03-03




 花嫁候補の部屋は二階の突き当りにある。ソフィアが扉をノックして、ひと声かける。

「イザベル様、お連れしました」

 ……ああ、嫌な予感が当たってしまった。

 部屋の中から「どうぞ」と鈴を転がしたような軽やかな声が聞こえた。
 胸焼けがするほど拒絶反応が出そうだ。

 ソフィアが扉を開けて、私から先に部屋へ入れる。

「ありがとう、ソフィア。二人きりで話がしたいの。いいかしら?」
かしこまりました」

 言葉で人を使うことに慣れている、この人間の優しそうな声に吐き気がする。
 無表情を貼り付けて、二人きりになった空間の中で目の前にいる少女を見る。

 緩いウェーブがかかった亜麻色あまいろの髪は背中まで。ぱっちり二重に嵌る、大きな琥珀色こはくいろの瞳。全体的に妖精のような愛らしさがある美少女は私より二歳も年上だから、肉付きは女性的。容姿に見合う桃色のワンピースの上には上質なストールがかけられている。
 誰もがうらやむ美貌を持ち、誰もがしたう優しさを兼ね備えた美少女が、デオマイ村の村長アイザックの娘、イザベル。

 私の闇の権化ごんげそのものだ。

 イザベルは二人きりになって私に目を向けると、不快そうに形の良い眉を寄せる。

「なに? その格好。貴女なんてみすぼらしい服で充分じゃない」

 誰もが「蝶よ、花よ」と愛でるだろう人間から、辛辣しんらつな言葉が吐き出された。
 これがイザベルの本性。自分の気に入らない人間は排除しようとする、自分だけが愛されていればいいと傲慢ごうまんにも思い込んでいる、裏表の激しい、ただの人間だ。

「それに髪まで切って……娼婦しょうふでも始めるつもり?」

 どうして髪を切っただけで魔女から娼婦に変わらないといけないのか。
 どういう脳内構造をしているのか不思議だけど、この女を理解する日はきっと来ない。

 私の全てを奪った、この外道だけは死んでもゆるせないから。

「貴女まで帝都に行くなんて……間違ってるわ。貴女みたいな薄汚れた魔女が行っていい場所じゃないのよ? 解ってるの?」
「薄汚れているのはそっちでしょう」

 ……あ、しまった。つい言い返してしまった。
 もういい、自棄やけだ。

「……何ですって?」
「自分ばかりが愛されていればいいっていう思考ばかりだから、そんな薄汚れた考え方しかできないのかって言ったの」

 ニュアンスを少し変えて見下すように言えば、イザベルはこぶしを握り締める。
 綺麗な瞳も怒りと狂気のせいでにごっている。どうすればこんな育ち方をするんだか。

「だいたい、私は魔女じゃない。魔導師として純粋な勧誘を受けて帝都に行くの」
「……へえ? 貴女が魔導師? たかが『黒持ち』だけで選ばれた勧誘の何がすごいんだか」
「貴女、馬鹿?」

 思わず本人の前でののしってしまったけど、もういいよね。ずっと我慢したんだから。

「宮廷魔導師は、たかが『黒持ち』で選ばれるわけがない。純粋な才能と素質がないと選ばれないんだよ。それさえも知らないくせに、『黒持ち』を馬鹿にしないで」

 私は何度も逃げていたわけじゃない。イザベルという人間を観察して、どういう風にすれば言い負かせられるかを考えるための行動だった。
 村では私に味方なんていない。反抗してしまうと風当たりが余計に酷くなるだけだ。

 けど、今は違う。今は村の中じゃなくて、村の外。
 デオマイ村はイザベルの城だった。その外にいるということは、ある程度は対等でいられるということ。

「……この私に口答えをするなんて、ずいぶん偉くなったじゃない」
「村の外だからこそだよ。それより世間話をするために呼んだわけじゃないでしょう?」

 さっさと要件を聞いて済ませたい。
 促すと、イザベルは黙り込む。
 ……まさか。

「私で遊ぶために呼んだの?」

 言葉で甚振いたぶって追い詰めて、村へ追い返そうという魂胆こんたんだったのか。

 図星なのか、私を鬼の形相ぎょうそうにらむイザベル。
 本当に、この人間は……。

「くだらない」

 まったくもって下らない。
 こんな人間のせいで、あの人達は……!

「用がないなら金輪際こんりんざい呼び出さないで。もっとも、帝都に着けば呼び出されなくていいけど」

 冷めた目で一瞥いちべつした私は部屋から出た。
 扉を閉めて少し離れた途端、後ろの方から変な音が聞こえた。まるでクッションでベッドを殴りつけているような音だ。
 まったく、物に当たるくらいなら呼び出さなければいいのに。

「……あぁ、もう……」

 さむい。
 胸が痛い。息ができないほど苦しい。手足が麻痺して、ちゃんと歩いているのかさえ疑ってしまうほど感覚がない。
 こんな調子でアレン達のところへ行けない。心配されないように外へ出ないと……。

 階段を下りる頃には頭の中がぼんやりして、周囲の声が耳に届かない。

 ……気持ち悪い。





3/4

Aletheia