06-04


 贅沢をしない平民なら四ヶ月も生活できる報酬を手に入れたのはいいけど、やることがない。
 オリヒオを見て回るのもいいけど、ただ見て回るだけではどこにどの店があるのかが判らない。
 今日中に全体を見回ることなんてできないから、住んでいる付近だけでも知っておきたい。
 でも、この世界には街の見取り図や案内板なんて存在しない。地図なんて高価だから、平民が入手するなんて夢のまた夢。

「しょうがないか……」

 小さな溜息を吐いて、当てもなく適当にぶらぶらしようとした。

「シーナ・レアード」

 不意に後ろからフルネームで呼ばれた。振り向けば、少女と大人の女性を行き来する年頃の女の子がいた。

 黒髪をキャップで後頭部に纏めている髪型は、おそらくシニヨン。
 凛々しい切れ長な目は灰色で、知的な印象を与える。綺麗系美人と言えばいいか。
 年頃は私に近く、体型は控えめな凹凸感がある。それでもしなやかな体躯は華奢で、濃い紫色の和服と七分丈の黒いズボンがよく似合う。
 ズボンのベルトにはいくつかのポーチがあり、そこに武器を入れているのだろうと感じた。

「貴女がシーナ・レアードね」
「……そうだけど、貴女は?」

 相手に敵意はない。けれど、どこか刺々しい言い方に警戒してしまう。
 用心深く見ていると、少女は名乗った。

「ネイディーン・クレーバーン。Cランク冒険者」

 淡々とした自己紹介に目を見張り、スキル《鑑定》を使った。


名前:ネイディーン・クレーバーン
年齢:17
種族:人族
職種:【忍者】【シーフ】【冒険者】
属性:【風】【地】
体力:B
魔力:C
攻撃:B
防御:B
幸運:A
状態:□□□
罪科:□□□
恩恵:□□□
称号:【反逆の暗殺者アサシン
ギフト:□□□
スキル:《料理:C》《裁縫:C》《気配感知:B》《罠設置:A》《罠解除:A》《解錠:B》《隠密:A》《暗視A》


 歳は私より一歳下なのに、物騒ぶっそうな称号が載っていた。
 というか、忍者。この世界にも忍者が存在するなんて凄い!

 色々聞きたいけど、初対面でそれは不躾ぶしつけだし、何より可笑しいから好奇心を抑えた。

「ネイディーン、ね……。何か用?」
「ギルドマスターから街の案内を任されたのよ」

 ジュリアから? ありがたいけど、どうしてわざわざ……。
 でも、知り合いを作るチャンスだ。

「ありがとう。お金はいくら払えばいい?」
「……必要ないわ。ギルドマスターから貰うことになっている」
「いくらなんでも、それは申し訳ないよ。私が払うから。ね?」

 穏やかな笑みを浮かべて軽く小首を傾げて言えば、ネイディーンは軽く目を見張り、ぷいっとそっぽを向いた。

「……だったら、案内の終わりに寄りたい所に寄らせて」
「ん、いいよ。じゃあ、案内お願いね」

 にこりと笑い、ネイディーンについて行った。



「ここが図書館。ここから右側に行けば本屋があって、真っ直ぐ行った所に紙を扱う店があるわ」

 ネイディーンの街の説明はわかりやすくて助かった。
 行きたかった店や知っていて損はない飲食店など。貴族街以外の中流ゾーンや街の中心地を粗方あらかた見て回ることができた。
 途中で本や紙などを買い込んだりして、最後にネイディーンが立ち寄りたかった店に訪れた。

 ぬいぐるみ専門店。大小様々な動物や魔物のぬいぐるみが飾られている、女の子らしい店。

 ただ残念なことに布の材質が悪い。可愛いのに、触ると少し硬いしザラザラしている。しかも中に入っているのは綿ではなく小さな粒のようなもの。それでいて価格も高め。通常サイズで安いものでも銀貨一枚なんて、ぼったくりだ。

