階に行くだけだからね。フィー姉さんは神剣をディオン様に捧げないといけないでしょう? それを考えると、ディオン様の分身体であるシリウスが適任だよ」

 私は地階にある魔法陣をよく見てないし、魔法陣の知識を得た今の私なら理解できると思った。

 対するフィー姉さんは、ネヘミヤ兄さんのお使い。
 ネヘミヤ兄さんは創造神ディオン様と同じ髪の色を持っている。ディオン様は淡い金髪だから、彼と同じ髪の色を持つネヘミヤ兄さんは古代族だと同族に一目で判ってもらえる。

 そんなネヘミヤ兄さんの夢に、ディオン様が現れた。
 古代族は創造神と女神、それぞれの色や一部を持つ。それを知るために、幼少期から少年期の間に創造神と女神がそれぞれの古代族の夢に現れる。その瞬間から、古代族は神と夢で繋がることがある。といっても、一方的だけど。

 私の発案で、ネヘミヤ兄さんは神の武器を作った。そして、史上初のこころみに成功したことを知ったディオン様から依頼を受けたそうだ。

 依頼は、炎の神剣を作ること。達成したら神殿に行って魔法陣の中心に置き、神界に送る。
 本来なら古代族がいいけれど、ネヘミヤ兄さんは過労で倒れてしまったから、フィー姉さんが代理で向かうことになった。

 ついでに私も同伴どうはんさせてもらった。
 第一の目的は神殿の地階へ行くこと。
 第二の目的はシリウスと連絡を取りやすくするため。

 精霊は契約者と離れていても、契約者の意思が届くと魔力を得て、魔法を行使する。
 シリウスは精霊王でディオン様の分身体だから魔力の消費は問題ないけれど、現状報告をし易い状態がいい。ディオン様に神剣を送ることも鑑みて、フィー姉さんにシリウスをつける方がいいと判断した。

 私の説明にフィー姉さんは最終的に納得してくれた。その頃に、神殿の前に降り立った。

「ありがとう、フィネス」
『我はフィロメナの指示に従ったのみ』
「それでも乗せてくれたことに変わりないから。――シリウス、セレネ」

 小さくなってフィー姉さんの肩に乗ったフィネスの頭を撫でて、シリウスとセレネを呼ぶ。すると、地面に浮かんだ二つの魔法陣から光が生じ、淡く消えると同時にシリウスとセレネが現れた。

『やっとだね。セレネ、シーナを頼むよ』
『言われなくても。さあ、シーナ。行きましょう』
「うん。フィー姉さん、また後で」

 事前に打ち合わせしていたため、シリウスはフィー姉さんにつき、セレネは私についた。

 先に神殿へ入り、スキル《地図》を使って進んで地下へ続く階段を下りる。
 綺麗に整った床に足をつけると、地下は清浄な空気に満ちていた。それどころか、ヒカリゴケが天井に生えている。
 以前は生えておらず、スキル《暗視》がないと真っ暗で何も見えなかったのに……。

「前と全然違う……」
『それはそうよ。シーナの強力な神聖魔法は、半永久と言っていいほど効果があるもの』

 確かに『永遠の』という意味があるラテン語を含めて使ったけど……そこまで効果が発揮されるなんて思うわけないでしょう。

『きっと無意識に古代魔法を使ったからかもしれないわね』
「……古代魔法?」

 聞いたことがない魔術……否、魔法の存在に首を傾げると、セレネが説明してくれた。

『数万年前から七千年前までの間に使われた、当時魔法と呼ばれた魔術のことよ。発音や単語が難しいから言語を変えて、今の魔術という名称に変わったの。しかも古代魔法は神力を持つ人だけが操れる特別な術だったから、万人ばんにんが使えるものじゃなかった。だから史上初の魔女――【語源ごげんの魔女】が、現在の魔術を作ったのよ』

 へえ、と相槌を打って、ハタと気付く。

「その魔女は地球から転生したの? それとも転移されたの?」
『どうしてそう思うの?』
「だって……魔術の言語が、地球にあった万国ばんこく共通語だったから」

 可笑しいと思っていた。
 どうして異世界なのに魔術を発動する魔術名が英語なのか。
 どうしてイタリア語とフランス語に使われる単語が、この世界の共通語なのか。
 地球から来た人が作ったと考えるとしたら辻褄つじつまが合う。

