04-02


 法界魔術協会の研究員と長々と話した後、次は商業街。しかも医療関連で有名な商会に訪れた。

 この国には、武器や防具関連、魔道具関連、服飾関連、極楽ごくらく関連、医療関連、食料関連といった様々な商会がある。中でも、武器や防具のテュール商会、魔道具関連のマギア商会、医療のアスクレイ商会、食料関連のフレイア商会は四大商会と謳われるほど繁盛はんじょうしている。

 そんな四大商会の一つ、アスクレイ商会の会頭を務めるイアソン・バークレーと特別待遇室で商談していた。イアソンさんは恰幅で、灰色が混じった白い髪が少し後退している普通の男性だ。

「――説明したとおり、これが我が弟子が作った新しい魔法薬だ。説明書にあるとおり難易度なんいどの高い製法だが、効力は強く、大匙おおさじ二杯で二十四時間も持続じぞくする。私も使ってみたが、これのおかげで普段ならできない閃きで既存きそんの魔道具の論理を組み立てられた」
「ほうほう……。副作用はなさそうですが、取り扱いに関しては?」
依存症いぞんしょうを起こすといけないから、一日の効果なら一週間後の間隔かんかくがいいかと。それと、これは覚醒剤みたいなものなので、公式の会議や勝負の時に使わない方がいいです。憂鬱な気分を良くしたいなら別ですが」

 私が説明すると、イアソンさんは興味深そうに黄金色の液体が入った小瓶を観察する。
 イアソンさんが後ろを見ずに肩越しで指を折り曲げると、壁際に立っている男が魔法陣を描いた紙に重ねた紙の上に小瓶を置く。手袋を着けたまま魔力を込めると、紙にSの文字が浮かんだ。

「これは……かなり精度の高い薬ですな。製法の手順もそれほど難しくはない。材料は特殊だが、魔力が多い地域で栽培すれば取り寄せられる。価格は高くなりますが、大匙一杯ほどでしたら高収入の冒険者でも購入できるはず……」

 ブツブツと呟くように言うイアソンさんの目がギラギラと輝いて、結構怖い。まさに獲物を逃がさない肉食獣だ。どれだけ価値のある魔法薬なのか理解した私は、自分の発明品の凄さに驚いた。

「フィロメナ様、シーナ様」

 思考の海から抜け出したイアソンさんが私達に向き直る。

「明日またお越し頂けませんか? お抱えの研究員と薬師に作り方を教授して頂きたい」
「私は構わない。シーナ、いいな?」
「うん。教えるなんて初めてだけど……」
「私にした時と同じようにすればいい」

 簡単に言われたけれど、身内と他人は違うから緊張するんだって。
 文句を言いたくても修行をし直せと言われそうなので口を噤んだ。



 次に向かったのは魔道具を専門とするマギア商会。
 私が考案した携帯通信魔道具とアテストボックスを世に広めるために向かった。
 フィー姉さんのおかげで特別室に案内され、数分足らずで会頭のポーティア・ゲインズと面会できた。ふわふわした藍色の髪に、優しそうな印象を与える笑いじわが良く似合う中年の女性だ。

「フィロメナ様、ようこそお越し下さりました。そちらの彼女はお弟子さんでしょうか?」
「ああ、シーナという。今回、私は彼女の付き添いだ」
「……付き添い、ですか?」

 ポーティアさんは不思議そうな顔で私達を見る。
 今までフィー姉さんが新しい魔道具を提供ていきょうしているから、彼女が付き添いということに違和感を持つのも仕方ない。

 私は肩掛け鞄から取り出すように見せかけて、《宝物庫》から魔道具を出してテーブルに置く。
 指輪、腕輪、ピアス、イヤーカフの四種類。どれも透明の石を嵌め込んでいる。

「ポーティアさん、この中から気に入った装飾を一つ選んでください」
「……いいのかしら?」
「はい。一つだけ無償で提供します」

 そう言えばポーティアさんは難しそうに装飾を眺め、熟考じゅっこうした末に腕輪を取った。おそらく仕事の時に邪魔にならないようにと選んだのだろう。

「これにするわ」
「では、それをこの魔法陣に置いて魔力を込めてください」
「込めるだけ?」
「はい」

 テーブルに置いた一枚の紙には二重の円の中に複雑な文字と六芒星の魔法陣が描かれている。
 確認したポーティアさんは、その上に腕輪を置いて魔法陣に魔力を込めると、反応した魔法陣が魔力によってコピーされ、腕輪の鉱石に溶け込んで青色に色付いた。

 へえ、ポーティアさんって水属性なのか。イメージ通りで、内心で密かに驚いた。

「はい。では、着けてください」

 指示すれば、ポーティアさんは左手に腕輪を着けようとする。腕輪の幅は少し狭いけれど、そこは魔道具らしく少し大きくなってポーティアさんの手首に通り、ぴったりとはまる。

「じゃあ、フィー姉さん」
「ああ。ポーティア、それをちょっと向けてくれ」

 フィー姉さんが右耳につけているピアスを外してポーティアさんの腕輪に触れさせると、腕輪とピアスについている宝石が淡く光った。
 フィー姉さんはピアスをつけると、ソファーから立ち上がって扉の方へ行く。

