08-04


「湿気(しけ)た溜息ね」

 今度は若い少女の声が聞こえた。
 目を丸くして、左隣の席に座った少女――ネイディーン・クレーバーンを見る。
 白いキャップでシニヨンに纏(まと)めた黒髪を隠(かく)した、知的な灰色の瞳が特徴的なCランク冒険者。
 彼女はバシレイアー帝国では珍しく、濃い紫色の和服に七分丈の黒いズボンといった忍者っぽい和装をしている。ジュリアも着流しのような和服を着ていることは余談だ。
 ちなみにこの世界での和服は、ヒエロファニー王国の民族衣装とされている。

「あ、ネディ。久しぶり」
「ええ。……シーナ、エドモンと親しいのね」

 冴(さ)え冴(ざ)えとした凛々しい表情がデフォルトなのに、瞳だけは興味深そうにこちらを見ている。

「同じところに住んでいるから」
「……確かシーナも『白兎の庭亭』だったわね。本当に羨ましい。毎日あそこの料理を食べられるなんて」
「料理に辛口なネディが言うほどなんだよね、あそこ。そう言えば、ネディは自宅持ち? それとも共同住宅?」
「自宅持ちよ。自炊(じすい)は得意だけど、くたくたの時ってきついから、その時は外食になるわ。この都市で一番有名なレストランに行ったことあるけど、やっぱり『白兎の庭亭』には劣(おと)るわ」

 ネディの評価に驚く。まさか私が住んでいる共同住宅の料理がそこまで美味だなんて思わなかったから。

「じゃあ、今回の依頼が終わったら、『白兎の庭亭』で一緒に食べる?」
「……そうね。この依頼で沢山稼いで、いつでも食べられるようにしなくちゃ」

 ネディが意外にも食い意地を張るのだと知った私はクスクスと笑う。

「本当にネディって可愛いね」
「……馬鹿にしてる?」
「まさか。綺麗で凛々しくて格好いいのに可愛いって素敵だよ。こういうのって、確かギャップ萌えって言うんだっけ」
「……貴女、誑(たら)しだったの?」

 微笑ましくて笑顔で言うと、聞き捨てならぬ言葉が返ってきた。

「はいっ? いや、誑しじゃないよ!?」
「しかも天然だなんて……心配だわ。いろんな子を引っ掛けそうで」
「おおい! 私は軟派(なんぱ)野郎じゃない! いや、軟派尼(あま)じゃない!」

 必死に弁解(べんかい)しようとすると、隣で吹き出す声が聞こえた。
 斜め右を見れば、エドモンが肩を震わせて俯(うつむ)いていた。

「……なに笑ってるの」
「クハッ……いや、確かにお前は女だ。それは誰もが知っていることだ。それを野郎ではなく尼と訂正(ていせい)するとは……性別を疑(うたが)わせているようなものだぞ」
「よぉーし、歯ぁ食いしばれ」

 とんでもない発言に腹が立ち、怒りの所為で引き攣りそうな表情を笑顔に変えて、きつく握った右の拳を予備動作なく振るう。
 しかし、流石はAランク冒険者。こちらを見ずに片手で受け止めた。

 涼しい顔で、口角を上げて私を見下ろしているエドモン。

「見かけによらず凶暴だな」
「どーせ私は凶暴ですよっ。それより手を放して」
「殴らないと誓えるなら、放してやらんことはないが?」
「凶暴な私に無茶言うなッ。絶対泣かす……!」
「それは見物(みもの)だな」
「うっわぁ腹立つ!」

 まさかエドモンが、こんなに性格が悪いなんて知らなかった。

 物凄(ものすご)く腹を立てた私は、今ここで凍らせてやろうか、感電させてやろうか、という物騒(ぶっそう)なことを考えた。
 私一人で決めるには難しいので、隣にいるネディに意見を聞く。

「ねえ、ネディ。凍らせるか感電させるか、どっちがいいと思う?」
「……えっ? あ、ええ……じゃなくて、依頼を思い出して。今ここで使い物にならなくなったら不味いわよ」

 何かに驚いているネディに言われて、今は緊急依頼の説明を聞く前だということを思い出す。

「……それもそうだね。帰ってからのお愉(たの)しみにしておこう」
「愉しみにするな」

 呆れたように言うエドモンだけど、愉しみが増えてラッキーだ。
 どう料理しようか。凍らせてから感電させようか。それとも感電してから凍らせて長時間放置しようか。ふふふふふ……。

 内心で企みつつ含み笑いをして、表面では微笑を浮かべて隠す。
 しかし、私の不穏な気配に気付いたのか、エドモンはフードの上から私の頭を鷲掴(わしづか)みにした。

「うにゃーっ!? ちょっ、痛いっ、痛いっ。砕けるっ……!」
「安心しろ。そこまで力は込めていない」
「それって暗(あん)にいつでも砕けるってことだよね!? イタタタタッ」

 ギリギリと指先に力を込められて、頭が更に痛くなる。
 これ、本気で割れるんじゃないの? と危惧(きぐ)した時、キンバリーの声が聞こえた。

「お前等、何じゃれてるんだ?」
「「じゃれてない」」

 揃って反論すれば、キンバリーは「相変わらず息ピッタリだな」と不愉快なことを言われた。
 キンバリーが来たなら、彼の妻であるジェニファーと、息子のマードックも当然ながらいる。
 彼等がエドモン側に座ると、やっとエドモンが手を離してくれた。

「うぅぅーっ……痛い……」
「自業自得(じごうじとく)よ」

 ネディにばっさりと切り捨てられた。酷い……。
 念のために治癒術を無詠唱で使って痛みを取り除き、一息つく。

 次々といろんな冒険者が集まる。ぼんやりと眺めていると、一週間前に知り合った少年と少女が会議室に入ってきた。
 女神エリーゼ様によって異世界転移した日本人、リョーマとアスカだ。
 リョーマはいつも通りのレザーアーマーという防具、アスカは女神に与えられたらしい火属性と水属性の耐性を高めたマントを着ている。

 二人は空いている席を探すために辺りを見渡して、私の存在に気付いて目を見開く。

「シーナさん! もしかしてシーナさんも?」
「ん。リョーマとアスカも……ってことは、武器の扱いに慣れた?」
「おう、シーナさんのおかげで」

 驚きの声を上げたアスカと、フランクだけど敬(うやま)っている節のある返事をしたリョーマ。
 大分馴染んできたなぁ、と思っていると、隣にいるネディが不思議そうに私を見た。

「シーナ。最近のルーキーとも知り合いなの?」
「住んでいる所、同じだからね」
「……この子達も? 羨ましいわ」

 少し不機嫌そうな顔で羨むネディの発言に、無理もない、と苦笑。
 私達のやり取りに、リョーマとアスカは目を丸くする。

「えっ、ネイディーンさんと仲良いんすか?」
「うん」

 軽く頷くと、二人は羨望(せんぼう)の眼差しを送ってきた。

「本当に凄いです……。あ、ネイディーンさん。お隣いいですか?」
「好きにすれば」

 素っ気なく許可したネディ。気を許していない相手には、ツンの一点張り。彼女は俗(ぞく)に言うツンデレなのだと知った時は驚いたなぁ。
 アスカはそれを知っているのか気にしない様子……むしろ嬉しそうに隣に座った。


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