花嫁候補の部屋は二階の突き当りにある。ソフィアが扉をノックして、ひと声かける。
「イザベル様、お連れしました」
……ああ、嫌な予感が当たってしまった。
部屋の中から「どうぞ」と鈴を転がしたような軽やかな声が聞こえた。
胸焼けがするほど拒絶反応が出そうだ。
ソフィアが扉を開けて、私から先に部屋へ入れる。
「ありがとう、ソフィア。二人きりで話がしたいの。いいかしら?」
「
言葉で人を使うことに慣れている、この人間の優しそうな声に吐き気がする。
無表情を貼り付けて、二人きりになった空間の中で目の前にいる少女を見る。
緩いウェーブがかかった
誰もが
私の闇の
イザベルは二人きりになって私に目を向けると、不快そうに形の良い眉を寄せる。
「なに? その格好。貴女なんてみすぼらしい服で充分じゃない」
誰もが「蝶よ、花よ」と愛でるだろう人間から、
これがイザベルの本性。自分の気に入らない人間は排除しようとする、自分だけが愛されていればいいと
「それに髪まで切って……
どうして髪を切っただけで魔女から娼婦に変わらないといけないのか。
どういう脳内構造をしているのか不思議だけど、この女を理解する日はきっと来ない。
私の全てを奪った、この外道だけは死んでも
「貴女まで帝都に行くなんて……間違ってるわ。貴女みたいな薄汚れた魔女が行っていい場所じゃないのよ? 解ってるの?」
「薄汚れているのはそっちでしょう」
……あ、しまった。つい言い返してしまった。
もういい、
「……何ですって?」
「自分ばかりが愛されていればいいっていう思考ばかりだから、そんな薄汚れた考え方しかできないのかって言ったの」
ニュアンスを少し変えて見下すように言えば、イザベルは
綺麗な瞳も怒りと狂気のせいで
「だいたい、私は魔女じゃない。魔導師として純粋な勧誘を受けて帝都に行くの」
「……へえ? 貴女が魔導師? たかが『黒持ち』だけで選ばれた勧誘の何がすごいんだか」
「貴女、馬鹿?」
思わず本人の前で
「宮廷魔導師は、たかが『黒持ち』で選ばれるわけがない。純粋な才能と素質がないと選ばれないんだよ。それさえも知らないくせに、『黒持ち』を馬鹿にしないで」
私は何度も逃げていたわけじゃない。イザベルという人間を観察して、どういう風にすれば言い負かせられるかを考えるための行動だった。
村では私に味方なんていない。反抗してしまうと風当たりが余計に酷くなるだけだ。
けど、今は違う。今は村の中じゃなくて、村の外。
デオマイ村はイザベルの城だった。その外にいるということは、ある程度は対等でいられるということ。
「……この私に口答えをするなんて、ずいぶん偉くなったじゃない」
「村の外だからこそだよ。それより世間話をするために呼んだわけじゃないでしょう?」
さっさと要件を聞いて済ませたい。
促すと、イザベルは黙り込む。
……まさか。
「私で遊ぶために呼んだの?」
言葉で
図星なのか、私を鬼の
本当に、この人間は……。
「くだらない」
まったくもって下らない。
こんな人間のせいで、あの人達は……!
「用がないなら
冷めた目で
扉を閉めて少し離れた途端、後ろの方から変な音が聞こえた。まるでクッションでベッドを殴りつけているような音だ。
まったく、物に当たるくらいなら呼び出さなければいいのに。
「……あぁ、もう……」
さむい。
胸が痛い。息ができないほど苦しい。手足が麻痺して、ちゃんと歩いているのかさえ疑ってしまうほど感覚がない。
こんな調子でアレン達のところへ行けない。心配されないように外へ出ないと……。
階段を下りる頃には頭の中がぼんやりして、周囲の声が耳に届かない。
……気持ち悪い。