04-03


 予定通り、アスクレイ商会の研究員と薬師に幸運薬の作り方を教えた。
 幸運薬は一度に中瓶ほど作れるし、半日ほど煮込んで冷まし、常温で一週間くらい熟成させることで完成する。熟成させる間は一日に一度は掻き混ぜて全体を馴染ませなければいけない。そこと分量をきっちり計ることに注意すれば簡単にできる。
 完成するまでの過程から、一週間以上も付き合わなければならない。フィー姉さんの都合もあって二週間は滞在することになっているから、期間的に充分間に合う。

 そんなこんなで一週間が経過してアスクレイ商会におもむくと、会頭のイアソンさんから興奮気味に成功したと教えてくれた。材料費は多少高いが、これなら買い求めてくれる人も出てくるはずだと研究員や薬師達も有頂天になっていた。
 その予想は、いい意味で外れた。五日で飛ぶように売れて、予想を上回る成果を出したのだ。

 同時に携帯通信魔道具も一週間足らずで人気を集めた。まだ初期段階だから、主に貴族の間に広まっているらしい。
 初日に聞いた法界魔術協会の役員の話では、研究した内容が国に評価されると賞金が貰えるらしい。同時に開発した物が売れると、売上の一割が開発者の口座に入るそうだ。しかも月収で。

 つまり、開発したものが発表されて高く評価され、世の中に広まると、それだけでお金が手に入るのだ。
 これを考えると、数々の発明品を世の中に出したフィー姉さんはお金持ちということになる。
 まぁ、私も古代族の神殿やアシエリオンの剥製で王金貨十五枚分以上の貯金があるけど。



「シーナ、王宮に行くぞ」

 宿屋で先日買ったばかりの小説を読んでいた時、フィー姉さんが言った。

「……はい? え、何で?」
「元々私だけ呼ばれていたのだが……携帯通信魔道具を作ったシーナが私の弟子ということを人伝で聞いたのだろう。あるいは『影』……国家諜報部ちょうほうぶを使ったか……」

 国家諜報部を使うほど? ありえないから!

「とにかく行くぞ。作法のことは気にするな」
「きょ、拒否権は……」
「表に皇帝の使者が来ている時点でない」
「そんなぁぁ……」

 がっくりと肩を落として嘆く。
 相手は覚悟を決める暇も与えてくれないだろう。こうなれば自棄やけだ。
 抑えることなく嘆息して小説を《宝物庫》に入れて、宝具【悠久の衣】を出して羽織った。

 宿屋の表に出ると、立派な馬車が一台停まっていた。
 行き交う人々が王家の紋章を入れた馬車に注目している中、馬車の傍に立っている初老の男がこちらに気付いて恭しく一礼した。

「お待ちしておりました、フィロメナ様。……そちらが?」
「ああ。シーナ。彼はこの国の宰相の補佐官、ダレン・ロードスだ」

 宰相の補佐官がわざわざ迎えに来るなんて驚きだ。
 目を丸くしたけれど、すぐに我に返って名乗った。

「シーナと申します」
「貴女があの魔道具と魔法薬の開発者ですか……。いやはや、フィロメナ様は良いお弟子をお持ちですね」
「とうに私を超えたからな。さて、そろそろ行かないと皇帝を待たせてしまうぞ」
「あぁ、そうでした。どうぞ、こちらへ」

 フィー姉さんの発言に一瞬目を見開いたが、ダレンさんはすぐに道を開けて騎士に馬車の扉を開けさせた。
 フィー姉さんの後に私が入り、ダレンさんが私達の正面に座る。

 馬車が動き出し、移動している間にダレンさんからいろんなことを聞いた。
 魔女である私達に作法は必要ない。魔女は賢者を超える者であり、国を反映させるきっかけを作る偉大な存在だからだそうだ。
 特にバシレイアー帝国に在住している【豊穣の魔女】と【創生の魔女】であるフィー姉さん、各地を旅している【創薬の魔女】であるフィー姉さんの妹さんは国を発展させるいしずえになったから、どの国の王も彼女達には頭が上がらないそうだ。

 私は魔女見習いだから該当がいとうしないと思ったけれど、フィー姉さんを超える弟子であることから一人前の魔女と同格のように扱われるのだそうだ。
 しかも、二年前に倒したアシエリオンの剥製を皇帝が買い取った時から、皇帝は私の存在を知っているそうだ。
 ネヘミヤ兄さん、黙秘してくれなかったのね……。



 移動中は私が作った魔道具と魔法薬、そしてアシエリオンの剥製についてダレンさんが質問してきて、それに答えていく内に王宮に到着した。
 王宮の中はきらびやかだった。みがかれた艶やかな白い壁に、金の装飾が至る所に施されて豪奢ごうしゃ。大理石のような材質でできた床には赤いカーペットが敷かれている。天井には魔道具のシャンデリアがあり、その明かりで床や壁が輝いて見える。壁も天井も、通路の端に置いてある彫刻も甲冑かっちゅうも、何もかもが目を引く。
 途中で中庭に面した回路を支えるアーチの柱は精緻せいちな彫刻が施されていた。更に天井や壁には神話の一幕を描く見事なフレスコ画があった。

 こんな広い所に住んでいる王族は凄いけれど、疲れないのかな? 私だと胃が痛くなるほど緊張する。ていうか、現在進行形で胃が痛い。

 圧倒されながらも、少しでも目印を見つけようと置物や壁に飾られた彫刻を見ながら、大きな扉の前に辿り着いた。
 扉の前には簡素な鎧を纏った二人の衛兵が控えており、彼らはダレンさんの姿が目に入ると徐に背筋を伸ばし、軽く頭を垂れて一礼した。

 やっと着いた……てことは、ここが謁見えっけんの間?