「フィロメナ様?」
「少し席を外す」

 そう言って部屋から出たフィー姉さん。後は私の説明次第だ。

「ポーティアさん。腕輪に触れて、リスト、と念じてください」
「……え? これは……」

 指示すると、ポーティアさんは腕輪を凝視する。どうやら上手く作動したようだ。

「リストの項目こうもくにフィー姉さんの名前がありますか?」
「え、ええ……」
「それに意識を集中させてください。そうすれば、どうなるか判ります」

 私の目には映っていないけれど、ポーティアさんの目にはリストが映っているだろう。
 含みのある言葉に小さく頷いたポーティアさん。

 そして――

「……フィロメナ様!? ――あ、あぁ、申し訳ございません……!」

 大きな声で叫んだ。その声でフィー姉さんは「音量を下げろ」と言ったのか、ポーティアさんはぎこちなく謝った。

「え? こ、これはどういう……。――え!? そうなんですか……!?」

 驚愕、といった顔で私を凝視するポーティアさんに、にこりと笑って見せた。
 ポーティアさんが唖然あぜんとしていると、フィー姉さんが部屋に戻ってきた。

「どうだ? 魔力の方は」
「……まったく使ってないように感じます」

 腕輪から手を離して呆然と答えるポーティアさんに、私は説明する。

「これは携帯通信魔道具です。小型で姿を映さない分、魔力の消費を格段に抑えることができました。これがその説明書です」

 鞄の中に手を入れて《宝物庫》から紙の束を取り出して渡す。ポーティアさんは説明書をじっくり読んで、驚き顔で三枚目にある魔道具製作用の魔法陣を見つめる。

「〈交信〉、〈送話〉、〈記録〉、〈追尾〉を合わせたのですか……」
「はい。改良を重ねて、通信相手の居場所を探せる機能も付けました」

 迷子防止の対策だ。これなら子供が離れても、親も簡単に捜しに行ける。思い浮かべるなら全地球測位システム。一部の携帯電話の機能と似たようなもので、イメージすると魔道具から自分にしか見えない光の線が相手の魔道具と繋がって、それを辿れば見つけられる仕組みになっている。

 説明書を読み終わったポーティアさんは壁際にいる男性に精度を測定してもらった。結果はアスクレイ商会に提示した幸運薬と同じSの文字が紙に浮かんだ。

「素晴らしい……。これは……画期的かっきてきな魔道具です。すぐにでも世界中に普及ふきゅうできます」
「良かった。あ。それと……これも」

 鞄の中に手を入れ、《宝物庫》から特殊なケースに入れたアテストボックスを取り出す。
 アテストボックスをケースから取り出し、魔法陣を描いた紙を敷いてポーティアに向ける。

「では、魔法陣に魔力を込めてください」

 指示を出すと、ポーティアさんは魔法陣に触れて魔力を込める。すると、携帯通信魔道具の時と同じように浮き上がって箱の留め具についている鉱石に溶け込んだ。そして、無色透明だった鉱石は水属性の青色に変わる。

「これでいいです。フィー姉さん」
「ああ。そこの君、石に触れながら開けてみてくれ」

 精度を判定した男が箱を受け取ると、普通に開けようとする。けれど、蓋は開かない。

「……ぐっ……ぅ……っ、む、無理ですっ……!」
「では、次はポーティアさん。石に触れながら、ですよ?」

 渾身こんしんの力で開けようとした所為で、男は顔を真っ赤にしたままポーティアさんに渡す。
 戸惑いながら受け取ったポーティアさんが箱に手をかけると――

「……え?」

 簡単に開けられた。

「これはアテストボックスと言って、嵌っている石に認証した魔力の持ち主でなければ開きません。で、質問です。この魔道具に使われている石は何でしょう?」

 質問すると、ポーティアさんは石を見つめて考え込む。

「……判らない。魔力を認証させる石なんて聞いたことがありません」

 三分が経って出てきた言葉に、私は笑みを深める。

「正解はムネーメー石です」
「ええ!?」

 頓狂ときょうな声を上げるポーティアさん。近くにいる男も口を開けて固まっている。

「一般的に魔力の属性を判別するために使われていますが、実際は魔力を記憶する鉱石なんです。そこで鍵の機能を魔法陣で付属させると同時に魔力を認証させることで、持ち主だけが開けられる特別製の鍵になります。ムネーメー石の用途は多様ですから、個人的な研究室の鍵や金庫の鍵にもなりますから便利です。ちなみに先程の携帯通信魔道具に使われている鉱石もこれです」

 研究資料をテーブルに置いて説明すると、ポーティアさん達はにわかに信じがたい、けれど実物がある、という常識と新情報が頭の中でせめぎ合っている状態になった。
 フィー姉さんに目を向けると、彼女は小さな苦笑を顔に浮かべていた。

「無理もない。これは法界魔術協会の研究員も、今日初めて知ったことだ。この装置は魔力を使わずに作らなければならない。それを鑑みると特殊な職人が必要となる。ポーティアの職場に、その職人はいるか?」
「……あ。は、はい。魔術を使えない職人もいらっしゃいますから、彼等なら恐らく……」

 魔術を使えない職人は、通常の職人より劣る。けれど魔術が使えない分、手先がとても器用だ。
 収入が少ない彼等にこの仕事を回せば、彼等も一攫千金いっかくせんきんを狙えること間違いなし。

「じゃあ、ムネーメー石に関する仕事は彼等が適任ですね」
「……そう、ですね。シーナ様、また新しい魔道具を発明したら、こちらにお越しください」
「はい」

 様付けになってしまったけれど、私は丁寧口調を変えずに笑顔で応えた。


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