02-05


「えーっと……私はシーナといいます。お姉さんの名前を聞いてもいいですか?」
「フィロメナ。世間では【創生そうせいの魔女】と呼ばれている。二つ名の通り、魔女だ」
「魔女?」

 この世界に魔女なんて存在するんだ。でも、私の世界との概念は違うかもしれない。
 復唱すると、フィロメナさんは首を傾げた。

「シーナの世界に魔女は存在しなかったか?」
「あることにはありましたが……え? 私の世界? え、言いましたっけ?」
「光の精霊から聞いた」

 マジか。じゃあ、遠慮なく言っても大丈夫そうだ。

「私の世界では、まじない師や薬師くすしみたいなものです。中世では悪魔と契約を交わす存在として忌避きひされ、魔女狩りの対象になっていました。空想の産物では魔法使いの女性版として扱われています」

 フィロメナさんにある程度詳しく説明すると、驚きから目を丸くした。

「空想の産物? もしかして、魔術というものはなかったのか?」
「概念としては存在しましたが……ほとんどが空想です。私の世界では科学という学問で、機械……からくりを発明する技術者がいて、魔術の代わりに世界中に普及ふきゅうされています。例えば音楽を記録させて、いつでもどこでも聴くことができる機械とかがあります」
「シーナの世界は不思議だな。シーナにとっては、こちらの世界が不思議なのだろうけど」

 興味津々で聞いていたフィロメナさんはそう言うと、今度はこちらの世界の魔女について教えてくれた。

「この世界の魔女は、世界のことわり、自然の摂理せつり、魔術の根幹こんかんせつりを見守り、寄り添う者だ。大半が神に祝福や加護を与えられた神の愛娘で、神力を自在に操る技術を有している。独自の技術を編み出し、世の中に貢献する者もいれば秘密にする者もいる。私はどっちつかずだな。世の中に貢献こうけんしているものもあるし、隠匿しているものもあるから」
「へえ。それって人族のみ?」
「そうだ。それと魔女の中には破壊や殺戮さつりくを好む者もいる。そいつらは『悪女』と呼ばれ、討伐対象として狙われる。ま、独自の技術を持つ私達魔女も充分狙われているがな」

 最後は自慢するようにフィロメナさんは言った。
 狙われていると言っているのに悲観していない。むしろ誇らしそうだ。
 それはそうだ。狙われるということは、自分の技術を高く評価してくれている証拠なのだから。

「凄いですね」

 前向きなフィロメナさんに感化されて頬を緩め、相槌あいづちを打つ。
 すると、フィロメナさんの表情が変わる。まるで面喰めんくらったような……。

「……シーナは、同情しないんだな」
「え? ……どうして同情しないといけないんですか?」

 きょとんとした表情で言えば、フィロメナさんは戸惑う。

「狙われていると聞けば『大変だったな』とか『大丈夫なのか』とか言うはずだが……」

 ……あぁ、なるほど。そういう同情か。

「フィロメナさんは悲観してないでしょう? だったら同情する必要はないですよね。それに、自分を可哀想って思っていないのに、他人に可哀想って言われるの嫌ですし」

 同情という感情は苦手だ。私は同情心が薄いし、無意味に同情されるのは嫌だ。
 生前は可哀想という言葉が似合う人生を送っていたし、同情されるようなこともした。
 でも、時が経つにつれ、同情されることはみじめな思いをすることと同義だと感じた。
 だから私は同情という感情は苦手だし、相手に同情心を押し付けたくない。上辺だけの同情なんて、気持ち悪いだけだ。

「自分を可哀想と思っていないなら、惨めな気持ちになる言葉を返す必要はないです」

 はっきりと自分の意見を言うのは久しぶりだ。
 しっかり見据えて言えばフィロメナさんは目を丸くして固まり、徐々に柔らかな表情に変えた。

「シーナは優しいな」
「……そうですか?」
「そうだとも。それより、腹は減ってないか? 三日も飲まず食わずでは体が保たないぞ」

 フィロメナさんが言った後、私のお腹が「きゅるるるぅぅ……」と音を立てた。
 恥ずかしさのあまり赤面して俯き気味に頷くと、フィロメナさんは笑って私の頭を撫でた。

「胃に優しいものを作ってくるから、少し待っていろ」
「もう作ってきたよ」

 部屋の外から聞こえた声で肩がビクッと跳ねる。
 そちらに顔を向ければ、肩につかないほどの金髪に涼やかな空色の瞳が特徴的な美男子がいた。
 美形率、高いなぁ。

「目が覚めて良かった。僕はネヘミヤ。君と同じ古代族だ」
「あ……シーナです。助けてくれてありがとうございました」

 小さく会釈してお礼を言えば、ネヘミヤさんはにこりと笑った。

「どういたしまして。食欲はあるね?」
「はい」

 頷くと、ネヘミヤさんはベッドの脇にあるテーブルに料理を載せたトレイを置いた。

「敬語はいらない。君に敬語を使われると、何だかこっちがかしこまってしまうからね」
「え……わ、わか、った」

 分かりましたって言いかけたが言い直す。すると、フィロメナさんが不機嫌そうな顔になった。

「……先を越されたな。私も呼び捨ていい。むしろそう呼べ」

 古風で中性的な口調のフィロメナさんに命令形で言われてしまった。
 何で呼び捨て? ていうか、畏まってしまうってどうして?

 疑問符がいくつも浮かび上がったけれど、じーっと見つめるフィロメナさんに気圧されかける。

「……フィー姉さんは、駄目?」

 フィロメナさんのような人が姉だといいなぁって思っていた。もし呼べるなら、そう呼びたい。
 申し出るとフィロメナさんは目を丸くした後、クスクスと笑った。

「ふふ……そうくるか。ああ、いいぞ」
「あ、ずるい。僕もネヘミヤ兄さんって呼んでよ」
「うん。改めてよろしく、フィー姉さん、ネヘミヤ兄さん」

 気持ちを改めて言えば、二人は穏やかに笑んで「よろしく」と返してくれた。


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