まずは靴屋。窮屈でボロボロじゃなくて、足首で固定する外れにくいサンダル。
続いて服屋。上はクリーム色の長袖、下は足首まである黒いズボンといった、乗馬で動きやすい服を選ぶ。上衣の袖口やズボンの裾に
「そんなに安いものでいいのか?」
「うん。着れたらそれでいいから」
肌に優しい素材だけど値段もちゃんと確認して選んだのだ。まだお金を持っていない今は借りないといけないから、できるだけ安いものを選ばないと。
それに、昼間はずっと馬に乗りっぱなしになるから、ズボンじゃないと危ない。
あと、私はスカート系の服なんて幼少期以外着たことないから恥ずかしいんだよね。今さら女の子らしい服装になれない。
あとは下着。アレンからお金の使い方を一通り教えてもらったから、お金を借りてシンプルなものを三着ずつ買った。
この世界の通貨は硬貨。一般的に流通しているのが、銅貨、小銀貨、銀貨、小金貨、金貨。
銅貨二十枚で小銀貨一枚。小銀貨五枚で銀貨一枚。銀貨二十枚で小金貨一枚。小金貨五枚で金貨一枚。
銅貨一枚で屋台の飲み物やパンを一個、または二個。小銀貨で安物の服が二着。銀貨一枚で本を一冊、安い宿に一泊だけ泊まれる。小金貨一枚で宝石や装飾品が質によっていくつか。金貨一枚で
おそらくだけど日本円に例えるなら、銅貨は百円、小銀貨は二千円、銀貨は一万円、小金貨は二万円、金貨は百万円になる。
下着は小銀貨が一枚と銅貨が十枚あれば三着ずつ買えるので、上下セットを選べた。
「お待たせ。……それは?」
「婦人用のコートだ」
広げて見せたのは、少し小柄な人が着る茶色いコート。薄くて軽そうだけど、生地は温かそうに見える。
誰かへのお土産? でも、帝都の人ならもっといい物を買っているはずだし……。
不思議に思って首を傾げると、アレンは笑って私の肩に掛けた。
「え?」
「プレゼントだ」
「ええ!?」
家族以外からのプレゼントなんて、精霊ぐらいだったから新鮮だ。
じゃなくて!
「だ、だ、駄目だよ、こんなっ! 勿体無い!」
「勿体無くない。あと少しで冷え込むようになるんだ。防寒着は
悪戯が成功したような笑顔で片目を閉じるアレン。
その仕草は格好いい。けど……! こんな高価なものを平気でポンッと出すなんて!
「高くなかった?」
「それほどでもないさ。気に入らなかったか?」
少し不安そうな顔になるアレンに、私は慌ててコートの裾を寄せる。
「すごく好みだよ。でも……私、何もしてないのにプレゼントなんて……」
ちょっと気負いが……。
お返しをするにしても、私にはお金がないし……あ、そうだ。
「お金を貰えたら、私もアレンに何かプレゼントする」
「えっ」
目を丸くするアレンに、私は笑ってやる。
「こんないい物を貰ったんだから。私だってお返ししたい」
私は大人しく貰われるばかりの安い女じゃない。ちゃんと相手に何かを返すという精神は持ち合わせている。
これが日本人気質だと思うと、ちょっとおかしくなった。
「だから覚悟しててね!」
「……ああ」
苦笑しているけど、どことなく嬉しそうな顔のアレンは私の頭を撫でた。
出会って三日目だけど、アレンは私の頭をよく撫でる。
私には兄弟なんていないから、このやり取りは新鮮だ。妹のように思ってくれているのなら嬉しいし、こんな兄がいてくれたらきっと楽しいだろう。
でも、何故だか兄妹だと思った瞬間、胸の奥が針で刺されたような痛みを感じた。
地平線の彼方が赤紫色に染まる頃、アレンと一緒に町で二番目に大きな建物に行った。
「すごい……」
「ここが今日の宿だ」
こんな立派な建物が宿だなんて予想外で、思わず目を丸くしてしまった。
アレンは面白そうに笑って、宿屋の扉を開ける。
店内は酒場っぽくて、テーブルや椅子がいくつも設置され、そこに様々な装束を身に纏う男性から女性が所々に座っている。
女将さんからブリキのジョッキを配られた一人の男が、こちらに気付いて手を振った。
「アレン、こっち、だ……」
アレンに声をかけたその男は、ピシッと固まった。
会話の途中で気付いた二人の男と一人の女性もこちらを見て、目を丸くする。
彼等の視線がアレンではなく私に向いている気がして、少し怖くなって後ろ足を引く。アレンはそんな私の肩を軽く叩き、私の手を取って
「遅くなってすまない」
「あ、あぁ……じゃなくて! 本当にあの時の子か!?」
「めちゃくちゃ美人じゃね!?」
は? 美人? 誰が?
「先に床屋に連れて行ったからな」
「床屋に行くだけでこんなに変わるもんっスか……?」
三人の中で一番若い男……というか少年が言うけど、前髪を切っただけだから、そんなに変わってないと思う。
衝撃が抜けきらない三人の男達だけど、女性は席から立つと私の前に来た。
「はじめまして。私はデオマイ村の花嫁候補の侍女、ソフィア。この宿でみんなを待っていたの」
「あ……はじめまして。シーナです。遅くなってすみません」
軽く頭を下げると、ソフィアは首を横に振ってニコリと笑った。
「いいのよ。突然の勧誘だったそうだし、シーナも大変そうだから。何かあったら私に相談して? できることがあれば力になるから」
「……ありがとう」
こんなに優しい人もいるなんて驚いたけど、ほっとした。
女性がいてくれると心強いし、何より気が楽になる。
でも、彼女は花嫁候補の侍女だから忙しいと思うし、あまり話せないかもしれない。
ちょっと残念だけど、彼女の仕事の邪魔をしたらいけない。
「あ、そうだわ。貴女の友達が部屋で待ってるわ。案内するから」
「……え?」
友達? 友達って……誰?
デオマイ村では、私に友達という存在はいない。いるとしても、それは人間ではない。
それなのに、どうして私を友達なんて言葉を使って呼び寄せようとするのか。
……まさか。
「シーナ?」
嫌な予感がする。警鐘が鳴り響いているような耳鳴りがする。
我に返ると、血の気が引く私をソフィア達が不思議そうな顔で見ていた。
……駄目だ。足を引っ張るな。
「……なんでもない」
小さく返して、私はソフィアの案内を受けて階段を上った。