05-06


 時間は五時を過ぎた辺り。空は茜色に染まり、地平線の彼方は薄い藍色に染まっている。
 冒険者ギルドの外にある訓練所に、私とクラウド、その周囲や訓練所の外に野次馬がいた。

 ……邪魔すぎる。これじゃあ思う存分に戦えない。まぁ、本気を出すと危険だからしないけど。

「武器は出さないのか?」

 ぼんやりと思考していると、クラウドが背負っていた巨大なバスターソードを肩にかついでいた。
 不意にスキル《鑑定》がバスターソードに対して発動して、数種類の画面が表示された。
 ただのバスターソードではない。多種多様のバスターソードを重ねている合体剣。形状は薄刃包丁に似ているが、内側に重ねている剣の形状は違うだろう。

「人間相手に使いたくないからね。うっかり殺しちゃったら洒落しゃれにならない」
「……随分ずいぶんと余裕だな」

 眉間を寄せるクラウドに、私は溜息ためいききたくなったが抑え込んだ。

「模擬戦とかやったことないの。いつも魔物を相手にしていたから、手加減を失敗したら怖いし」

 これを考えている時点で余裕なんだろうけど。

「まぁ、危なくなったら出すよ。それより来ないの?」

 私は武器を持っていない丸腰の状態。対するクラウドは武器を持っている。
 このまま私に向かってくると男としてどうかと思われてしまうのか、それとも私に先行をゆずっているのか。

 フードの下で目を細めて神経を研ぎ澄ませる。すると、クラウドはバスターソードを構えた。
 雰囲気を少し変えただけで臨戦態勢に入った。その様子で、かなりの場数を踏んでいるのだと推測できる。

 肌を刺す緊迫感。
 速くなる血の巡り。
 今までにない、人と人が闘う場に、自然と口角が上がった。

 一陣の風が吹く。

 瞬間、同時に地面を蹴って接近した。
 袈裟斬けさぎりが左から襲いかかる。その左側へ身をかがめながら瞬時にすり抜け、同時に回し蹴りを腹部に入れる。
 スキルではなく地属性の身体強化で高めた鋭い蹴りだが、クラウドの腹筋は思いのほか硬かったから、あまり効果がなさそうだ。
 顔を歪めたクラウドは勢いを殺さず低い姿勢で一回転しながらバスターソードを振るう。
 すぐさま地面を蹴って跳躍し、クラウドの肩に足をつけると後頭部を後ろ蹴り。

「ガッ! くそっ……!」

 クラウドは前に倒れ込みそうになったが、地面に片手をつきながら飛び退き、体勢を立て直す。すぐさま私に向かい、すくい上げるように武器を振るう。
 しかし、それを視界に入れるよりも早く身を屈め、クラウドに足払いを仕掛ける。

「ぐっ……!」

 鋭い足払いは前に出した右足に当たり、クラウドは体勢をくずしかける。そこをねらい、鳩尾みぞおち掌底しょうていを叩き込む――!

「ガハッ!」

 倒れかける瞬間に合わせた攻撃は、まさにカウンター。
 だが、私はそれだけにとどまらず、流れる動作で背後へ回ると背中を掌底で殴った。
 遠心力に加え、地属性の身体強化による攻撃は破壊力がある。
 地属性の身体強化の効果は怪力と防御力の向上。魔力の練度で腕力や防御力が上がり、刃物を素手で掴んでも問題ないくらい頑強がんきょうになるのだ。

 軽く前へ飛んだクラウドは痛みを振り切って踏ん張り、距離を置きながら向き直る。

「……へえ。あれを耐えるなんて、流石さすがBランクか」
「お前……馬鹿力にも程があるだろ」
「失礼な。これは地属性の身体強化だよ。言っておくけどスキルは使ってない。貴方だって使ってないでしょう?」
「……使わないで、この武器を操れると思うか?」

 ……え? じゃあ、身体強化のスキルをずっと発動していたってこと?

 スキルを使うのと使わないのとで、かなり優劣が変わる。スキルの階級が高ければ魔術にも打ち勝つことができる。
 けれど、私の魔術の方が精度も練度も上だなんて……拍子抜ひょうしぬけだ。

「……分かった。じゃあもう――」

 地属性から風属性の身体強化に切り替え――

「終わろうか」

 言った瞬間に地面を蹴り、一瞬でクラウドを蹴り飛ばした。

 風属性の身体強化はスピード強化。音速のごとく駆け抜けることができる。ただし動体視力とスピードに耐性がなければいけない。
 森の中で鍛え上げた私の動体視力は、通常より精度が高い。

 クラウドは悲鳴を上げる間もなく五メートルほど吹っ飛び、仰向けの状態で地面に背をつけ、二メートルほど地面をすべった。
 私から約七メートルも離れた所で、ようやく止まったのだった。

「嘘だろ……?」
「おい、あのクラウドが……!」

 騒然そうぜんとする野次馬の声が鬱陶うっとうしい。
 溜息を吐き、クラウドに近づいて右手を翳す。すると、治癒術特有の淡い光がクラウドを包み込み、五秒ほどで消えた。

「おーい、クラウド。起きれる?」
「……ぅっ」

 クラウドのすぐ横に立って声をかけると、形の良い眉を寄せてうめいて薄目を開いた。
 少しぼんやりしていたが、海のような青い瞳に光が宿る。

「痛みはある?」
「……俺は…………負けた、のか……」

 私の問いかけよりも勝敗の方を気にしているようだ。
 まったく、どうして男って自分のことよりも勝負にこだわるのだろう。意地と矜持プライドもあるって解っているけれど、完全には理解できない。

「負けたよ。武器を出させられないまま」
「……そうか」

 静かにつぶやいて目を閉じたクラウド。その顔にくやしさという負の感情はない。
 少し不思議になって、小首をかしげて訊ねる。

「随分あっさり受け入れるんだ。悔しくないの?」
「悔しいさ。でも、シーナはアシエリオンを倒す実力を持ってるだろ。それを考えれば、この結果も受け入れられる」

 クラウドは若いのに達観している。普通ならひがんで敵視するだろうに。
 この達観が、彼をBランクに上げる要因の一つにもなっているようだ。
 私の中でクラウドという人物の評価が上がる。笑みを浮かべて右手を差し出せば、クラウドはその手を掴んで立ち上がった。

「ヒースさん、どうだった」

 クラウドが声をかけると、訓練所の端でこちらを観察していた男は我に返った。
 驚愕のあまり目を見開いて口を開けっ放しにしていた表情で、この結果に信じられない気持ちでいっぱいなのだろう。声をかけられた中年の男――ヒースは戸惑いながら近づく。

「正直信じがたいが……この目で見たものを疑うほど馬鹿じゃない。実力はBランク以上……下手をすればAランクだが、規則にのっとりFランクに――」
「待った」

 ヒースの言葉を遮った若い女性の声。
 誰だろう、と思う私と違ってクラウドとヒースは驚愕の表情で勢い良く訓練所の入口の近くにいる女性を見た。
 年頃は二十代後半。縹色はなだいろの長い髪を後頭部で結い上げた、凛々しい黄色い瞳が似合う美女。藍色の花や緑色のつた刺繍ししゅうほどこした黒い衣服の上に、ヒエロファニー王国が主流の白と青の民族衣装――地球で言う着物を着崩して纏っていた。それでも出るところは出て、締まるところは締まっているグラビアアイドルのような体型がはっきりと判る。

 気の強そうな印象を持たせる美貌の持ち主。その隣には、あのエルフの男がいた。


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