05-02


「――【両儀りょうぎつるぎ】」

 三種の宝具の一つ【両儀の剣】。
 漆黒の刀身に純白の刃が美しい諸刃もろはの剣。決して折れることのない不滅ふめつの刀身と、あらゆるものを両断する刃を持つ。
 この剣は、地球の神話や伝承にある聖剣デュランダルと魔剣グラムの特性が合わさったような、私専用の武器だ。

 己の魂から出したいと念じると一瞬で淡い光が右手に集まり、余分な光を散らす。
 最初は五秒ほどかかっていたが、僅か一秒で美しい姿をこの世に顕現けんげんした。
 滑り止めのかわのようなものを編み込んだ純白のつかを握り締め、目を細める。

『〈氷結フリージング〉』

 唱えれば、眼下にいるアシエリオンの四足が凍りつく。
 ただ凍らせたのではない。地面に張り付かせるために、周囲まで根深く結合させたのだ。

「グガァッ!?」

 突如として身動きを封じられたアシエリオンは混乱する。
 そのすきねらって剣を両手で握り、風魔術による飛行術をいた。

 浮遊感が消えた途端に体中を支配する重力。抗えぬ万有引力によって真下へ落ちる。
 ただ落ちるのではなく、ホーヴヴァルプニルの靴の効果で空中に足をつけ、一歩だけ微調整。
 落下速度と重心を利用して、アシエリオンの首に目掛け、モノトーンの剣を振り下ろした。

 ――斬ッ!

 私自身がギロチンと思えるほどの勢いと手際で、足元に気を取られているアシエリオンの首と胴体を分離する。
 足がつく前にホーヴヴァルプニルの靴で空気を踏みつけ、後方へ飛び退く。

 ゴロン、と三メートルほど転がるアシエリオンの頭部。綺麗に切断された切り口から大量の血潮ちしおを噴き出して、ずしんと倒れる胴体。
 アシエリオンにかけた氷を解除して、緊張感を解すために一息つく。

「ふぅー……。さて、と」

 念のために剣を振るが、血は付着してなかった。それだけ技量が増したのだろう。
 自己分析しながら【両儀の剣】を淡い光へ変えて消し、血が流れている耳に手を当てて呆然としている男達に近づく。

 一人の男は、一言で表すなら中性的な美男子。癖のある薄茶色の髪の襟足えりあしは長く、凛々しい瞳は澄み切った海のような青色。細身の割に筋肉がしっかりとついているため、大剣を軽々と扱えそうだ。私より年上みたいだけど二十歳はたちぐらいで割と近い。黒服の上にレザーアーマーと肩当てなどを装備しているし、近くに落としているバスターソードを得物としているなら重戦士だろうか。

 一人の男は、一言で表すなら優男やさおとこ亜麻色あまいろの髪は全体的に耳を隠すほどだが、右側の前髪が肩にかかるほどの長さ。いわゆるアシンメトリー。翡翠ひすいの瞳は涼やかだけど、今は痛みの所為せいで細くなり、形の良い眉が寄っている。それでも端整な顔立ちは見劣みおとりりしない。とがった耳の長さでエルフという妖精族だと判り、三十代になったばかりの見た目とは裏腹に長く生きているのだろうと思う。服装はエルフらしい軽装で、弓を扱うからレンジャーの立ち位置だろう。

 そして目の前にいる一人の男は、思いもよらない種族だった。

 色香が滲む切れ長な目は澄んだ金色。綺麗な目鼻立ちに、程良い厚みのある薄ピンク色のくちびる。冷たく感じる秀麗な容貌ようぼうは、これまで出会った人々の中で群を抜くほど美しい。見た目は二十代前半ぐらい。引き締まった体躯たいくが纏う服は、白いシャツと濃緑色のうりょくしょくのベストとジャケット、金具で留めた同色のマント、そして黒いズボン。紳士服に見えて丈夫な素材で作られている。スキル《鑑定》で見ると、マントはエンシェントドラゴンの素材を使っているようだ。

 何より目を引いたのは、緩やかなウェーブがかかった、淡い銀髪。

 女神エリーゼは、淡い銀髪に紫色むらさきいろの瞳の美女。その銀色の髪を、この男は持っている。

 この世界で銀髪を持つ者はほとんどいない。いるとすれば古代族だけ。
 つまり、彼は古代族。
 私とネヘミヤ兄さんと、同じ――。

 驚きのあまり息を呑んでしまった。それでもおのれりっし、警戒する男達に手をかざす。

『〈癒しの輝きヒーリングシャイン〉』

 唱えた途端、涼しいと感じるほど空気が澄み渡り、黄金の光が男達をおおう。
 黄金の粒のような光は、浴びている彼等へと溶け込む。たっぷり五秒間が過ぎると、フワッと光が消えた。

