02-02
「……何だ、あれは」
遺跡から離れた森の中に、立派な二階建ての家がある。
屋敷とも呼べる家の二階の一室にて、羊皮紙に文字や図案を書いている女性は窓から見える光の柱に目を見開いて呆然とした。
書きかけの図案を放って窓ガラスを開け放ち、雲を
「……光属性か、これは。ということは……浄化魔術? しかし、これは……」
「フィロメナ!」
黒真珠のような光を宿す瞳を細めて観察する女性に、外から声をかけられる。
下に目を向ければ、涼やかな空色の瞳が特徴的な金髪の男が剣を
「行くのか、ネヘミヤ」
「ああ。すぐ戻ってくるから」
「待て。私も行く」
古風な口調で告げたフィロメナは黒髪を
季節は
ローブを羽織って装備も整え、外に出てネヘミヤと合流する。
「待たせた」
「そんなに待ってない。それより、いいのかい? 研究の途中だというのに」
ネヘミヤは秀麗な美貌に心配という感情を込めて
「あれを見て集中しろという方が無理だ。それに、君だけでは
男性的な口調だが、ネヘミヤとは違う女性的な美貌に良く似合っている。
はっきり言われたネヘミヤは、「はは……」と苦笑した。
「さあ、急ぐぞ。――フィネス」
右手を前に突き出して呼びかければ、金色の魔法陣が生じる。
ロック鳥のような巨体だが美しさがある鳥は、不死鳥の部類に入る聖獣アムルゼス。
「フィネス、神殿まで連れて行ってくれ」
『
深みのある古風な念話を受信し、フィロメナはネヘミヤとともにフィネスという不死鳥の背中に乗った。
大きな翼を羽ばたかせて飛翔する。あまり遠くない場所にある遺跡から立ち昇る光に、フィネスは金色の目を
『大規模な神聖魔法だ。十人以上の古代族の魔力を必要とするぞ』
「フィネスも、あの魔術……いや、魔法を行使したのは多くの僕の同族だと見立てるんだね」
ネヘミヤの言葉に、ああ、とフィネスは返す。
この世界の魔力を使った術には二種類の名称がある。
魔術。個人の力で常識から
魔法。個人の力で様々な超常的な現象を起こす術。通常の人間の手ではできない奇跡を可能にすることができるため、神秘的なものの分類に入る。
魔術は魔力だけで発動できる常識的な力。しかし魔法は魔力だけでは発動できない。
「神聖魔法は
この世界では神に祝福された者、加護を与えられた者は、多少の差があるも魔力とは違う神に近い力を具えている。神の加護を与えられる者は人族が多く、ごく稀に妖精族がひと握りほど。
ただし、それは古代族を除いての割合。
古代族は生まれながらにして神の一部を与えられる。つまり、突然変異がない限り、全ての古代族は神の祝福や加護を一身に受ける。
古代族であるネヘミヤも、その内の一人。
ネヘミヤは数百年も生きている古代族。種族の中では若い部類に入るが、外見は二十代半ば。老化現象が止まるとしては少し遅い方だ。
しかし、彼は今の外見年齢に満足している。魔力の量が多いほど長寿で老化が遅くなる世界で、同じく二十代の
「! これは……」
神殿から立ち昇った光が遺跡全体に広がって消える頃に遺跡の敷地に入ると空気が変わった。
肌で感じて判るほど、遺跡の空気が清浄なものになっていた。
二人は深淵の森の空気と違い、恐ろしいほど心地良い空気を感じた途端に安らぎを覚える。
気が抜けるほど優しい空気――
「ネヘミヤ。古代族は魔力回路の
魔力回路の循環とは、世界が生み出した存在である竜神が管理している、世界中の魔力の流れ。
魔素が
一度崩れた魔力回路を整えるには長い年月が必要となる。
しかし、あの光は一瞬にして魔力回路の循環を正常なものに変えたようだ。
古代族と予測していたフィロメナはネヘミヤに問うと、ネヘミヤは驚愕の表情でぎこちなく首を横に振る。
「い、いや……。魔力回路の循環は竜神と、竜神が生み出したドラゴン以外できないことだ。古代族は、あくまで魔族の討伐のために創られた種族だから」
「なら、この神聖魔法をやった奴は……」
予測できなくなった二人は困惑する。その間にフィネスが遺跡の正面に降り立った。
二人が降りると、フィネスは体格を鷲と同じ大きさに変える。通常の聖獣は体格を変える魔法を使えないのだが、フィロメナと契約したため様々な魔術を使えるようになったのだ。
フィネスがフィロメナの肩に留まると、二人は神殿に踏み込む。
神殿の中は迷路のようになっているため、進むのは困難を極める。その上、最上階である二階と最下層である地階があるのだ。どちらへ行けばいいのか判らない。
「どこから行く?」
「そうだなぁ……ん?」
ネヘミヤが悩んでいると、通路の奥に獣がいた。
長く滑らかな灰色の体毛に
魔物かと
「……精霊?」
ネヘミヤが呟くと、狼は二人に背を向けて歩き出す。そして止まり、二人に振り返る。
「……案内してくれるようだな」
「みたいだね。行こう」
フィロメナの言葉に同意したネヘミヤは揃って狼について行く。
複雑な作りをした神殿を進むと、数十分で地下へ通じる階段に着く。
階段の下は魔素が淀んでいるため魔物がいる。しかし、踏み込んでみると魔素は正常に循環しており、魔物の気配を感じない。
不思議な感覚に緊張感を覚えながら狼について行けば、見たことがない広場へ到着した。
最上階にある魔法陣と似ているが、それよりも複雑な魔法陣を刻み込んだ艶のある床。
見たことがない魔法陣に興味を持つが、魔法陣の中心にいる二つの人影に息を詰める。
一人は大理石の床に散らすほど長いロングストレートの金髪と持ち、純白のベールとドレスを身に纏い、狼と同じく淡く発光している。
見たことがない女性的な精霊は、床に倒れている黒髪の少女に膝枕をしてあげていた。
『あら、意外と早かったわね』
優美な声を連想させる念話が届く。
神々しい美貌を持つ美女に緊張感を持ち、ネヘミヤが訊ねる。
「貴女は……精霊か?」
『ええ、光の精霊よ。そして彼は混沌の精霊王』
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