08-08


 冒険者ギルド側が用意したものと自前のもの。全部を合わせて七台の幌馬車が進む。

 ガタゴト、そんな音と振動で体が揺れる。いつも飛んで移動しているから、馬車での移動は帝都以来だ。
 もっとも、帝都の馬車は王侯貴族が使うような立派なもので、しかも舗装ほそうされた道の上を走っていたから、乗り心地は断然そちらの方が良かった。

 一方、どこにでもある幌馬車は揺れがやや酷い。道も舗装されていないため、その辺に転がっている石を踏んでしまい、余計に揺れる。
 出発から数十分。早くも音を上げそうだ。

「シーナ、顔色が悪いが……大丈夫か?」
「……大丈夫。ちょっと慣れてないだけ」
 ジェニファーが気遣って声をかけたので、微妙な笑みで答える。
 すると、正面にいるマードックが不思議そうな顔で訊ねてきた。

「慣れていないって……普段はどうやって移動しているんだ?」
「風魔術で飛んで。飛ぶと上空から色々と見えるし、何より迷わないから楽」
「……それが出来るのはシーナだけじゃねーか?」

 キンバリーが呆れながら言った。私だけって失礼な。

「師匠も飛べるよ。あの人のおかげで飛ぶコツが掴めたし」

 フィー姉さんから飛行訓練を受けた時は大変だったけど、今となっては良い移動手段だ。
 しみじみと思っていると、ジェニファーが興味深そうにく。

「シーナの師匠か……。どんな人物だ?」
「何て言うか……古風な人。ジュリアと似た感じがするけど、師匠は色っぽい美女だし、学者然とした雰囲気が印象に残るほど綺麗な人だよ」
「へえ。その師匠に魔術を教わったのか?」
「基礎をおもにね。魔術書を渡して一人でさせて、解らないところがあれば聞く、という感じ。放任のようでしっかり教えてくれるから、取り込みやすかった」

 キンバリーの質問に丁寧ていねいに答えたところで空腹を感じた。
 そういえば昼食をとっていなかったことを思い出し、《宝物庫》から籠を取り出す。
 蓋を開ければ、多種多様のサンドイッチがぎっしりと入っていた。卵を挟んだもの、ハムと葉野菜を挟んだもの、薄く切って焼いた肉を挟んだものなど、どれも美味しそうだ。
 浄化魔術で手を綺麗にして、ハムと葉野菜のサンドイッチから食べる。シャキッとした歯応えと薄くかかったドレッシングの酸味が良く合い、とても美味。

「うお、美味そうなもん持ってるな」
「住んでる所の女将さんから貰ったの」

 まだお昼食べてなかったんだ、とキンバリーに返して、果実水と一緒に美味しく頂く。
 三種類もあるサンドイッチを一個ずつ食べて満足している内に、馬車に乗っている全員がこちらを物欲しそうに見詰めていた。
 突き刺さるような視線に溜息が出そうになったが、我慢して飲み込む。

「……一人一個ずつならいいけど、手は汚れているよね?」

 ここでエドモン以外が惜しそうな顔をする。
 エドモンは手に付けている手袋を外し、水属性の浄化魔術でさっと洗浄した。

「一つくれ」
「あ、うん」

 ちゃんと手を洗ったエドモンに、籠を向けると、肉を挟んだサンドイッチを選んだ。

「ずりぃ……」
「はいはい。じゃあ、手を出して」

 マードックがうらめしそうに呟いたので、手を出すようにうながす。
 彼等が両手を向けたのを確認して、指を鳴らして水属性の浄化魔術をかける。
 一瞬だけ、ヒヤリとした空気に包まれて驚き顔になった彼等を確認して、目の前にいるマードックに籠を渡す。

「一個だけだよ」
「お、おう。ありがと」

 ちゃんと礼を言える子で良かった。

 全員が一個ずつ取って、残ったサラダのサンドイッチを私が食べる。

「こりゃ美味いな。どこに住んでいるんだ?」
「『白兎の庭亭』だよ。あそこの料理、ネディも好きなんだって」
「そう言えば……あの子は食通だったな」

 ジョイに簡潔に返せば、ジェニファーが思い出すようにつぶやく。
 ネディはこの世界での今時の女の子だ。外見から想像つかないだろうが、誰よりも女の子らしくて情報通なのだ。

「……!」

 不意に、遠くの方から嫌な魔力を感じた。数は三つ。
 スキル《索敵サーチ》を使いつつ、スキル《地図マッピング》に映る赤い点の数を数える。

「三匹、か……」
「何の数だ」
「魔物の数。西から来てる。結構速いから、四足動物型かな」

 問いかけるエドモンに淡々と答えれば、馬車の中が静まり返って緊張感が高まる。

「ん? ……ひっ、ファングウルフ……!?」

 御者が引き攣った悲鳴を漏らす。

 ファングウルフは、鋭く長い犬歯を持つ狼。その姿はサーベルタイガーに似ているが、Cランクモンスターのファングパンサーより速度は遅い。上位種になれば牙に毒を持つが、通常型はただ犬歯が長く鋭いだけ。それでもファングパンサーより知能は高く、統率力もあるし狡猾こうかつ。常に群れで行動しているため、ファングパンサーより弱くても同じランクに設定されている。

 現在地は、ちょうど森林地帯に入ろうとしている地点なので、出現しても可笑しくはない。今回は先頭を進んでいる私達の馬をねらっているのだろう。
 討伐して素材を得るのもいいけれど、今は集団依頼中。移動を優先しないといけない。まぁ、ファングウルフ程度なら、別にどうでもいいけど。

「――」

 そんなことを暢気に思いながら目を閉じ、感覚を研ぎ澄ませて指を鳴らす。
 御者が手元に置いている槍を持とうとした直前――近くに肌を刺すほどの冷気がただよう。

「……は?」

 間抜まぬけな声を出した御者は、ある一点を呆然と見詰めている。
 その異変に気付いたジョイが、危機感を覚えたようなあせりのある声をかける。

「どうした!?」
「えっ、あの……え? あの……ファングウルフが、突然凍り付いて……」

 取留とりとめないほど動揺どうようした声に全員が目を丸くして馬車の出入口から外を見る。
 チラッと見えたのは、凍った状態で倒れているファングウルフ。
 念のためにもう一度指を鳴らせば、氷像となったファングウルフが砕け散る。
 唖然、呆然としている彼等を一瞥いちべつした私は、ふぅ、と軽い吐息をこぼす。

「……お前がやったのか?」

 隣にいるエドモンが驚き顔で訊いてきたので、小さく頷く。

「魔力を感じる所に魔法陣を展開すれば、遠隔操作で魔術が発動するから。落雷でも良かったんだけど、それじゃあさわぎになるし、遠くにいる討伐対象も気付くだろうし。氷魔術にしたから大丈夫だと思う」

 我ながら上達したなぁ、と自分の実力に満足して、フードを目深に被り直して幌馬車の壁に寄りかかる。

 少し眠ろう。朝から慣れないことが続いて疲れてきたし。
 念のためにスキル《魔力感知》を周囲へ広げ、仮眠の状態に入った。
 時折、馬車の中にいる人達が色々と話していた気配がしたけど、それは全て無視した。


1/58

Top | Home