 私の真剣な眼差しに、セレネは面白そうに笑った。

『察しがいいわね……。そうよ。エリーゼ様の気まぐれで転移された子なの』

 エリーゼ様といったら、この世界の女神のことだ。
 言葉もしっかりしていない頃に転移されたなんて、かなり苦労しただろうなぁ。

『エリーゼ様は誠実だけれど退屈が嫌いなの。だからこの世界の適性がある異世界人を転生させたり転移させたりして、どう歴史を変えていくのか彼等を楽しみながら見守っているの』
「うわぁ……。それってたち悪くない?」
『でしょう? 今回の神剣も、次にエリーゼ様が転移させる子に授けるために必要なんですって』

 そんなことでネヘミヤ兄さんが倒れるなんて、イラッときた。

 そんなの、自分で作ればいいじゃん。祝福や加護だって与えれば、私のように強かに生きられるはずなのに。……あぁ、精神的に弱い人が来ることを想定すれば、仕方のないことかもしれない。
 でも、やっぱり家族のことを考えると、どうしても不満が溢れてくる。
 神様相手に、こんな理不尽な感情を向けるのは可笑しいと判っているけれど……。

『――着いたわね』

 うだうだと不満を内心で呟いていると、神殿の地階の中央にある広場に出た。
 広大な広場の床は黒い大理石みたいに艶があり、巨大な魔法陣を彫り込んでいる。魔法陣は床に反して白いため、とても見やすい。

 魔法陣に踏み込んで、足元にある記号や文字をじっくり眺める。

「……ギリシャ文字?」

 ここにも地球人が作ったと匂わせる文字が刻まれていた。
 パッと見たら判らないけれど、じっくり見ればギリシャ語に使われる文字と似ている。

 でも、綴り方や単語の組み合わせが少し違うような……と思いながら中心へ向かっていくと、記号の意味と文字の意味が頭の中に入った。これもギフト《言語理解・会話》のおかげだ。

「魔力……武器……魂…………定着……? セレネ、これってどういう意味?」
『そのままの意味。これは約一万年前に、この遺跡を造った古代族が開発した武器創造の魔法陣だから。現代の魔法陣と違って古代語を使っているのが何よりの証拠よ』

 武器創造の魔法陣と聞いて、私はギフト《知識獲得》を行使する。
 検索できるか不安だったけれど、古代語、武器、魔法陣で検索したら出てきた。


魔法:創造術そうぞうじゅつ
詳細:古代族が創った武器創造の古代魔法。創造術の魔法陣に魔力を流し込むことで術者に適した武器や防具が生み出され、魂に定着される。決して壊れないが、壊れた場合を想定して、魂にしまい込んで術者の魔力によって修復される仕組みを組み込んでいる。魔力によって創られた武器・防具の総称は宝具ほうぐ。膨大な魔力を持つ古代族以外の種族が術を発動すれば、魔力が枯渇こかつして命を落とす。創造術に必須ひっすである魔法陣は、各遺跡の地下に隠されている。


 物凄いアイテムを手に入れられるけれど、リスクがある古代魔法。
 理解した私は、自分が古代族で良かったと安堵した。

「――なるほど。つまり、古代族なら死なないんだね」
『そうね。特にシーナは、通常の古代族の三倍も魔力を持っている。詰まる所、竜神に匹敵するほど魔力だから大丈夫よ』

 ……初耳だよ、それ。

 目を丸くしてセレネを凝視すれば、彼女はにこりと笑う。

『せっかくだから、今のうちにやっちゃいなさい』
「……わかった。シリウスにも知らせておいてね」
『勿論よ』

 本当ならフィー姉さんに一言伝えた方がいいけど、神剣を送る儀式があるから邪魔できない。だからシリウスに伝言を頼むことにした。
 ちょっと不安だけど、私だけの武器――宝具を手に入れられるなんてワクワクする。

 魔法陣の中心に立って瞼を閉じ、深呼吸を一つ。

 これに呪文は必要ない。術の名称はあるけど、術を発動させるキーワードである魔術名――否、魔法名も存在しない。
 これは、強い想い――覚悟一つで発動する。

 すぅっと薄目を開き――――魔力を解放した。
 瞬間、魔法陣が目映まばゆい光を放つ。ほとばしる白い光に包まれ、眩しさだけではなく、かなりの速さで魔力を奪われていく感覚に耐えるために目を閉じる。

「――っ……」

 一体どれだけの時間が経っただろう。五分、十分どころではないことは確かだ。

 棒になりそうな足で踏ん張って待ち続け、頭痛や眩暈めまい、息苦しさを覚え始めた。
 まるで、転生から二日目に体験した魔力欠乏の症状のような――。

 とうとう耐え切れなくなって膝をつく。
 次の瞬間、目が焼けそうなほどの光が視界を染め上げ、三つの何かが私の中へ入ってきた。

 その感覚を最後に、意識が途切れた。


1/58

Top | Home