08-02


「それは……お疲れ様」
「ほんと疲れた。なんせ貴族を相手にしないといけなかったんだ。しかも俺より位の高い侯爵だったし……」
「……え? クラウドって貴族だったの!?」

 驚愕きょうがくのあまり声を上げてしまった。そんな私にクラウドは苦笑い。

「オリヒオに近いヴェスパー領があるだろ。そこ、俺の兄貴が領主をやってる町だ」
「……マジか。てことは伯爵家?」
「ああ。ま、俺は三男だから自由にさせてもらってるから、こうして冒険者をやってる」

 容姿は貴族っぽいし、体格も騎士向きだとは思っていたけど、まさかの伯爵家の三男坊……。

「世の中わからないものだね」
「俺が貴族で冒険者ってことが?」
「うん」

 あっさりうなずけば、クラウドは微妙な顔で後頭部をいた。

「普通の反応だって解ってるけど……俺だけじゃないぜ? アグロティスの領主の子女は公爵令嬢なのに、タラッタの冒険者に入ってるし」
「……はいっ? え、令嬢が!?」

 アグロティスとは、バシレイアー帝国の南東に位置する生産都市。帝国の食を大いにささえていると言っても過言かごんではない。田園・工業・林産都市という肩書を持つ上に、一般的なものから高級食材まで幅広く栽培さいばいされているから、料理人にとって聖地と言える場所だ。

 タラッタはバシレイアー帝国の西側にある海に面した港湾こうわん都市。漁業や真珠などの宝飾品だけではなく、海上都市とオプディムス大陸との貿易ぼうえきまでになっているため、国にとって重要な場所。

 生産都市アグロティスの公爵令嬢が、港湾都市タラッタの冒険者ギルドに入っている。それこそ想像できない。普通、自分の領地の冒険者に所属するものじゃない? いや、貴族の令嬢が冒険者をすること自体が異質のはず。
 この世界の貴族って自由すぎないか? 本当にどうなっているんだろう。

 唖然あぜんとしてしまう私にのどを鳴らして笑ったクラウドは、緊急ボードに貼られている依頼書を見て顔をしかめる。

「シーナも参加するのか?」
勿論もちろん。生存率上げたいし。……殲滅魔術を使えないのは残念だけど」
「ボソッと怖いこと言うな。つーか殲滅魔術ってどんなんだよ」
「火魔術で一気に燃やす」
「お前ならやれそうでこえぇよ」

 引き攣った顔でドン引きされた。
 とんでもない発言をしているのは自覚しているけど、ドン引きはちょっとショックだ。

「でもま、シーナも参加するなら心強いな」
「えっ! シーナさん、参加するんですか!?」

 クラウドの後ろから男性の声が聞こえた。
 今度こそ体を向けて、右側の前髪が長いアシンメトリーな亜麻色あまいろの髪と翡翠ひすいの瞳が特徴的なエルフを見る。

 出会った時はアシエリオンの所為せいでボロボロの服装だったが、今回は黄色のかわのジャケットに緑色の服、黄色みを帯びた明るい茶色の革靴とズボン、赤いハーフフィンガーレスの革手袋、その上に肩当て、肘当ひじあてなどを軽く装備しているようだ。

 一見普通の服に見えるが、ちゃんとした魔防具。革のジャケットと革靴と普通のズボンは地属性で強化され、長袖の緑色の服は風属性で風の抵抗をおさえる他に加護も付与されている。指の先を無くした革手袋は火属性の防御力を付与して、火傷への耐性を上げている。軽装ながら高価な装備に、流石さすがエルフと言いたくなる。

 ニコラス・オーガスト。ギルドマスターであるジュリアの旦那だんなさんだ。三十代になったばかりの外見だが、実際は七二歳。そんな彼に敬称をつけられるなんて、少しむずがゆい。

「あ、ニコラス。久しぶり」
「お久しぶりです。……ではなく、本当に参加なさるのですか?」
「そうだけど、何か不味まずいの?」

 難しそうな顔のニコラスに怪訝けげんな顔でたずねると、彼は更にうれいの表情になる。

「不意打ちとは言え、アシエリオンを倒した貴女です。大丈夫だとは思いますが……今回はディノゾールが二体とリザードマンの群れ。あの時はアシエリオンだけでしたから……」
「今回は他にも冒険者がいるんだし、私だけじゃないから大丈夫でしょう」

 私だけで戦うのではないのだと言えば、ニコラスは軽く目を丸くした後、苦笑した。

「やはりシーナさんはお強い。貴女がいれば確実に生存率が上がることは間違いないのですから、応援します」
「ありがとう。ニコラスもここをお願いね」

 ニコラスはAランク冒険者。それでも殲滅の依頼に参加しないのは、手薄になるだろうオリヒオを護るため。
 何となく察した私の言葉に、ニコラスは嬉しそうに微笑んだ。

「ええ、まかされました」

 柔らかな声音で言葉を返して、ニコラスは受付のカウンターのすみにある小さな戸から入り、二階へと向かった。
 恐らくジュリアと話があるのだろう、と察した私は周囲の空気に気付く。
 何故なぜだか知らないけど、緊急ボードの前にいる冒険者達が私を凝視していた。

 ……しまった。目立ってしまった。
 ニコラスはAランク冒険者で、クラウドはBランク冒険者。かなり有名な人と軽口を交わして、尚且なおかつ実力を認められているという言葉が飛び交ったのだ。注目されないわけがない。
 思わず逃げるように、受付カウンターにいるハイジへ近づく。

「緊急依頼を受注した後はどこに行けばいい?」
「……あ、えっと……あちらの階段から、二階にある会議室に集合することになっています。……受注致しましたので、どうぞ」

 我に返ったハイジが右手を向けて指し示した、酒場の奥にある階段へ行った。


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