闘い、のち発覚


 鉱山都市オリヒオに住み始めて一週間が過ぎた。
 今日も仕事に行こうと思って冒険者ギルドにおもむくと、入口前で二人の少年が口喧嘩くちげんかをしていた。

 赤茶色の短髪に鳶色とびいろの瞳が特徴的とくちょうてきな少年の顔立ちは精悍せいかんと言い表せるほど整っている。チェストプレートをまと体躯たいくは細身だが弱そうに見えないくらいで、腕は筋肉質。

 対するショートの黒髪に黒目――否、黒茶色ダークブラウンの瞳の少年の顔立ちはハンサムで、爽やかな好青年を描いている。上半身にレザーアーマーを纏っているが、腕は赤茶色の髪の少年ほど筋肉質ではない。身長も相手より数センチほど低い。

 年頃はどちらとも十代後半。私と同い年か、少し下くらいだ。
 それにしても黒髪の少年、何だか日本人みたいな顔立ちだなぁ。

「この貧弱ひんじゃくがっ!」
「貧弱じゃねえ! このマザコンがっ!」

 黒髪の少年の買い言葉に、プフッと小さく吹き出してしまった。
 マザコンって……外見に似合わずマザコンって……っ!

「何を笑っている」

 不意に後ろから若い男の声が聞こえた。若い男と言っても、実際は私より十六歳も上だけど。
 顔だけ向ければ、いつもの濃緑色のうりょくしょくのマントを纏っているエドモンが目の前の光景に呆れていた。

「またやっているようだな」
「またって……あの子達、いつもあんな幼稚ようちな言い合いを?」
「顔を合わせるたびにな。マードック……赤茶色の奴は、二年でCランク冒険者になったリョーマを認め切れていないようだ」

 エドモンの説明に、一つ引っかかる。
 リョーマって……この世界にはない名前だ。基本的に英名が多いこの世界で日本名を持つ人がいるなんて……まさか……。

 違和感を覚えて少年達を見ると、彼等と周囲にいる人達がこちらを見て呆然としている。
 この都市に来てよく見る反応だけど、居心地が悪い。

「エ……エドモンさん。彼女は……?」

 黒髪の少年側にいる少女がエドモンに声をかける。
 黒髪に黒目。りの浅い顔立ちは黒髪の少年と同じく日本人の顔立ち。しかも童顔どうがんだから可憐かれんな美少女と言える。
 身長は私より少し低いくらいで、日本人女性の平均的な体型。年頃は少年達と同じくらい。
 通常のシンプルな服の上に魔術師が羽織るマントを着ていた。マントの色は紫色むらさきいろだから、おそらく火属性と水属性の耐性を付与ふよした特別製のマント。
 観察していると、スキル《鑑定》がマントに反応した。


防具:双極そうきょく・火水のマント
詳細:対極たいきょくの属性である火属性と水属性の攻撃を受け付けないマント。装備している者は、火属性と水属性の耐性の効果を得る。


 やっぱり、珍しい効果を持つマントだった。でも、これは通常では作り得ない産物だ。

 通常、相反あいはんする属性を一度に一つの物に付与することは難しい。何故なら片方の属性が相反する属性を打ち消すからだ。
 複数の属性を馴染ませるにしても、三つ以上の属性はサイクル的に不可能に近い。火属性なら地属性、水属性なら風属性といったものは成功するが、それでも比率ひりつを間違えれば効果は発揮はっきされないため、高度な技術を必要とする。火属性と地属性と光属性なら、水属性と風属性と闇属性に対抗できる――といったものは特に難易度が高い。
 それなのに対照的な属性の耐性の効果を持つなんて、古代族でも難しい。神力を使えば上手く馴染ませることができるけれど、作れるとしてもネヘミヤ兄さん以外はありえない。

「一週間前に冒険者に入会した新入りだ。……おい」

 考え込んでいると、となりにいるエドモンが声をかけてきた。

「えっ、あ……何?」
「難しい顔をしているが、どうした」

 どうやら表情に出ていたらしい。魔女は学者同然の職種だから、どうしても気になってしまうと独自の思考にはまってしまう。そこは改善かいぜんしないといけないようだ。

「……些細ささいなことだから、気にしないで」
「お前のことだ。あいつのマントが気になったのだろう」

 言い当てられて目を丸くする。そんな私に、エドモンは続ける。

「俺もあれは異常だと思っていた」
「エドモンも?」

 うなずくエドモンに、仲間がいてくれて良かったと安心した。

「あの……このマントが異常ってどういうことですか?」

 例のマントを羽織っている少女が恐る恐る声をかけてきた。
 魔術師らしい服装だが、魔術師見習いなのか知らないようだ。
 このまま無知でいるとマントの価値に気付くやからねらわれる可能性があるから説明しておこう。

「そのマント、火属性と水属性の耐性があるでしょう?」
「えっ!? ……判るんですか?」
「属性を付与した魔道具は色で判るから。火属性の赤と水属性の青を混ぜ合わせたら紫になるでしょう?」

