長旅が終わって一週間。
ソフィアの部屋で過ごさせてもらっている間に、礼儀作法から料理を教えてもらった。
礼儀作法は完璧に近いほど上達したけれど、部屋を与えられると、そこでご飯を作れるようになる。厨房もあって料理人もいるが、できるだけ自分作れるようになった方がいい。
おかげでこの世界の料理を少しでも知ることができた。
サンドイッチは存在しないので、私がハムと野菜に爽やかなサラダドレッシングをかけて、薄く切ったパンで挟んで見せたら驚かれ、味も絶賛された。
充実した日々を送っていた昼下がり、ソフィアが
「シーナ! 貴女、何したの!?」
「へ? え、な、何って……?」
肩を掴みそうな勢いで迫ってきた。迫力があってちょっと怖い。
「竜帝陛下がシーナと
……。な……何で?
私、何かした? いや、城に来てからずっとソフィアの部屋にいたけど……あ。
「……心当たりがあるの?」
「えっと……たぶん。祖母の形見の魔法書をアレンに渡して……。アレン
「国宝級の魔法書⁉」
「うん、古代魔法書」
あっさり教えると、口をあんぐりと開けたソフィア。
あー、そういえばそうだった。国宝級の古代魔法書を貸したから、褒美を貰えるって言われていたんだっけ。竜帝陛下も
「ソフィア、どこに行けばいいの?」
「だ、大丈夫。案内するから」
ドギマギしながら花嫁候補をサポートする侍女が寝泊まりする建物から出る。
城の中心部である宮殿は、君主が私的な生活を行う宮廷部分と、君主が政務や謁見、国家的な儀式などを行う
宮殿近くまで行くと、入口の前に
やや長い柔らかな金髪に、切れ長な青緑色の瞳。平均より高身長で、
近くまで行くと、ソフィアが深く頭を下げる。それに
「お連れ
「ご苦労。ここからは私に任せて戻りなさい。それと謁見が終われば東の離宮に用意した部屋へ送りますから、そちらに寄ることはありません。今のうちに何か言いたいことを言っておきなさい」
……ここでお別れか。なんだかあっという間に感じてしまった。
突然の別れに胸の奥が痛くなる。そんな私に、顔を上げたソフィアが頭を撫でた。
「大丈夫。これが最後の別れじゃないんだから。それに、預かっている荷物は明日持っていってあげるから、また会えるわよ」
「……うん」
確かに、これが今生の別れではない。
かなり離れて働くことになるけど、また会えるのだ。
「これまで支えてくれて、本当にありがとう。ソフィアも仕事、無理しないでね」
「シーナも頑張ってね。……また会いましょ」
うん、と頷いて微笑めば、ソフィアも柔和な笑顔を見せてくれた。
「では、行きますよ」
「はい」
ソフィアに軽く頭を下げて、私は宰相様と一緒に宮殿に入った。 宮殿の中は煌びやかだった。
所々に飾られている絵画や
見渡したいけど、礼儀として前をまっすぐ見据えて歩く。
途中ですれ違う人に軽く頭を下げそうになったが、背筋を伸ばす。
でも、長く広い通路を進むほど緊張感から胃が痛くなってきた。
重苦しい溜息を
「シーナ、でしたね」
「あ、はい」
「貴女の祖母は貴族でしたか?」
突然の質問に、きょとんとしてしまう。
「……すみません。祖母のこと、あまり知らないんです」
宰相様に言われて、ようやく気付く。私は、肉親なのに祖母のことをよく知らないのだと。
どうして高価なネックレスを持っていたのか。
どうやって古代魔法書を手に入れたのか。
ただ判るのは、私と同じ精霊眼を持っていることくらい。
ここで、あるアイディアが浮かぶ。精霊眼を持ち、古代魔法書なんて大層なものを持っていたなら、精霊に
我ながらいいアイディアだ。これなら祖母のことを詳しく知ることができる。
「今度精霊に訊いてみます」
「精霊と交信できるのですか?」
「はい。一体と契約しています」
普段の私は精霊を一人、二人と数えているけど、一般では一体、二体と数える。
契約している相手が精霊王だとは言わずに教えると、宰相様は尋ねる。
「どんな属性ですか?」
「混沌です」
……あ。そういえば混沌の精霊って、凄く数が少ないんだった。
カツン、宰相様が立ち止まって振り向く。
「……それは本当ですか?」
「はい。彼なら祖母のことを知っているかもしれません」
「いえ、そうではなく……」
どうやら混沌の精霊との契約とは別のことに驚いている様子。
目を丸くした宰相様は、真剣な顔で私を見据える。
「混沌属性の精霊と契約しているということは、複数の属性を持ち、氷や雷といった特殊な魔法を使えるということです。どのような属性を持っているのですか?」
あ、そっち? てっきりコスモのことを聞かれるのかと思った。
「えっと……火、水、風、地です。得意な混沌属性は……氷と雷。治癒魔法も使えますから光属性もありますし……あ。あとは影魔法も使えるので闇属性の適性もあるかと」
全属性を持つと伝えれば、宰相様は口をぽかんと開けて目を見開く。
固まってしまった彼は一分弱ほどかけて我に返り、
「……なるほど。確かに学園には任せられませんね」
今の口振りからして、アレンから聞いたのだろうか。
「学園ってどんなところですか?」
「国に
凄い。そんなに職があるんだ。しかも一六歳で社会人になれるとか……。
「優秀な人が多いんですね。なんていうか……
「学園に通える人がですか?」
「はい。学園に通えると将来性を証明できますよね。実力もカリキュラムを受けることで伸びますし、職も自由に選べて
私も青春してみたかった。きっとカリキュラムは難しいものばかりだろうが、友達ができれば乗り越えられると思うし、人生の大きな糧になる。
……いや、そう簡単にはいかないか。今の私は一五歳だから、一六歳で卒業する学生の中に溶け込むことは難しい。それ以前に、私は『黒持ち』と差別される対象だ。
「でも、差別もありますよね? 私は『黒持ち』ですから、嫌う人も多いと思います。それを考えると、入学したいかと問われると難しいです」
眉を寄せて言えば、宰相様はかなり驚いた表情になった。
どうしてそんな顔をするのだろう?と首を
「聡明ですね」
「え、いえ……私は普通ですよ?」
確かに転生した記憶を持っているけど、前世は普通で平凡だった。そんな私が聡明とか……ありえない。
ちょっと自虐的になってしまったが、宰相様は面白そうに頬を緩める。
「立ち話もこの辺で、そろそろ行きましょう。陛下がお待ち兼ねていることでしょう」
「はい」
そういえばそうだった。立ち話して遅れたら不敬になるかも。
再び長い廊下を進み、数分後にある扉の前に来る。
とても大きな扉は立派で、唐草模様の縁取りが
「この扉の先に陛下がいます。私の後に右足から謁見の間に入って、中央より手前まで進み、片膝をついて許しが出るまで頭を下げてください。あとは
「分かりました」
しっかり頷けば、宰相様は扉に
意図がわかった衛兵は敬礼し、扉を開けた。