04-03




 宿屋へ行けば、花嫁候補の使者達が集まって麦酒ばくしゅとともに夕飯を食べていた。
 花嫁候補の侍女に任命されたソフィアは、使者団のリーダーであるティモシーの愚痴ぐちを聞いていた。おそらく村での自慢話のことだろう。
 ティモシーは俺達に気付いてこちらに向くと、馬鹿みたいに口を開けて固まった。もう二人の騎士と、ソフィアも同じ反応だった。

 無理もない。初対面の時とまったく違う姿になったシーナは、はっきり言ってあの花嫁候補の少女より綺麗なのだから。
 外見で評価をするなら、あの花嫁候補は妖精で、シーナは女神だ。

 唖然あぜん、呆然とする男達と比べ、ソフィアはすぐにシーナと仲良くなった。
 女性同士なら気兼きがねなくいられるはずだから、きっとこの先は大丈夫だろう。

「あ、そうだわ。貴女の友達が部屋で待ってるわ。案内するから」

 そう思った矢先に、不穏なものを感じた。
 デオマイ村にシーナの居場所はない。友達だって、あの子供達以外にいないはずだ。
 花嫁候補はデオマイ村の村長の一人娘。村長はシーナをこころよく思っていない。むしろみ嫌っている。そんな彼の娘がシーナと友達だなんて考えられない。

 何故、シーナと友達だと言うのか。

 違和感を持つが、シーナはソフィアに連れられて二階から上にある部屋へ行った。

「アレン、どうした? そんな怖い顔して」

 酒をあおったティモシーが不思議そうな顔を向ける。
 彼に言われて、俺は険しい顔を無意識に作っていたのだと自覚した。

「……おかしい思わないか?」

 ぽつりと呟き、感じたことをティモシーに告げた。

「デオマイ村のほとんどがシーナを迫害はくがいしているのに、村長の娘が友人と名乗るのか?」
「……言われてみると……そうだな」

 俺の違和感が理解できたティモシーはおとがいに手を当てる。
 他の二人は解らないようなので、もう少し噛みくだいて説明する。

「シーナの同年代から大人まで、彼女を魔女と呼んで迫害した。迫害する筆頭ひっとうが村長なのに、その娘が友人になれると思うか?」

 酒が入っているせいで少し遅かったが、二人も神妙しんみょうな面持ちになる。

「なぁに? このむさい空気」

 戻ってきたソフィアが顔をしかめて遠慮なく言う。
 ちょうどいいところで戻ってきてくれた。

「ソフィア、あの花嫁候補はシーナの何を言っていた?」
「イザベル様? 手のかかる妹のような子だって言っていたわよ。よくいじめられているから助けてあげたのだとか……」

 ……やはりな。あの花嫁候補も所詮しょせんは人間だ。
 みにくい本性を虚像で隠している、虚構きょこうばかりの小娘。

 ソフィアの話に、ティモシーでさえも違和感に気付いて顔をしかめる。
 俺達が表情を険しくする理由を知らないソフィアに詳細を説明した。すると、ソフィアは戸惑いから目をみはる。

「イザベル様が嘘を吐いてると言うの?」
「明らかに嘘だろう。そうでなければ…………シーナ?」

 不意に、視界の端に綺麗な漆黒しっこくが映る。
 二階から下りてきたシーナの足取りは不確かで、顔色も悪い。
 シーナは俺達の視線に気付くことなく、ふらふらと外へ出て行ってしまった。

「……ティモシー、少し席を外す」
「ああ」

 シーナは初めて町に来たんだ。夜の街の怖さを知らないはずだ。

 帝国は治安がいいけれど、どこにでも例外がある。
 早い話、人を襲う無法者や、人身売買する人攫ひとさらいも少なからずいるのだ。
 シーナは類稀たぐいまれなる魔法の才能があるから平気だと思うが、世の中は簡単ではない。


 店から出て辺りを見回すと、シーナの後ろ姿が宿屋の裏へ向かっているところを見つける。後を追って陰から様子をうかがうと、シーナは壁に背を向けて座り込んでしまった。
 立てた膝を抱えてうつむく姿は痛々しくて見ていられない。

 傍に行こうとしたが、その前に精霊の気配を感じた。それも、高位精霊の気配。
 人の営みが顕著な街中で、高尚こうしょうな精霊が現れるなんてありえない。ありえるとすればシーナが関係している。

 その予感は的中した。現れた精霊は、唯一神マカリオスの分身体とも言われる世界最古の精霊王だった。

 精霊と契約しているとシーナは言っていたが、まさか精霊王だとは予想できるわけがない。


 精霊王はチラッと俺に目を向ける。
 どうやら俺の存在も筒抜つつぬけのようだ。
 緊張したが精霊王は視線を外し、シーナの前に片膝をついて話しかけた。

 精霊の声は、かけられている本人でなければ聞き取ることができない。それを聞き取れたのは、精霊王が気を利かせてくれているからだと理解した。


 深呼吸を繰り返したシーナは謝り、精霊王も謝る。それに対してシーナは小さく苦笑して、くしゃくしゃと精霊王の頭を撫でる。
 精霊王に対して、この気安い態度は普通ならありえない。それだけ信頼しているのだろう。

 自分は大丈夫だとシーナが言う。しかし、精霊王は間髪かんぱつ入れずに嘘だと見抜いた。

『大丈夫じゃない。娼婦しょうふとか、薄汚れた魔女とか、あんな暴言を言われて平気なわけがない』

 あの花嫁候補が……そんなことを言ったのか?

 衝撃を受けていると、精霊王はシーナの頬に触れて切望するように願う。
 頼ってほしいと、苦しそうに言ったのだ。

 シーナは口を引き結び、異色の双眸から大粒の涙をこぼす。

「……苦しいよ。こんな感情、持ちたくないのに……! どうして……!」

 耳を澄ませて聞き取れば、シーナの呼吸が安定していない。

「こんな私……いっ、嫌だ……! 気持ち悪いよ……!」

 頭を抱えて、血を吐くような思いを込めた声を上げた。

「憎しみなんて、持ちたくないのに……!!」

 悲痛な慟哭どうこくに、衝撃とともに心臓が痛いほど鳴り響いた。

「怖いよ……! 私が……私じゃなくなりそうで……! こんな私、もうっ……!」
『シーナ……!』

 精霊王が切羽詰まって呼びかけると、吐き出そうとしていた言葉を飲み込んで止める。
 この先、どう言うつもりだったんだろう。知りたいような、知りたくないような……そんな恐ろしさを感じてしまった。

「コスモ。私が憎しみで人を傷つけそうになったら、私を止めて」

 微かに震えているが、強いしんのある声。

「もし止まらなかったら、その時は――」

 ――私をコワシテ。





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Aletheia