 絵具を連想させるように言うと、少女は納得したような顔になる。

「でも、魔道具ではそれはありえない色だよ。火属性と水属性は相反する属性。対照的な属性は、まさっている属性がおとっている属性を殺してしまうから。水属性は火属性に勝り、火属性は風属性に勝る――といった具合でね」

 両手の人差し指を立てて、右手の人差し指で左手の人差し指を折って表現する。
 すると、リョーマという黒髪の少年が手をげる。

「はい! どうして火属性は風属性に勝るんですか?」
「火は風に当たると更に燃えるでしょう? 蝋燭ろうそくの火では無理だけど、火事とかの火だと水以外で消火できないのがいい例だよ。土で消す方法もあるけど、火属性と地属性では相性的に意味はないから、防具の魔道具では合わせても問題ない。代わりに火属性と風属性の魔武器なら火属性の攻撃を向上させられるけど」

 説明すると、少年は理解できたのか「へえ」と相槌あいづちを打つ。

「でも、火属性と水属性、風属性と地属性といった組み合わせの魔道具と魔武器は存在しない。それは対照的な力関係であるからだ。例えば貴女のマントなら、水属性が火属性の効果を殺してしまう。だから対極的な属性を組み合わせて作られた魔道具は、存在自体が可笑おかしいの。もし作れたとしても、それには魔力ではない特殊な力を込めないと完成し得ない」

 少し専門的な説明をすると、少女は表情を固める。
 この世界の学校は『学園』としょうされ、九歳になる年に入学して十七歳で卒業する。
 おそらく彼女は十七歳。まだ学生の年齢であるはずだけど、この無知具合から学園に行っていないのかもしれない。

「……特殊な力?」

 言い終わった後に、少女の反対側、マードックという少年の近くにいる女性が復唱した。

 年頃は三十代半ばほどだろうか。ボブより長めのロブヘアの茶髪は外巻きのカールがかかって色気があり、鳶色が似合う切れ長な目は凛然とした大人の女性を体現している。魔術師なのか杖を持ち、水属性と風属性の耐性がある青緑色あおみどりいろのローブを纏っている。

 冒険者に所属する魔術師は、発動する魔術を安定させるために媒介となる魔道具を持つ。素材は魔力を通しやすい特殊な木や特殊な鉱石。杖、鉱石を嵌め込んだアクセサリー、指揮棒しきぼうのようなものなど形状は様々。これらは銀貨から金貨の価値があるので、資金に余裕がなければ手に入れることは難しい。
 女性の場合は特殊な木の杖の柄頭に白が混じった緑色の鉱石を嵌め込んでいるから、金貨相当の魔道具。しかも鉱石の色で風属性の他に光属性も持っていることが判る。

 実力のある魔術師だと一目で判ったけれど、どうやら「特殊な力」の存在を知らないようだ。まぁ、こればかりは仕方ない情報なので教える。

「神力だよ。これは神の祝福や加護を授かった、神の愛し子と神の愛娘じゃないと持ち得ない。それでも一般的に広く知られていないから、存在を知らない愛し子と愛娘が多い。しかもあつかい方が魔力とは違うから、使いこなせる人も限られている」
「教会に所属する聖人や聖女でも?」
「確かに愛し子と愛娘は必ず光属性を授かるけど、教会の聖人や聖女は光属性を持つ者ということだけを重視する。愛し子と愛娘は高位の者として扱われるけど、神力を使いこなせているかどうかは視野に入れていない。そもそも存在を知らない人の方が多いんだし、教会も例にれないよ」

 と言っても、宗教的な国であるヒエロファニー王国にとっては当たり前の知識だと、混沌の精霊王シリウスから聞いた。ヒエロファニー王国が擁護ようごしているスタウロス小国までは知らないけど。
 説明が終わると、茶髪の女性は興味深そうな顔で頷いた。

「私より若いのに博識はくしきだな。魔道具に適さない属性の組み合わせも初めて聞いたよ」
「え。魔術師なら属性の法則も視野に置くはずだけど……」

 どこをどう見ても魔術師である女性が知らないって……え? 嘘でしょう?
 軽く目を見開いた私はエドモンを見上げると、彼は肩をすくめた。

「属性の法則は王立学院でも中等部の後半で習うことだ」
「……遅くない?」
「そうか?」

 私のつぶやきに首をかしげるエドモン。
 中等部後半と言えば、中学生の半ばで知る内容だということ。それはあまりにも遅すぎる。
 地球では理科の授業があるが、この世界では魔術が理科の授業に当て嵌る。理科を習い始める小学校高学年で基礎を習得するから、この世界の学園も初等部で魔術の基礎を習得するはずだ。

 その基礎の一つが、属性の相性などの相互そうご関係。
 地球の小学校の六年生が習う理科の中で、自然の事物・現象の要因よういん規則性きそくせい、関係性を推論すいろんしながら調べるという内容がある。燃焼、水溶液、梃子てこおよび電気による現象について学んでいく。これは物の性質や規則性について見方や考え方をやしなうことを目標にしている。



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