02-03


 エルピスカイノスの自然界を調律ちょうりつする幻想的な存在、精霊。彼等の体は世界中に偏在へんざいする魔素で構築されているため、存在感がほとんどと言っていいほど感じられない。彼等の存在を感じるなら感知能力、姿を見るには精霊眼を持たなければならない。

 一般的な精霊は、火・水・風・地・植物。氷・雷などの派生形の力を持つ精霊は少ない。
 世界が構築される時に生まれた精霊は、光・闇、各一体のみと言われる。
 そして、彼等と同じく一体のみ存在する混沌の精霊王は、精霊王が存在しない植物を除く、火・水・風・地の精霊王と違い代替わりできない。それは創造神の分身体であるからだ。

 出会える確立はひと握りより少ない。そんな高尚な精霊が目の前にいることに、そんな彼等が一人の人間の傍にいることに、フィロメナとネヘミヤは衝撃から目を見開く。

「何故……あなたがたが人間の傍に……」
『ふふふ、それはね? 彼女が【最上の聖女】だからよ』

 最上の聖女。聞いたことがないが、おそらく称号だろう。

『彼女は世界創造の原因となった根源の始終しじゅうを観て、この世界に転生した別世界の魂なの。それもあって女神エリーゼ様に匹敵する神力を秘めているわ』

 優美に微笑む光の精霊の言葉に、掠れた声で問いかけたフィロメナは衝撃から瞠目どうもくした。


 根源の始終。
 過去、現在、未来において、あらゆる原因を生み出す世界の縮図。
 光と闇、陰と陽、善と悪、創造と破壊、始まりと終わり、全てを内包ないほうするもの。
 これを認知する生物はほとんどいないが、究極の知識を求める一部の生物は考察する。

 ある者は神。
 ある者は虚無。
 ある者は輪廻りんね
 ある者は太極たいきょく

 しかし、誰も正解こたえいたった者はいない。

 世界の元始から全ての事象、想念、感情が記録されている、過去のあらゆる出来事の痕跡こんせきが永久に刻まれている世界の記憶――アカシックレコードさえ根源の始終の一部。究極の知識の一端でしかない。 宇宙誕生以来、全ての存在について、あらゆる情報が蓄えられているアカシックレコードは、あくまで世界の根源の記録という機能として付属ふぞくしているにすぎないのだから。
 世界創造の原因――根源の始終は、全ての現象が生まれ死んでいく原因。それを知り得ることこそが究極の知識の獲得である。


 ――そう、この世界の哲学者は考えている。
 フィロメナも、その内の一人。

「……その娘は、答えを見つけたと言うのか……?」
 おそれ入るように声が震える。
 フィロメナの質問に、光の精霊は小鳥のような仕草で首をふぞくげた。

「……その娘は、答えを見つけたと言うのか……?」
『さあ? 私が知っているのは、根源の始終の中にいても消滅しないで称号を得たことくらいよ。あの中にいると根源にまれて消える。けれど彼女はありのままを受け入れ、尚且なおかつ己を見失わなかった。時間に換算かんさんすれば数千年もいたことになるわ』

 本人からすれば数時間程度の感覚だろうが、神界で観察していた創造神の情報では古代族よりも長く存在して正気を保っていられたらしい。その上、根源の始終について考察して、称号を獲得した。
 まるで、という言葉が陳腐ちんぷになるほど超越した存在なのだと理解したフィロメナは戦慄せんりつした。

『彼女の肉体は創造神が用意したけれど、容姿や色彩、根本的な形状はなかった。用意されたのは肉体となるもとだけ。本来ならあやふやな存在として目覚め、その後に望む姿に整える手筈てはずだったそうだけど、彼女、古代族として生まれ変わったの。創造神ディオン様とエリーゼ様の一部を与えられているとはいえ、奇跡と言うしかないわね』

 クスクスと面白そうに笑って説明した光の精霊に、我に返ったネヘミヤが訊ねる。

「じゃあ、この神殿の魔素を循環させたのは……」
『そう。彼女本人よ。たった一人でとてつもない神聖魔法を行使したから魔力欠乏症けつぼうしょうになってしまったけれど、もう半分も回復しているから心配しないで』

 魔力がほとんどなくなって昏倒こんとうしてしまうことを魔力欠乏症と言う。魔力を持つ者の魔力は命と同じくらい重要な生命活動の機能を持つ。それが急激に減ると命を落とすことも珍しくはない。
 光の精霊の話に緊迫したネヘミヤだが、後からの説明で安堵の息をく。

『それで、彼女にこの世界の常識を教えてあげてくれないかしら? このまま外の世界に出せば、きっと善悪も見分けられず破滅してしまうから』

 光の精霊が言うとおり、常識という武器を備えていない『彼女』は無防備だ。ある程度の教養を施さなくては、生き抜くことは難しいだろう。

「私は構わない。ネヘミヤは?」
「僕も大丈夫だよ」

 ほとんど考える間もなく了承した二人に、光の精霊は笑顔を浮かべる。

『よかった。私達も彼女をサポートするから、お願いね』

 しっかり頷いたフィロメナとネヘミヤ。

 こうして少女――シーナの運命の歯車が噛み合い始めた。


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