06-02




 長旅が終わって一週間。
 ソフィアの部屋で過ごさせてもらっている間に、礼儀作法から料理を教えてもらった。
 礼儀作法は完璧に近いほど上達したけれど、部屋を与えられると、そこでご飯を作れるようになる。厨房もあって料理人もいるが、できるだけ自分作れるようになった方がいい。
 おかげでこの世界の料理を少しでも知ることができた。

 めん料理が存在しないのは残念だけど、パイ料理やフレンチ、スープ系の料理、最後にスコーンを習った。
 サンドイッチは存在しないので、私がハムと野菜に爽やかなサラダドレッシングをかけて、薄く切ったパンで挟んで見せたら驚かれ、味も絶賛された。



 充実した日々を送っていた昼下がり、ソフィアがあせった様子で部屋に駆け込んできた。

「シーナ! 貴女、何したの!?」
「へ? え、な、何って……?」

 肩を掴みそうな勢いで迫ってきた。迫力があってちょっと怖い。

「竜帝陛下がシーナと謁見えっけんするから呼んできてくれって宰相様が! おっしゃったのよ!」

 ……。な……何で?

 唖然あぜん、呆然から口が開いてしまう。

 私、何かした? いや、城に来てからずっとソフィアの部屋にいたけど……あ。

「……心当たりがあるの?」
「えっと……たぶん。祖母の形見の魔法書をアレンに渡して……。アレンいわく、国宝級らしかったから、写本にしていいって貸したの」
「国宝級の魔法書⁉」
「うん、古代魔法書」

 あっさり教えると、口をあんぐりと開けたソフィア。

 あー、そういえばそうだった。国宝級の古代魔法書を貸したから、褒美を貰えるって言われていたんだっけ。竜帝陛下もいそがしいのに時間を割いてもらって……うん、行った方がいいね。

「ソフィア、どこに行けばいいの?」
「だ、大丈夫。案内するから」

 ドギマギしながら花嫁候補をサポートする侍女が寝泊まりする建物から出る。
 城の中心部である宮殿は、君主が私的な生活を行う宮廷部分と、君主が政務や謁見、国家的な儀式などを行う朝廷ちょうてい部分がある。謁見だから、おそらく朝廷部分に行くのだろう。

 宮殿近くまで行くと、入口の前に片眼鏡モノクルを右眼につけた男性がいた。
 やや長い柔らかな金髪に、切れ長な青緑色の瞳。平均より高身長で、せすぎない体躯たいくが服の上からでもわかる。年齢はおそらく三十代ばぐらいだろう。きりっとした空気を持つ美麗な容貌ようぼうは、金髪碧眼の美男と言い表せた。

 近くまで行くと、ソフィアが深く頭を下げる。それにならい、私も頭を下げた。

「お連れいたしました」
「ご苦労。ここからは私に任せて戻りなさい。それと謁見が終われば東の離宮に用意した部屋へ送りますから、そちらに寄ることはありません。今のうちに何か言いたいことを言っておきなさい」

 ……ここでお別れか。なんだかあっという間に感じてしまった。
 突然の別れに胸の奥が痛くなる。そんな私に、顔を上げたソフィアが頭を撫でた。

「大丈夫。これが最後の別れじゃないんだから。それに、預かっている荷物は明日持っていってあげるから、また会えるわよ」
「……うん」

 確かに、これが今生の別れではない。
 かなり離れて働くことになるけど、また会えるのだ。さびしいけど不安がらなくていい。

「これまで支えてくれて、本当にありがとう。ソフィアも仕事、無理しないでね」
「シーナも頑張ってね。……また会いましょ」

 うん、と頷いて微笑めば、ソフィアも柔和な笑顔を見せてくれた。

「では、行きますよ」
「はい」

 ソフィアに軽く頭を下げて、私は宰相様と一緒に宮殿に入った。 宮殿の中は煌びやかだった。
 所々に飾られている絵画や骨董品こっとうひん、置物など、どれも格式を感じさせる。

 見渡したいけど、礼儀として前をまっすぐ見据えて歩く。
 途中ですれ違う人に軽く頭を下げそうになったが、背筋を伸ばす。
 でも、長く広い通路を進むほど緊張感から胃が痛くなってきた。

