03-05


 ふっと目が覚めたら、我が家の天井が見えた。しかも、私はベッドの中にいる。
 デジャヴだ。そう思いつつ倦怠感に顔をしかめて起き上がると、ベッドの横に横たわっている大きな狼が顔を上げる。

『やっと起きたんだね。気分はどうだい?』
「……大丈夫。何日眠ってた?」
『三日だよ』

 うわぁ、デジャヴ。あれから数分後かなぁっていう体感は当てにならないようだ。

「フィー姉さん、心配したよね?」
『そりゃあね。大切な家族なんだから』

 家族。そう言われて、胸の奥が熱くなった。
 私の居場所はここなんだって、実感できて。

「フィー姉さんなら、ちゃんと解析してからするだろうし。修行し直さないと……」
「ほう、よく理解しているではないか」

 底冷えしそうな声に、ピシッと固まってしまう。
 油をさしていないブリキのおもちゃのように顔を向けると、扉が空いている部屋の前にフィー姉さんがいた。

 据わった目と無表情。そして仁王立におうだちの状態で腕組み。

 ――あぁ、お怒りだ。


「し……心配、おかけしました……」

「全くだ。罰として古代語を習得するまで外出禁止だ」

 ガーン……。宝具、すぐに試せなくなった……。
 しょうがない。古代語を理解できるだけでもラッキーだと思おう。

「今後、こんな無茶をするようなら遺跡に同伴させんぞ」
「はい。すみませんでした」
「……まったく。後でネヘミヤにもしかられろ。今日はファングボアのシチューだが、夕飯を抜かれないように謝れ」
「……はい」

 笑い事ではないそれに強く頷く。

 基本的に穏やかなネヘミヤ兄さんが怒ると、フィー姉さんより怖い。私は怒らせたことはないけど、前にフィー姉さんに怒った時のネヘミヤ兄さんは笑顔で淡々としていたし……。
 温厚な人が笑顔で怒ると迫力があるのだと初めて知った瞬間だった。

 思い出すと今でも背筋が震えそうになる。でも、叱ってくれるということは、私を大切に思ってくれている証拠……。

「……ありがとう、フィー姉さん」
「……何故そこで礼を言うんだ」
「だって心配して叱ってくれたから。フィー姉さんが家族で良かった」

 本当は緩んではいけないのに、頬が緩んで穏やかな笑顔になってしまう。
 そんな私にフィー姉さんは目を丸くして、無理矢理顔をしかめて逸らした。

「…………早く台所に来い」

 頬を淡く染めて部屋から出て行ったフィー姉さん。怒っているのに照れている美人さんって、何だか癒される。

 胸の奥が暖かくなった私は頬を緩めたが、これからの展開を思い出して顔を引き締める。
 ネヘミヤ兄さんのことだから、きっと笑顔で威圧してくるだろう。でも、それは私を思ってのことだから向き合える。
 覚悟を決めて部屋から出て、ネヘミヤ兄さんに怒られに行った。



 フィー姉さんと同じように謝ってお礼を言って、許してもらって食卓に着く。三日振りの食事だったから、いつもより多く食べた。
 宝具については古代語を習得した後に披露することになったけれど、すぐに自室で宝具を調べた。
 セレネ曰く、古代族が創る宝具は一つだけ。それ以上は魔力が足りないからだ。
 けれど私は通常の古代族の三倍もある魔力のおかげで三つも宝具を手に入れた。


悠久ゆうきゅうころも
詳細:羽毛のように軽いが竜神のうろこ以上の強度を持ち、破格の魔術・物理防御を誇る。また、暑いときには涼しく、寒いときには暖かくて快適な着心地を得られる。更に魔力を通すことにより、あらゆる汚れを消去する効果もある。


両儀りょうぎつるぎ
詳細:決して折れることのない不滅の刀身と、あらゆるものを両断する刃を持つ。重量軽減の能力があり、所有者と、所有者と繋がる者以外が持つと本来の重さになる。所有者限定で特殊な魔法を使うことができる。


天譴てんけんの銃】
詳細:破壊力のある魔弾を最大二千弾も連射できる。また、所有者限定で特殊な魔弾を撃てる。


 【悠久の衣】は、シルクより滑らかで羽根のように軽い純白のローブ。
 【両儀の剣】は、長さ約七十センチほどの漆黒の刀身に純白の刃や、純白の革を編み込んだ柄が美しい両刃の剣。
 【天譴の銃】は、地球で言う回転式拳銃リボルバー自動式拳銃オートマチックが合わさったような、漆黒の銃身に純白の十字架が埋め込まれた大型の拳銃。実在する物でげれば、マテバ・オートリボルバー。

 どれもこれも芸術品と表現しても過言ではないけれど、どれもこれも身を護るためのものだ。
 【悠久の衣】は肌触りが良くて気持ちがいいし、【両儀の剣】は地球の神話や伝承にある聖剣デュランダルと魔剣グラムの特性を合わせたような剣だし、【天譴の銃】に至っては異世界に存在しない銃器。

 防具は別として、人前で簡単にさらせない武器だ。実戦に使える日が待ち遠しいけれど……。

「本当に、変わったなぁ……」

 最初は倫理観から生き物の死に抵抗感があった。それでも割り切って魔物を殺せるように精神を鍛えた。

 ……けど、時々怖くなる。このまま私は無情な人間になってしまうのではないかと。
 生きるために殺す覚悟はある。この世界に来て二日目に決意したことだ。
 だが、地球での人としての心を忘れられない。忘れたくない。

 自分の甘さに自嘲じちょうするけれど、これも一つの長所だと言い聞かせて、本日を終えた。


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