04-04
「ところで、私を呼び出した理由は何だ」
フィー姉さんが本題を促すと、皇帝は真剣な表情になる。これが王者の風格なのだと感じると、背筋が伸びた気がした。
「近年、帝都付近の北側の森に棲む魔物が増えた。普段は低ランクの魔物だったが……ここ最近はBランクやCランクモンスターが現れている。低ランクモンスターを喰い進化しているのか。それとも自然発生しているのか。今後の対策のために、貴女の助言を聞きたい」
国民を想うからこそ、皇帝は早く対策を練りたくてフィー姉さんを頼るのだろう。
皇帝の推測は大体合っている。それをフィー姉さんが言うのだと思った……が。
「そうだな。大体予測はつくが……シーナ、どう思う」
私に話を振った。
どうして私なのだろう。でも、私は考えたことを言葉にするために脳内で纏め、言った。
「皇帝の考えは当たっているけど、少し違う。低ランクの魔物は低ランクを喰って強さを増すけど進化はしない。魔物は自然に発生するものだからね。でも、高ランクの魔物は自然に発生することは稀だ。魔力が多い地帯なら解るけど、そこは魔力地帯じゃないんでしょう?」
「ああ。魔物は生息しているが、魔力地帯というほどではない」
それを聞いて、嫌な予想が高まった。
「……なら、魔力停滞地か」
厄介な現象が起きているという憶測に辿り着いてしまい、自然と表情が険しくなる。
「魔力停滞地とは?」
私の呟きに、皇帝は訊ねる。やはり、この知識は一般的ではないようだ。
「魔力回路の循環が
説明すると、魔素の概念を知らなかった皇帝達は驚きから目を丸くする。
「魔力地帯は魔力回路の循環が正常であるけれど、魔力回路の循環が滞って淀んでしまった魔力停滞地は、魔物や幻獣を多く生み出す原因になる。幻獣にも善し悪しがあるけれど、魔力停滞地で生まれた魔物や幻獣は凶悪だ。偏在している魔素を際限なく貪り尽くして魔素を減らす。そうなれば力をつけすぎる以前に世界の魔力回路の循環が狂ってしまって、魔力停滞地が広がり、凶悪な魔物や幻獣を無限に生み出す。凶悪な魔物が増えすぎれば、魔力を多く持つ妖精族、稀有な魔力を持ちやすい人族の国に押し寄せて滅ぼすこともある」
魔力停滞地の危険性を教えると、皇帝達は表情を強張らせる。
「しかも魔力停滞地を正しい循環に戻すには時間がかかる。早くて五十年から百年、長くて数百年や数千年。今回は早期に発見したから五十年ほどで元に戻すことができる。けど、それは人族や妖精族じゃなくて竜神の仕事だから。竜神や、彼等が生み出したドラゴンじゃないと魔力回路の循環を整えられない」
「……ドラゴン? ドラゴンは竜種の魔物ではないのか?」
皇帝達の知らない単語を出してしまったようで、彼等の疑問を晴らす説明をした。
「竜神は性別がないけど、
片手で数えるほどしかいないが、彼等のおかげで魔物の被害は少ない。
ただ、竜神やドラゴンは自然界で生まれる神聖な生き物だから、魔物と比べて数が少ない。
万年手不足と言っていい。しかも寿命は数千年程度で、死ぬと世界へ
条件が厳しい上に難しいのだ。だからこそ神聖な生き物として崇められているのだけれど。
「どうすれば竜神が……」
苦悩を
その時、バンッと謁見の間の扉が勢い良く開いた。
騒々しいそれに驚いて振り向けば、息を切らせて駆け込んできた騎士が片膝をついて
「も、申し上げます! 帝都の北側に……竜種の魔物が……!」
息絶え絶えだった所為で最後は咳き込む。
顔が強張った皇帝達。先程の会話で、様々な嫌な予想が浮かんでいるのだろう。
彼等とは違い、私は冷静にスキル《
帝都の外まで図面を広げるズームアウトで全体を見れば、敵マーカーである赤ではなく、味方マーカーである青色の点が表示されていた。
「……竜神?」
このタイミングで竜神が来るなんて出来過ぎかもしれないけど……幸運だ。
「フィー姉さん、フィネスを貸して」
「行くのか?」
「うん。竜神は古代語じゃないと通じないから」
幸いにもギフト《言語理解・会話》の助けもあって古代語を習得している。それも、日常会話並みに上達した。
それに、私なら五十年もかけずに魔力停滞地を浄化することができる。
前回みたいに倒れるほどじゃない技術を身につけたから、きっといけるはず。
「竜神が来てくれたみたいだから行ってくる。兵や冒険者には竜神を攻撃しないように命令して」
「わかった。……頼む」
望みを
急ぎ足で向かった場所は一番近くにある広大な庭園。綺麗な緑色の芝生へ踏み込むと、フィー姉さんは目の前へ右手を突き出してフィネスの名前を呼び、召喚する。
「フィネス、シーナを乗せて北へ向かってくれ。シーナの見立てでは竜神がいる。手助けするシーナを頼んだ」
『承知した』
早口で告げるフィー姉さんの真剣な顔に只事ではないと理解したフィネスは私に背中を向ける。
風魔術でフィネスの背中に乗った途端に、フィネスは全速力で北の森へ飛翔した。
フィネスが作り出した障壁のおかげで風の抵抗感はない。それでも髪が後ろへ流れる。
いつもなら負担がかからないようにゆっくりしてくれているけど、乗っているのは一人だけで緊急事態だから、少し荒々しい飛び方で急いでくれた。
そのおかげで、数分足らずで帝都の郊外にある森の上空に着いた。
森の中央に、全長百メートルもの巨大な
金色の角と、縦長の
金と赤が
頭は
神々しい生物は、まさに竜神と呼ぶに相応しかった。
思わず見惚れていると、竜神は私の存在に気付く。
【……人間か。よもや邪魔立てする気ではないだろうな】
だけど、私は違う。
【違うよ。手伝いに来たの】
古代語を使った竜神に合わせて古代語で言えば、竜神は私に目を向ける。
【人族ではないな。古代族か?】
【当たり】
にこりと笑いかければ、竜神は意外そうな目で私を見据えた。
【我が姿を見て恐怖しないとは……む? 娘、精霊王と契約しているのか?】
竜神の問いかけに目を丸くする私。
まさか……シリウスの祝福と加護を感じ取った?
【そうだけど……それがどうしたの?】
【どのような精霊王と契約しているのか興味がある】
つまり、呼び出せ、ということか。
まぁ、いっか。これからのことを考えると、二人を呼んだ方がいいだろうし。
「シリウス、セレネ」
虚空に向かって二人の名を口にすれば金色の魔法陣が出現し、そこから現れた光がシリウスとセレネの姿へ形作る。
いつものにこやかな笑顔で登場した二人を見て、自覚していなかった緊張が解れていった。
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