05-10
「……あまりこの手は使いたくないんだがな」
小さく呟いたエドモン。
どういうことか判らず聞き返そうとするが――
「え? わあっ!?」
静かに立ち上がった彼は、目の前にいる私の肩を掴んでベッドに押し倒した。
質のいいベッドが軋む。でも、それほど乱暴な衝撃は感じなかった。
顔をしかめて見上げると、明かりを背に影を作るエドモンが私の上にいた。
……なんつーシチュエーションだ!
胸中では盛大に引き攣っているけど、表面では口を引き結んで激しい
「答えろ。何故お前は神の力を二つも持ち得るのか」
必死に表情を変えないようにしていると、エドモンが私の
色気が半端ない所為で心臓が痛くなって息を詰める。それでも私は
「…………答えないなら……」
私の頬を撫でるように右手を下へ滑らせ、私の体の曲線に触れる。
ゾワッとするほどの悪寒が気持ち悪い。でも、それ以上に心が苦しくて……。
耐え切れなくなって、シーツに投げ出された右手の親指と中指を擦り合わせた。
パチンッと小気味好い音が響いた途端、光属性の魔術によって生み出された半透明の鎖がエドモンの両腕を胴体に縛り付ける。
「なッ、ぐぅっ……!」
突然のことに混乱しかけた隙を
形勢逆転とはまさにこのこと。初めてのことだけど成功して良かった。
乱暴な衝撃に目を細めたエドモンは私を睨もうとする。
……だけど、何故か目を見開いて息を呑んだ。
押し倒すことはあっても押し倒されたことはないのか、と思ったが……。
「……どうして…………そんな顔を、するんだ……」
掠れた声で言われて、自覚する。
――私が、どうしようもなく悲しい顔をしていることに。
心臓が痛い。それは先程の緊張感から来るものではない。
これは――
「……あまり、嫌いにさせないで」
苦しいほどの、切望――。
「どうせ私は、貴方達を
私は普通じゃない。地球から転生した古代族という時点で普通とは程遠いけど、その古代族としても異端だ。
通常の古代族より三倍もの魔力を持ち、通常の古代族より長く生きると、契約している精霊王――シリウスから聞いた。老化現象も、十八歳の時点で止まってしまったとも。
つまり、千年や二千年どころではない。それよりもっと生きる可能性が高い。
悠久の時の中で、数え切れないほどの出会いと別れを繰り返す。その中には『死』という永遠の別れも含まれている。
私は――そんなに強い心を持っていない。逆に脆くて、どうしようもないほど弱い。きっと、
皆と一緒に生きて、逝きたい。
その願いさえ叶わないなんて、前世よりも地獄的じゃないか。
だから……せめてもの救いとして、関わってきた人々との良い思い出を作りたい。嫌な思い出も当然ある。けど、絶望的な生き地獄の中でも支えてくれる、笑顔にしてくれる思い出が欲しい。それが私の生きる動力源になるはずだから。
……でも、こんなのは嫌だ。相手を嫌いになったまま終わってしまう思い出なんて
それに、これから関わっていく古代族と悪い関係になるのも嫌だ。
ネヘミヤ兄さん以外にできるかもしれない、古代族の友達なのに……。
「嫌いになりたくないのに……」
お願いだから、嫌いにさせないで。好きでいさせて。
心を、壊したくない――。
「いい思い出を作らせてよ…………お願いだから……」
震えかける声で<>紡いだ言葉は
目の奥が熱くなった所為で、目の前がぼやけてしまう。
あぁ、もう……情けない。
「……ごめん。貴方に言っても、どうしようもないのに……」
ようやく気持ちが安定してきた。
右手で払うように軽く振って、光の鎖を消す。それでもエドモンは放心してしまった表情で私を見つめていた。
「……えっと、ごめんなさい」
エドモンの上から退いて、頭を下げて謝る。それでもエドモンは動かない。
一言も
「やっぱり痛かった……よね?」
「……いや」
視線を逸らし、否定の言葉を呟く。
ほっと安心した私を
「…………俺の方こそ悪かった」
小さな声だったけど、確かに聞こえた謝罪の言葉。
少し目を丸くした私と視線を合わせないエドモンは、足早に部屋から出て行った。
一人になった私は頭に手を乗せて、触れられた温もりを思い返した。
底知れない人。それがエドモンの印象だった。
けど、実際は不器用で優しい人なのかもしれない。今回の件で、そう思うのだった。
Top | Home