「……可愛い」

 ネイディーンは目を輝かせて黒猫の人形を見ている。買いたそうだけど我慢している。
 規則に厳しそうな美貌と雰囲気を持つネイディーンも女の子だなぁと感じ入る。

 ……これは、お礼になるものを作らなければ。

 私は小さな猫のぬいぐるみをこっそり買って、店の外に出るとネイディーンに訊ねる。

「ネイディーン。この街で質のいい布地を売っている店ってある?」
「布屋なら近くにあるけど、どうするの?」
「ちょっと作りたい物があって」

 詳細は告げずに店に行き、コットンのような肌触りのいい黒と白の二種類の布地と綿とボタンをいくつか購入して、今日はお開きになった。


◇  ◆  ◇  ◆


 翌日の朝。食堂で朝ご飯を食べていると、目の前にエドモンが座った。

「あ……おはよう」
「……眠そうだな。夜更しでもしたのか?」

 挨拶を返さず指摘するエドモン。
 まぁ、確かに夜更しになるかな。物作りのためにユニークスキル《時の奏者》を使って時間を減速させても深夜を過ぎてしまったから。

 苦笑いを浮かべつつ最後の一口を食べて、セルフサービスの水を飲む。

「新しい魔道具の開発か」
「いや、今回はお礼になる物を作ってたの」
「……お礼?」

 復唱するエドモンは、教えろという顔で私をじっと見つめてくる。
 無視しようとしたけど、後々面倒なことになったら困るから教えた。

「昨日、ネイディーンがジュリアの依頼で街を案内してくれたの」
「ネディが……。それで、その礼とは何だ」

 ……今日はやけに食いつくな。

 小さな溜息を吐いて、《宝物庫》からある物を取り出す。
 それは、紐を頭のてっぺんに付けた黒猫のストラップ。
 手渡せば、エドモンは目を丸くした。

「……手触りがいいな。これを作っていたのか」
「これだけじゃないけどね。……この街に売られているぬいぐるみ、質が悪かったから。お礼をするならこれくらいがいいと思って」
「あいつが喜ぶと思うか?」
「うん。あの子、ぬいぐるみが好きだから」

 教えると、エドモンは意外そうな顔で目を丸くした。
 愛称で呼ぶほど長い付き合いだと思うのに、知らなかったようだ。
 ストラップを返してもらい、作り途中の一つを終わらせるために部屋へ戻った。



 仮眠をとって起きる頃に、十五時の鐘が鳴った。
 昨日の屋台で買ったサンドイッチと果実水で空腹を軽く満たし、冒険者ギルドへ行った。
 まだ日中ということでギルドの中は閑散かんさんとしている。飲食する冒険者もいるけど彼等は静かだから、いつもの活気が嘘のような気分になる。
 酒場の空間から受付のカウンターに目を戻し、報酬を受け取ったネイディーンに声をかけた。

「こんにちは、ネイディーン」
「! ……こんにちは。仕事へ行かなかったのね」
「ちょっと作りたいものがあってね。はい、これ。昨日のお礼」

《宝物庫》から取り出したのは、両手で持てるくらいの大きな紙袋。
 目を丸くしたネイディーンは、大きさの割に重すぎない紙袋に驚いた。

「これは?」
「見れば判るよ。あ、手は洗った?」

 訊ねると「いえ」と小さく答えたので、指を鳴らして水の浄化魔術を使った。
 反射的に辺りを見回すネイディーンに、一言告げてからすれば良かったと反省。

「これで良し。じゃあ、開けてみて」
「え、ええ……。……え?」

 戸惑いながら袋の開け口から中を覗き込む。すると、ネイディーンは目を丸くして固まった。
 中に入っているのは、赤いリボンを首に付けた黒猫のぬいぐるみ。形は昨日のぬいぐるみ専門店で買った黒猫のぬいぐるみを参考にして作ったのだ。

「これ、は……」

 驚きから声が震えているネイディーンの反応に満足して、笑みを浮かべた。

「触ってみて」

 促せばネイディーンはぬいぐるみに触れる。
 次の瞬間、勢い良く顔を上げて私を見た。

「まさか……作ったの?」
「うん。喜んでくれて良かった」

 達成感から笑顔になる。そんな私に、ネイディーンは口を引き結んで俯いた。ほんのり頬が赤いのは、喜んでくれているからだと思いたい。

「……ネディって呼んでいい」
「ん、ありがとう」

 ギュッと紙袋の上からぬいぐるみを抱きしめるネイディーンが、愛称で呼ぶことを許した。
 気を許してくれたのだと判って、嬉しくてはにかむ。

「ネディと打ち解けたようだな」

 その時、カウンターの奥にある階段の方からハスキーな声が聞こえた。
 奥の方を見れば、上階から下りてきたジュリアがこちらに来た。

「あ、こんにちは」
「ああ。これでもネディは警戒心が強いんだが……早くも仲良くなって良かった」

 穏やかに笑むジュリアは桔梗や百合のような美しさがある。
 中性的な口調は少し荒っぽいが、格好良く引き立てるからジュリアに似合っている。

「ところでネディ。何を貰ったんだ?」
「……これです」

 袋を開けて見せるネディ。
 中を覗き込んだジュリアは目を丸くして私に向いた。

「これを作ったのか? 一晩で?」
「うん。ちなみにこれはジュリアの分。ネディに案内を任せてくれたお礼」

 ネディが持っているものと同じ大きさの紙袋を渡す。
 受け取って中身を見たジュリアは目を丸くして取り出し、ふにふにと触る。
 青いリボンを首に付けた白猫のぬいぐるみ。ネディのぬいぐるみと色違いだ。

「これは……綿を入れたのか?」
「その方が抱き心地もいいと思って。どうかな?」
「……ああ。気に入った」

 ふわっと花がほころぶような笑顔。その笑顔を見ることができて、私も満足だ。
 ちなみに受付嬢達が羨ましそうに見ていたので、手作りストラップを代表の一人に渡した。


◇  ◆  ◇  ◆



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