『〈浄化ピュリファイ〉』

 仕上げに耳に溜まった血を取り除いて、治療が終わった。

「痛くない?」
「……あ、あぁ」

 小首をかしげてたずねると、古代族の男はぎこちなくうなずく。
 ちゃんと聞こえているし、反応も良好。これなら後遺症こういしょうも残らないだろう。

「アシエリオンに遭遇そうぐうするなんて災難だったね。今日はもう帰って休んだ方がいいよ」

 なるべく警戒心を解かせるために言葉をかける。
 すると、エルフの男が強張こわばった顔で恐る恐るいた。

「ま、待ってください。その魔物が……アシエリオン?」
「身をもって知ったでしょう? 刀剣類を受け付けない鋼の体毛。鼓膜を破って平衡感覚を奪う、衝撃波を伴う獅子王の咆哮。発生して間もないみたいだけど、伝説級の魔物は別格だ。次からは斧やハンマーで対応してね。あれは体内を攻撃しないといけないから」
「……その割にはあっさり切り捨てたな」

 バスターソードの柄を掴んで立ち上がった青年の言葉ももっともだ。

「あの武器は特別だから。いつもなら手順通りにやっているけど、今回は貴方達がいたからね。速攻で倒すにはあれしかなかった」

 宝具のことは知られたらいけない。だって、宝具は古代族だけが持つことを許される武器なのだから。しかも個々によって形状は千差万別せんさばんべつ。私があの武器を手に入れられたのは奇跡だった。

「それより、発生して間もないとは……どういう意味ですか?」

 自分の宝具が【両儀の剣】ということに有難みを噛み締めていると、エルフの男が訊ねた。

「そのままの意味。魔物を喰って成長したらこれくらいになるよ」

 実物を見た方が現実味を感じてくれるだろう。

 ギフト《宝物庫ほうもつこ》からアシエリオンの剥製はくせいを出す。ぐわっと口を開けて、今にも動き出しそうな……噛み付きそうな均整きんせいのとれた体勢。
 初めて倒したアシエリオンは四メートルだったけど、去年は六メートル以上のものを倒して、ネヘミヤ兄さんと一緒に剥製にしたのだ。

 いやぁ、あれは大変だったなぁ、なんて感慨深かんがいぶかく思いながら三人に目を向ければ、驚愕のあまり固まってしまっていた。
 まぁ、しょうがないよね。伝説級の魔物の本格的な姿を見たら、取留とりとめなく感じてしまう。自分達が対峙したのは、剥製のアシエリオンより三分の一ほど体格が小さく、格差も段違いで低い。
 絶対的な壁を突き付けてしまった感じがして、気まずさから声をかけた。

「おーい、戻ってきてー。早く帰らないと、また魔物に遭遇するよー」

 緊張感のない声で言えば、ハッと我に返った三人は急いで武器や荷物を拾う。
 私は剥製と倒したアシエリオンを《宝物庫》に戻して《地図マッピング》を表示しつつ《索敵サーチ》。

 アシエリオンの雄叫びのおかげで周囲に魔物はいない。けど、夜になれば危なくなるだろう。だって現在地は深淵の森に近い鉱山の麓なのだから。

「ところで、貴女は何者ですか? ただの旅人ではなさそうですし、空から降ってきましたし」

 エルフの男に言われて、それもそうかと納得する。
《宝物庫》から身分証を取り出して、エルフの男に渡す。それを見た彼は――

「なっ、【黎明の魔女】!? あの【創生そうせいの魔女】の愛弟子で、携帯通信魔道具の発明者で、ムネーメー石の真価を世に知らしめた……あの!?」

 くわっと目を見開いて私を凝視するエルフの男。その迫力に、思わず後ろ足を引く。

 こんな大袈裟おおげさな反応をされるなんて思ってもみなかったし、彼の食いつきにドン引きした。

「な、何でそんなに知ってるの……」
「歴史的な発見をした功績は誰もが知っていることです。知らない人なんてモグリ扱いされます」
「えぇえ?」
「そもそも魔女の称号を得ている時点で偉人です。彼女達は歴史上の人物として語り継がれる偉業を成しげているのですから。各国の王も彼女達には頭が上がらないと聞きます」
「……確かにそうだけどさぁ」

 エルフにまで魔女の存在は偉大だと認識されているようだ。
 目を輝かせているエルフの男から離れたくて仕方ない。そんな私の心境に気付いてくれたのか、古代族の男が彼から身分証を取り上げて私に返してくれた。

「あ……ありがとう」

 身分証のカードを受け取ろうとする。
 けれど、古代族の男はカードを持ち上げた。その所為せいで空振りする、私の右手。

「魔女は俗世ぞくせから離れて生きていると聞いたが、何故なぜここにいる」

 ムッとしたが、彼のもっともな疑問に仕方なく答える。

「全ての魔女がそうとは限らないよ。現に師匠の妹さん……【創薬そうやくの魔女】は、師匠の娘さんと一緒に世界中を旅しているらしいし。私も自由に生きたいから、とりあえず近くの町に行こうと思ったの。幸いにも鉱山都市が近くにあるから、そこに行くつもり」

 これでいい?という意味を込めて右手を向ければ、古代族の男は身分証を返してくれた。

「でしたら僕達と行きませんか?」
「遠慮する。飛んでいく方が速いし。ということでサヨナラ」

 申し出るエルフの男から離れて、フワッと飛行術で飛んだ。

 やっぱり人付き合いって難しい。ああいうキラキラした眼で見られるのは苦手だ。
 でも、あの古代族の男は普通だった。ああいう人もいるなら、町での生活も楽しめそうだ。
 そんな期待感を寄せて、飛ぶ速度を上げた。


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