 重苦しい溜息をおさえ込む。そんな時に、宰相様が声をかけてきた。

「シーナ、でしたね」
「あ、はい」
「貴女の祖母は貴族でしたか?」

 突然の質問に、きょとんとしてしまう。

「……すみません。祖母のこと、あまり知らないんです」

 宰相様に言われて、ようやく気付く。私は、肉親なのに祖母のことをよく知らないのだと。

 どうして高価なネックレスを持っていたのか。
 どうやって古代魔法書を手に入れたのか。
 ただ判るのは、私と同じ精霊眼を持っていることくらい。

 ここで、あるアイディアが浮かぶ。精霊眼を持ち、古代魔法書なんて大層なものを持っていたなら、精霊にけばいいのではないか。
 我ながらいいアイディアだ。これなら祖母のことを詳しく知ることができる。

「今度精霊に訊いてみます」
「精霊と交信できるのですか?」
「はい。一体と契約しています」

 普段の私は精霊を一人、二人と数えているけど、一般では一体、二体と数える。
 契約している相手が精霊王だとは言わずに教えると、宰相様は尋ねる。

「どんな属性ですか?」
「混沌です」

 ……あ。そういえば混沌の精霊って、凄く数が少ないんだった。
 カツン、宰相様が立ち止まって振り向く。

「……それは本当ですか?」
「はい。彼なら祖母のことを知っているかもしれません」
「いえ、そうではなく……」

 どうやら混沌の精霊との契約とは別のことに驚いている様子。
 目を丸くした宰相様は、真剣な顔で私を見据える。

「混沌属性の精霊と契約しているということは、複数の属性を持ち、氷や雷といった特殊な魔法を使えるということです。どのような属性を持っているのですか?」

 あ、そっち? てっきりコスモのことを聞かれるのかと思った。

「えっと……火、水、風、地です。得意な混沌属性は……氷と雷。治癒魔法も使えますから光属性もありますし……あ。あとは影魔法も使えるので闇属性の適性もあるかと」

 全属性を持つと伝えれば、宰相様は口をぽかんと開けて目を見開く。
 固まってしまった彼は一分弱ほどかけて我に返り、ひたいに手を当てた。

「……なるほど。確かに学園には任せられませんね」

 今の口振りからして、アレンから聞いたのだろうか。

「学園ってどんなところですか?」
「国に貢献こうけんする人材を育てる機関です。貴族から平民までの子供は九年間のカリキュラムをし、騎士、魔導師、錬金術師、薬師、政治にたずさわる官吏に就くことができます。八歳になる年の子から一六歳までの間になりますが、少し遅れて入学する者もいます」

 凄い。そんなに職があるんだ。しかも一六歳で社会人になれるとか……。

「優秀な人が多いんですね。なんていうか……うらやましいです」
「学園に通える人がですか?」
「はい。学園に通えると将来性を証明できますよね。実力もカリキュラムを受けることで伸びますし、職も自由に選べて安泰あんたいしますから」

 私も青春してみたかった。きっとカリキュラムは難しいものばかりだろうが、友達ができれば乗り越えられると思うし、人生の大きな糧になる。

 ……いや、そう簡単にはいかないか。今の私は一五歳だから、一六歳で卒業する学生の中に溶け込むことは難しい。それ以前に、私は『黒持ち』と差別される対象だ。

「でも、差別もありますよね? 私は『黒持ち』ですから、嫌う人も多いと思います。それを考えると、入学したいかと問われると難しいです」

 眉を寄せて言えば、宰相様はかなり驚いた表情になった。
 どうしてそんな顔をするのだろう?と首をかしげると、宰相様は感心したように頷く。

「聡明ですね」
「え、いえ……私は普通ですよ?」

 確かに転生した記憶を持っているけど、前世は普通で平凡だった。そんな私が聡明とか……ありえない。
 ちょっと自虐的になってしまったが、宰相様は面白そうに頬を緩める。

「立ち話もこの辺で、そろそろ行きましょう。陛下がお待ち兼ねていることでしょう」
「はい」

 そういえばそうだった。立ち話して遅れたら不敬になるかも。

 再び長い廊下を進み、数分後にある扉の前に来る。
 とても大きな扉は立派で、唐草模様の縁取りがほどこされている。

「この扉の先に陛下がいます。私の後に右足から謁見の間に入って、中央より手前まで進み、片膝をついて許しが出るまで頭を下げてください。あとは粗相そそうがないように」
「分かりました」

 しっかり頷けば、宰相様は扉にひかえる衛兵に向けて小さく頷く。
 意図がわかった衛兵は敬礼し、扉を開けた。





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Aletheia