09-03


 真っ暗だった空が徐々に赤みを帯びていく。そんな夜明け前に、リザードマンの集落を囲む人間の影が所々にあった。
 魔物が活発に動く時間帯は昼間と夜中だが、魔物は動物と同じく一定の休眠を必要とする。
 今こそが、敵が無防備になる絶好の時間帯なのだ。

 東西南北を更に細かく分けた八ヶ所に冒険者達が向かって準備が整ったことを確認するために、スキル《地図マッピング》に映る青い点を注意深く眺める。

「本当に便利だよね、このスキル」

 地上から離れて、リザードマンの集落の上空にいるシーナは呟く。
 夜風が肌を冷やす。それでも宝具『悠久の衣』があるおかげで全身まで寒くならない。

 地平線の彼方――西から見える淡い赤に染まった空を見て、美しさから心が安らぐ。
 しかし、今これから戦場に身を投下する。その開戦の合図を、シーナが告げる。

「――始めよう」

 決意を新たに、右手をそらへ伸ばして周囲に魔法陣を展開する。集落のふちに添うように、森側に一定間隔で広がっていく。その数は十を超える。
 一定間隔であるのは、それぞれの魔法陣から落とされる雷撃が一本に収束しないようにだ。それを考慮して隙間を作りつつ、平原側へ誘導するように森側のみに絞る。

 青白く発光する魔法陣から、バチバチと紫電がほとばしる。シーナ自身の魔力だけではなく、大気中に遍在へんざいする魔素マナを魔法陣が自動的に吸収しているからだ。
 通常ではあり得ないことだが、魔法陣の技術は師である【創生の魔女】から伝授されたため、魔法陣に関してはシーナの得意分野となっている。そのため魔法陣を形成するための文字スペルを組み替えることもできるようになった。

 シーナは周辺を扇状に囲んだ魔方陣を感じ取り、静かに目を細める。
 そして、魔術を発動するキーワードを口にした。

『〈電光の狂乱ライトニングカーニバル〉!』

 鋭く振り下ろした右手に呼応して、魔法陣から閃光が生じる。
 目映い光を迸らせて放たれた落雷が、轟音ごうおんを立てて地面に直撃。
 瞬間、集落の中央に固まっているディノゾールの親子が飛び起きた。

 殲滅作戦の狼煙のろしが上がった。

「さて……まずは南かな」

 スキル《地図》に映っている赤い点が三分の一以上も減ったことを確認したシーナは、敵が多い南へ向かう。

 リザードマンが多い東と南と南東にはCランク以上の冒険者が割り当てられた。

 南東側にはAランクパーティー『氷冷の鉄槌』が配置されて、リザードマンを倒しながらディノゾールに向かうという戦法に出ている。そのサポートのためにCランクパーティー『悠遠の旅人』を組んでいるリョーマとアスカが同じく配置されていた。

 東側にはBランク冒険者のクラウドとDランクパーティーが一組。

 南側にはCランクパーティー『蒼炎の刃』とDランクパーティーが一組。

 クラウドの戦闘力と頑健さタフネスは若手の冒険者の中では随一ずいいちを誇り、スキル《身体強化》も達人の域に達している。特に攻撃力は天才レベル。彼の一撃を受けた者は必ず倒れるほどだ。
 リザードマンの密度が少ない所に配置されている冒険者も実力者。

 だが、南側で戦っている『蒼炎の刃』はともかく、一組のDランクパーティーの冒険者達の能力はベテランにギリギリ引っ掛かっている程度のもの。Cランクに届いてもいい魔物であるリザードマンを相手にするには多勢に無勢すぎる。

 情報を引き出したシーナは急いで向かったところ、危惧したとおり状況は芳しくなかった。
 キャンディスが率いる『蒼炎の刃』は、彼女の他に二人の男がいる。
 火魔術を纏わせられる業物の剣を操る剣士のキャンディス。
 弓の名手である弓使いでありながらグレイブと呼ばれる薙刀の類のポールウェポンを背負っているウォルター。
 鋼鉄製のメイスを持って戦っているが、それは魔術を安全に発動する武器型の媒体ばいたいでもあり、動き回りながら火属性や風属性の魔術を発動しているユリシーズ。
 彼等はCランク冒険者たる実力を兼ね備えている。それでもやはりもう一組のパーティーが必要だったようだ。