「取次ぎを」
「はっ」

 ダレンさんが告げると衛兵が観音開きの扉を僅かに開いて入っていく。
 うぅ……緊張する……。

「……フィー姉さん……」

 不安からフィー姉さんを見ると、彼女は小さく笑った。

「緊張しなくていい。私のように堂々としていろ。それから敬語は不要だ」
「……はい? 相手は皇帝なのに?」
「魔女は国の王より格上だからな」

 はい!?と素っ頓狂な声を上げそうになったけど、何とか呑み込んだ。

 その後、戻ってきた衛兵が「どうぞ」と丁寧に扉を開き、私達を室内への道を開ける。
 私は緊張しつつ凛とした面持ちで、フィー姉さんの後に続いて謁見の間へ入った。

 中は驚くほど広く、最奥の高く作られた上座には立派な王座が置かれ、そこに一人の男が座っていた。その両脇には近衛騎士と宰相らしき二人の男が控えている。

 王座に腰かけている男の容姿は、かなり整っていた。ストロベリーブロンドと呼ばれる赤みを帯びた金髪を程良く切り、赤紫色の瞳は知性を宿している。
 宰相は、少し薄い黒髪に紺碧こんぺきの瞳を持つ、中年期後半の男。
 近衛騎士は、青みを帯びた銀髪に、凛々しいロイヤルパープルの瞳を持つ端整な容姿の持ち主。
 王座にいる男――皇帝と近衛騎士は同い年に見える。一目で壮年そうねんの年頃だろうと推測する。

 謁見の間の中央より前に出ると、フィー姉さんが立ち止まった。
 私はフィー姉さんの一歩後ろで止まり、二人の出方を待つ。

「――久しいな、フィロメナ殿」
「ああ。ざっと十年ぶりか」

 砕けた、それでいて畏敬いけいを込めた口調で挨拶した皇帝に対して、フィー姉さんは穏やかに返す。
 その気安さに目を丸くしてフィー姉さんを凝視してしまったが、周囲の大人は気にする素振りを見せない。

「……貴女は変わらない。だが、弟子をとったと聞いた時は驚いた」
「君は変わったな。早くも皇帝に襲名した頃は心配だったが……どうやら上手くいっているようで安心した。子供は元気か?」
「元気だが、難儀なことに女嫌いになってしまって。社交デビューの時期を見誤ったようだ」

 少し苦笑する皇帝に、やはり身分は違っても人間なんだって感じた。
 完全に同じとは言えないけれど、同じように感情を持つ。私は、それを忘れかけていた。
 考え、改めないとなぁ。

「それで、彼女がフィロメナ殿の弟子か」
「シーナだ。新しい魔法薬、ムネーメー石の真価を見出し、それを利用した鍵と携帯通信魔道具を発明した。君が買い取ったアシエリオンを討伐するほどの腕を持つ時点で、すでに私を超えている」

 フィー姉さんが手放しで私を称賛してくれて照れ臭くなる。
 気恥ずかしさから小さく笑い、皇帝に向き直る。

「紹介に預かりました、シーナです」
「……敬語は不要だぞ」
「挨拶だけでも礼儀正しく、だよ」

 そう言えば、フィー姉さんは呆れ顔で溜息を吐いた。

「シーナ殿。貴女が発明した魔道具のおかげで、我が国の兵士が大変助かっている。一つの魔道具で多くの者と繋がるこの魔道具は軍に欠かせないものとなった。何か褒美ほうびを与えたいのだが……」

 まさかの褒美。面倒なことは避けたいのに、どうしてこうなった。

「いや、そこまでは……」
「ムネーメー鉱石のこともある。そうだな……家名はどうだろうか? 魔女に爵位は邪魔なものだが、家名は今後必要になるかもしれない」

 王は平民でも功績を上げれば叙爵じょしゃくや家名を与えることができる。
 職もないのに家名を与えられるなんて……いいのだろうか? まぁ、皇帝が良いと言っている時点で良いのだろうけれど。

「……それは、自分で決められる?」
「勿論だ。考える時間を設けよう。じっくり考えて決めてくれ」

 それはもう決めている。前世で書いていた小説の主人公の名前を自分にかんした時から、名前に似合う名字も考えてある。でも、考える時間を設けられたから、少しは考える素振りを見せよう。

 思考が纏まって頷き、フィー姉さんに目を向ける。その視線に気付いたフィー姉さんは小さく頷いて皇帝を見据える。


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