行ってきます

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 王都の出入口である門と違い、北と西の間の城壁に立派な白亜はくあの門が嵌め込まれている。
 白亜の門の両脇には衛兵が警備しており、奥には白を基調とした城のような巨大な建物がそびえ立つ。

 国内最大で最高の学園、クレスクント国立学園。
 各国の注目を浴びるほど最先端の学問と技術を集結させた、貴族から平民が集うまな

 様々な偉人が育成された場所として有名だが、まさか自分が壮大な学園に編入するとは一ヶ月前まで夢にも思わなかった。
 緊張感が高まるユリアはマヤの手をギュッと握る。まるで小動物のような愛娘に、マヤは笑う。

「そんなに緊張しなくていいの。初等部は貧富の軋轢あつれきがあるけれど、それは最初の内だけだって聞いているから。ユリアは中等部なんだし、自由にのびのびと楽しんじゃいなさい」
「……うん」

 勇気付けるマヤに、ユリアは口を引き結んで頷く。
 マヤはクスクスと笑って、門番を務めている衛兵に近づく。

「……! 貴女は……もしやマヤ殿? どうしてこちらに?」
「クリスから聞いてないかしら? 娘が勧誘されたから、案内に来たのだけれど」

 にこやかに告げるマヤに衛兵はピシッと固まる。王都の門番と同じ反応だと気付いたユリアは、先程のマヤの話を思い出す。

『私ね、モテモテなの。よく道すがら告白されるわ』

 あの話は本当のようだ。
 この衛兵もマヤに魅了された一人なのだろう。そう思うと気の毒に思えてきた。

「……そちらが、マヤ殿のお子様だと?」
「ええ。美人さんでしょう?」
「……そうですね。貴女にそっくりです」

 世辞ではなく心から感じた言葉に、マヤは喜んだ。

「クリスからお使いの方がいらっしゃると聞いたのだけれど……」
「お待たせしました」

 マヤが訊ねたちょうどその時、女性特有のソプラノの声が聞こえた。
 門の奥を見れば、マヤに匹敵するだろう美女がそこにいた。
 オールバックに流した背中まである金髪。色気を感じさせる切れ長な目に似合う瞳の色はエメラルドグリーン。豊満な胸に引き締まったくびれが美しい魅惑的みわくてきな体型。
 そして、人間ではありえない、長くとがった耳。

「……エルフ?」

 ユリアは思わず呟いた。
 最も美しく森の賢者とうたわれる妖精族のエルフ。

 初めて見るエルフに、ユリアは感動から目を輝かせた。
 緊張が薄れたユリアの様子を見て、マヤとエルフの女性は面白そうに笑う。

「私はこの学園の副学長を務める、イリーナ。エルフを見るのは初めて?」
「は、はい。……あ。えっと、ユリア・ティエールです。今日からよろしくお願いします」

 礼儀正しく会釈すると、イリーナというエルフの女性は微笑む。

「こちらこそよろしくお願いします。それにしても……」

 イリーナは辺りを見回して、マヤに向き直る。

「貴女の旦那様はいらっしゃらないようだけれど」
「今朝から急用が入っちゃって。一緒に行けないことを残念がっていたわ」
「あの方、子煩悩こぼんのうなところがお有りなのね」

 マヤの明るさとは違う、上品でゆったりとした口調のイリーナ。
 まさか副学長とも親しいと思いも寄らなかったユリアは、ぽかんと小さく口を開く。
 ユリアの驚き顔に気付いたイリーナは、ユリアに笑いかける。

「貴女のお父様とは、クリス様経由で昔馴染み。その奥様であるマヤとは親友なのよ」
「……初耳です」

 衝撃が抜けないユリアの言葉に美女二人は面白そうに笑った。

「さて……進学式が終わってしまう前に案内するわ。ユリア、マヤに何か言うことはない?」

 イリーナの質問で、ここでマヤと別れるのだと察した。
 胸の中に寂寥感せきりょうかんが広がる。それを押し殺して、マヤに穏やかな笑顔を見せた。

「できる限り頑張るね。お母さんも、体に気をつけてね」
「……私の台詞、取られちゃったわね」

 自分が言うはずだった安否の言葉を先に言われてしまい、マヤは小さく苦笑する。

「私からも言わせて。体調には気をつけるのよ。何かあったら、周りに頼りなさい」
「……頑張ってみる」

 最後の言葉は難しいものだったが、これからを考えると誰かに頼ることが多くなるだろう。
 頷いたユリアにほっとしたマヤは、ユリアの頭を撫でて額に口付けた。

「頑張ってね。……それじゃあイリーナ。あとはお願いね」
「ええ。さあ、ユリア。行きましょう」

 イリーナに促され、ユリアは頷く。

「行ってきます」

 もう一度マヤに微笑を見せて、ユリアはイリーナの後を追うようについて行った。
 遠くなるほど小さくなる背中。けれど昔より大きく感じて、マヤは愛娘の未来に思いをせた。


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