「まぁ、予定通りだけどね」

 状況が劣勢であれば、シーナが出向くという予定になっていた。

 呟いたシーナはギフト《宝物庫》から純白の大鎌・死ノ解放者デス・リベレーターを出した。そして飛行術の発動を停止させ、ホーヴヴァルプニルの靴で空中を駆け抜けながら地面に降り立つと同時に――

「はあっ!」

 リザードマンの首をねた。

 気付くことなく飛んだ首。血をき散らしながら倒れるリザードマンの正面で、尻餅しりもちをついた男が呆然とシーナを見上げていた。
 ちょうど今倒したリザードマンに殺されかけたDランク冒険者だ。

「大丈夫?」
「あ、あぁ……」

 ぎこちなく頷く彼の頬は赤い。恐らく会議に出ていなかった冒険者だろう。
 シーナは背後に迫るリザードマンを振り向きざまに横一文字に切り裂き、ステップを踏んで横薙よこなぎに、下からすくい上げるように、そして袈裟斬けさぎりに大鎌を振るう。

 一瞬で四匹のリザードマンを倒した鮮やかな手並みに見惚みほれる男。気付いたシーナは訊ねる。

「戦わないの?」
「……弓と矢がやられちまって……」

 男を一瞥いちべつすれば、左手には斬られて壊れた弓、地面には同じく斬られた矢筒があった。
 確認したシーナはアイテムボックスから弓と矢筒を出して投げ渡す。

「えっ!?」
「それ使って。後で売ってあげるから」
「いいのか!? こんな上等な……!」

 男が持っていた物よりはるかに上質な弓。矢も安物とは比べ物にならないほどしっかりしている。
 後で売ってくれると言っても、平気で渡すだろうか。

「今は殲滅が先でしょう!」

 戸惑う男に、シーナは鋭く一喝いっかつする。

「そもそもそれ、こういう時のために買ったものだから! 愚図愚図ぐずぐずしない!」

 シーナが敵を倒しながら活を入れる。
 先を見据えて準備した行動力に驚かされるが、一番は大勢の敵を前にしても毅然きぜんとした姿勢。
 いくら大魔術によって数が減ったとはいえ、この数は劣勢を強いられる。

 だが、シーナにあきらめといった弱さは見当たらない。
 むしろ、未来への希望を見せつけられた。

 鳥肌が立った男は、負けていられないと気合を入れ直して立ち上がる。

「私はいいから、仲間のサポートへ!」
「恩に着る!」

 律儀に礼を言った男は持ち場へ戻っていく。
 流し目で見送ったシーナは大鎌の柄を強く握る。

光ノ鎖レイ・チェイン

 死ノ解放者に魔力を込めると、魔武器マジックウェポン特有の魔術が発動する。
 淡く発光する太く長い鎖が三本も出現し、二本はオートモード、一本は大鎌を振り回しながらセミオートで操る。

 先端に携えている刺で敵を穿うがち、時には長い鎖で締め上げて大鎌で纏めて切り裂く。
 踊るように武器を振るう。その姿を見た冒険者達は目を奪われそうになる。

 ふと、ここでシーナは武器を神剣ホノイカヅチに切り替えた。

「はぁっ!」

 一呼吸で神力を流し込んで刀身に帯電する炎を生じさせ、一番多く固まっているリザードマンに向けて振るった。
 刀身から放たれる炎の刃に切り裂かれたリザードマンは傷口から燃え上がり、炎に帯びる電撃による追加攻撃ではじけ飛ぶ。
 その様子を見て、シーナは顔をしかめた。

「やっぱり仕事に向いてないな」

 ぽつりと呟いて《宝物庫》にしまう。その理由は、この殲滅依頼でたんまり稼ぐには魔物の素材が必要だからだ。それを燃やし、破壊してしまっては意味がない。

 神剣ホノイカヅチは破壊の神器。今のように炎の斬撃を飛ばせば、敵は容赦ようしゃなく灰燼かいじんする。普通にあつかえば問題ないが、損傷は少ない方がいい。

 けれど、殲滅に適した魔武器は死ノ解放者と世界樹の弓。それ以外の武器は普通過ぎて殺傷力にばらつきがある。


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